第278話 色づいていくモノローグ
「はいルーク様、レイナ様と焼いたアップルパイです」
「おお、サンキューなアリシア。うん、美味そうだ」
パイを受け取ったルーク様はまず見た目をよく観察し、それから香りも確かめる。見た目、香り、そして味。その三拍子が揃って初めて“美味しい”料理だと理解しているからだ。
「ん……? どうしたアリシア?」
「え、いえ、なんでもありませんよルーク様」
いけないいけない。思わずルーク様の唇のあたりをじっと見てしまった。いいえ、私はレイナ様が選んだのなら問題ないのです。ええ、きっと、たぶん。
ライナス様についてもそうだ。このお二人を私がどうこうしようなんてそんな……ないとは思うのだけれど。ちょっと殺気のような何かがとんでもご愛敬だ。
「それではルーク様、私はこれで失礼しますね」
「おお、わざわざありがとな」
私は努めてにこやかに、ルーク様に別れを告げる。
あっ、えーっと、パイに毒が入っていて、永遠の別れを告げるという意味ではないです。少なくともここでは。
私自身、少しは成長したんだと思う。当然、今でも私の一番はレイナ様だ。二番目も、三番目も、五百番目くらいまではレイナ様だ。レイナ様は永遠だ。
けれど私だっていろいろな事を経験した。いろんな人に助けてもらった。
サリアちゃんのお兄さんであるシルヴェスターさんは、実のお兄さんみたいに頼りになるし信頼している。レイナ様の従弟のルイ君は従弟だけあって顔がレイナ様にそっくりだし、なんか見ているだけで幸せになる。ちょっと違う感情だけれど、ヒルダさんも何故か気になる。
私の中にだって無限の選択肢があるのだ。まあもちろん、クラリスさんの後を継いでレイナ様に側付きとして添い遂げる事が一番ですけれど。
そう言えば私の本を出したいって言っていたな。
どうなんだろう……私は物語の主人公になりたいのかな?
ともかく、果たしてレイナ様はどなたをお選びになるのかしら――あら、これはこれはパトリック様も動きましたか。
流れ込んでくる、禁術の類に分類される精密な探知魔法からの情報を頭の中で整理しながら、私は誰に微笑みかけるでもなく笑顔になった。
☆☆☆☆☆
パトリックの件の翌日。
私は決戦に向けた御前会議に参加していた。
「以上の通り、我が方の偵察部隊が寄らば敵の魔導機が出てき、離れれば戻る。敵戦力は不可思議なことに、我らが先刻薙ぎ払った分がまるごと復活したが如くだ!」
アデル侯爵の説明通り、敵のゾンビ兵はいまだ大軍で待ち構えているわ。
でもあちらからは仕掛けてこず、ただこちらが近づくと迎撃に出てくる。まるでオートの警備システムの様に。
「街を覆う防壁については、トラウト公爵から」
「はい。あの防壁に関してですが、かつて偽帝ハインリッヒが使用し、現在ヒルデガルト殿も使えるいわゆる無属性魔法とは、似て非なる性質のようです。“紅蓮の公爵令嬢”でも貫けなかった以上、空中からは無理かと」
王都ロザルスを覆う謎バリアは、トラウト公爵の言う通りまるで貫けなった。
無属性魔法とも女帝のものとも違う、何か別の力。ゾンビ兵の件と言い、ハインリッヒは絶対の自信をもって決戦のリングをあつらえたようですわね。
「バルシア諸侯はこちらの和睦条件をおおむね受け入れると。ただしハインリッヒから脅されていただけで我々に罪はないと主張しています」
「ご苦労、レンドーン公爵。引き続き調整を。ラステラ伯爵、あの
「いいえ、古今東西の文献を読み漁り、絵画を調べ、古老の言い伝えを聞いてもそのような物は見つからず。申し訳ございません陛下」
「よい。だが情報がないというのは気がかりだ」
天と地と海と炎と光と闇が合わさり、それその物がこの世を表すように捩じれた謎の六色の塔。
「ふむ。しかし悩んでいても事態は好転せぬ。我ら連合軍は明後日に攻撃を開始する。アスレス王、ドルドゲルス女王もそれでよろしいか?」
グレアム陛下の言葉に、隣に座るアスレス王と年若いドルドゲルス女王が頷く。決まりね。
「神を侮りしあの男、神が裁かぬのなら我らが裁く! 皆の者、決戦に備えよ! 大陸の――いや世界の安寧を取り戻すのだ!」
「「「はっ!」」」
いよいよ天下分け目の決戦だ。天王山だ。関が原だ。前回と違って神様無しなうえに、あちらには不思議パワーのロマン改めライザがついている。厳しい戦いなのは間違いないわ。
「レイナ、ちょっといいですか?」
会議が終わり外に出てのびをしていると、ディランから声をかけられた。
「少し散歩しましょう」
☆☆☆☆☆
ディランに連れられて、夜のマクデルンを歩く。
彼はきちんと手を握ってエスコートしてくれている。
少し時間が経って、やがてマクデルンの郊外へ。同じような誘い文句で目的地はなかったルークとは違い、どうやらここに来たかったみたいだ。
「ここは……」
「覚えていますか? 昨年の前大戦の折、みんなで決戦前にここで星を見たことを」
覚えている。なんかディランが意味ありげな事を言いそうになって、私が遮ったらついてきたみんなが出てきて、私が絶対にこの世界を護る宣言したところだ。
――あの日夢見たエンディングの向こう側を、私は今見ている。
二人して隣り合って芝生に腰を落ち着かせ、夜空を見上げる。
前世では見たことの無いような瞬く星たちが私たちを照らす。
「あの日はみんなついて来ましたからね。今日は二人きりです。なにせ執事のウィンフィールドに命じて、十重二十重に人払いをしてありますから」
おおっと、ここにきて王族パワープレイきたわね。
少しディランがこちらに寄り、手が重なる。
「レイナ、君に会うまで僕の人生はひどくつまらなく、空虚なものだと思っていました。けれどあなたのおかげで僕は変わった。変えられたんです。色褪せた世界が色づいて見えました」
重なった手はいつの間にかギュッと握られている。
ドキドキと破裂しそうなくらい私の心臓は鳴っている。
「あの日言えなかったことを今ここで言います。好きなんです、レイナ。貴女が僕と一緒にいてくれるのなら、僕はこの夜空の星さえもつかめそうだ」
私とディランは見つめあう。そして二人の顔が近づき――。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
――私は思わずディランを突き放した。
「ええ!? どうしたんですかレイナ? 僕の事が嫌いですか!?」
「いえ、そうじゃありませんわ。でもちょっと待って」
ふーっ、ふーっ、落ち着きなさい私。四日で四キスってそれもうキス魔じゃない?
いくら流されやすい性格だからって限度があるわよ。おーけー、落ち着いた。それに――。
「ディラン、貴方の事は嫌いじゃありませんわ。キスをするというのも……その……やぶさかではありません。でも一つだけ言いたいことがあります」
「それは……?」
「ディラン、貴方死ぬ気でしょう?」
私がそう言うと、ディランは困ったような笑みを浮かべた。
「ハハ、さすがレイナ、こういうのは鋭いですね。いつもの鈍感が嘘のようです」
「誤魔化さないで! 私は憎からず思っている殿方の想いに答えることはありますけれど、死に赴く覚悟を決めた方の想いは受け取れません」
私は悲劇のヒロインになるつもりはないわ。どうせ結婚するのなら、温かい家庭を築いて二人そろってしわくちゃになるまで幸せに過ごしての大往生よ。
「けれど今回は非常に厳しい戦いです。僕一人の命で兄上の治世を守れるのなら安い物。そもそも僕はスペアですから」
「それにレイナだって、先の大戦で自分の命を投げ出して世界を救ったじゃないですか?」
そこに私の件が加わったと。私という英雄が生まれて、自分の立場にさらに悩んだディランがそう思い至った。これはその歪みの結果。であるなら、私が正さないといけない。
「見損ないましたわディラン。命を投げ出すこと、それは勇気とは言いません。ただの人生の放棄です!」
パーンっと、ディランの頬をひっぱたいた。
叩かれた彼は驚いた表情で私を見つめる。
「レイナ……」
「たぶん先の内戦を踏まえて、『自分が生き残れば内乱の火種に』とか『それならいっそ英雄として国をまとめるために』とか、くっだらないことを考えているんでしょうね。でもそれは私に言わせれば独りよがりな思い上がりですわ。貴方一人いるからどうこうなるものでもありません。背負い過ぎです!」
「背負い過ぎ……それを貴女が言いますか、レイナ」
「ええ言いますとも。私はワガママなお嬢様ですからね。オーホッホッホッ!」
私は死んだ。二度死んだ。
だからわかる。死ぬって悔しい。死ぬってどうしようもない。死ぬって辛い。
だから死ぬ覚悟なんてくだらない事はやめて欲しい。どうせ覚悟するのなら惨めに這いずり回ってでも生きる覚悟よ。
「はあ、貴女はまたなんというか……」
「どうですか? くっだらない自分勝手な悲壮感は砕けましたか?」
「それはもう……、粉々のバラバラに……。そうですね、自分一人で気負い過ぎました。国がどうこうなんて僕の驕りです」
ディランは本質的に賢い人だ。きっとこれで大丈夫。だいじょばなかったら何度でもひっぱたく。以上。
「じゃあ勇気を正しいことに使ってくださいね」
私はそう言って目を瞑った。
ディランの「ええっ!?」とか言う戸惑う声だけが聞こえる。
「早く! 私もそう待ちませんわよ、恥ずかしんですから」
「え、あ、はい! コホン、それでは――」
そして満天の星空の下、二人の影が重なった――。
☆☆☆☆☆
みんなは勇気を出して行動に出た。だから私も勇気を出さなくちゃいけない。
「どうしたんだいレイナ、呼び出したりして?」
「戦いの事が不安なの? いいのよ、嫌になったのなら戦いから外すようお母様が直訴してあげるから」
集まってもらったのは私の大切な両親、それに実の姉同然のクラリスだ。
明日には決戦が始まる。私は今日、この人たちに全てを話さなければならない。
唯一真実を知る女神シュルツは……たぶん死んだ。偽りの仮面を捨て去る時がきたわ。それが最後の戦いへ赴く前の私の義務だ。
「大丈夫ですお母様、戦いが嫌になったのではありませんわ。きっとレイナはお役目を全うし、生きて帰ってきます」
「じゃあなぜ……?」
すーはー、呼吸を整える。困惑の表情の両親。クラリスも私のいつもと違う雰囲気を察してか、いつも以上に真剣な表情で私の顔色を読もうとしている。
「今から私は、
「
「私は本来、この世界の人間ではありません。異世界転生者です」
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