第271話 タイムオーバー

「オーッホッホッホ! お嬢様は勝ーつ!」


 勝った。私たちは勝ったんだ!

 レオーノヴァは大地に墜ち、既にこちらの魔導機部隊が取り囲んでいる。厄介なロマンはシリウス先生やクラリス、ドルドゲルスの面々が押させてくれているし大丈夫。アリシアにしたこと、私の腕をスティールしたことの咎は後で好きなだけ負わせればいい。


 まだロマンがいるにはいるけれど、敵の大将である女帝を抑え、黒幕であるハインリッヒも今度こそ除霊した。いくら雑兵が沢山いようが関係ない。間違いないわ、私たちの勝ちで戦闘パート終了よ!


 ウヒヒ、これからの平穏無事な学園生活が楽しみだわ。そうね……まずはアリシアと一緒にマリトッツォでも焼きましょうか。福岡に行った時売っていて美味しそうでしたし。


「レイナ、まだ何が起こるかわかりません。油断しないように」

「……わ、わかっていますわ、ディラン」


 おっとよだれが垂れているの見られたかしら? 見られていないわよね?


「いったん分離しましょう。申し訳ありませんが、僕の魔力がもちません」

「わかりました。分離!」


 私も気を引き締めなおし、〈ブレイズホーク〉を墜落した女帝の前に仁王立ちさせる。ディランも着陸し、機体から降りて女帝に三度勧告する。


「バルシア皇帝レオーノヴァ、もはやここまでです! 大人しく出てきて、全軍に戦闘停止命令を出してください。従わなければお立場をさらに悪くされますよ」


 未だに戦闘を続けるゾンビ兵軍団は女帝が命じれば止まるのか、それとも全部破壊するまで止まらないのか。こちらもルーク、ライナス、パトリックが戦闘不能、他の皆も満身創痍ですし、戦いを避けることができるのならそっちの方がいい。


 問いかけに対する反応はなく実力行使かと構えたところで、開いたハッチからのそのそっとティアラをつけたドレス姿の女性が出てきた。


「私は……私はまだ……」


 確かに顔は若い。二十代のハリと艶だ。けれど狂気を叫び敗北した今の雰囲気は、薄汚れた野良犬みたいだ。はっきり言って美しくない。皇帝としての気高さに至っては微塵も感じない。


「諦めなさい。その醜態は貴女の美意識に反するのでは?」

「……全軍、戦闘を停止なさい」


 ディランの言葉にがっくしと肩を落とした女帝がつぶやくと、それまでわちゃわちゃ蠢いていたゾンビ兵入りの魔導機が、不気味なまでに静かになった。


『陛下!』

「諦めなさいロマン! 主人が負けを認めたんだから、あんたも大人しく裁きを受け入れなさい!」


 戦闘停止宣言に動揺したのか、ロマンが剣を取り落とし叫ぶ。本当は今すぐ焼き尽くしてやりたい。でもあいつには聞くべきこともあるわ。私刑ではなくて法廷に立たせてあげるんだから感謝してほしいわね。


「それじゃあこちらの指示に――何!?」

「〈クロノス〉!? いつの間に!?」


 瞬きした間にというやつだ。いつの間にかという言葉を使えないくらいあっという間に、私たちの目の前――女帝の横に〈クロノス〉が現れた。しまった――!


「ああ、ああ、ロマン……! さあ、私を連れて逃げて……!」


 女帝が涙を流しながら喜ぶ。まずい、油断していた。この戦いの間奇妙な瞬間移動を行っていなかったから、何か条件があるのだと思っていた。違う。こいつは何か理由があってこのタイミングまで温存していたんだ……!


「させないわよ! 《獄炎火球》――弾かれた!?」


 私の魔法は何か防御魔法に弾かれる。間違いない。これはハインリッヒやヒルダの無属性魔法。ロマンが使ったの? いいえ、魔力反応から考えるに何か別からの介入!?


『《インヴィジブルウォール》。邪魔はさせないよ』


 声が聞こえる方向は、何の変哲もないゾンビ兵に紛れていた〈スカラー〉だ。あいつ……まだ成仏していなかったの!? まさかあれが本体!? 本体だけは〈ドラグツェン〉に乗らずに雑兵に紛れていた!


「ハインリッヒ……!」

『やあ三度みたびこんにちはレイナ。この機体、見た目は〈スカラー〉だが中身は〈レーヴェルガー〉相当なのさ。元から分厚い装甲の魔導機だ、気がつかなかったろう?』


 何よ、得意気に! でもこの見えない壁を突破するのは難しい。前大戦の時だって、みんなの魔法の合わせ技でなんとか突破したくらいだ。


「アリシア!」

「はい! 《魔力吸収》!」

『無駄だよ。二度も食らえば対策くらいほどこすさ。その魔法は闇属性だ、だとすれば光属性の増強魔法で打ち消せばいい。あまりこの私を舐めるんじゃないよ』


 そんな……! 視線の先では、〈クロノス〉から降りて手を差し伸べるロマンに、女帝が赤ちゃんみたいに這って近寄る。


「はあ、はあ、ロマン……! やっぱりあなたこそ私一番の――痛っ!?」


 ――!? ロマンが女帝を踏みつけた……? 信じられない事に、それが私の目の前で行われている光景だ。踏みつけているロマンの顔は、今まで見たことがないほど暗くて怖い。


「わ、私を踏みつけるなんて……!?」

「うるさいんだよババア! あんたはもう用済みってことだよ」

「用済み……? この私が……? 神よ! 我が神よ……!」

『フフフ』


 ハインリッヒは何が楽しいのか、レオーノヴァを助けようともせず不気味に笑っているだけだ。仲間割れ? いったい何が……?


「ついでだ、これは僕――いいや、私が貰っといてやるよ! じゃあねババア」

「ああっ!?」


 ロマンはそう言い放つと、女帝の頭から乱雑にティアラをむしり取り彼女を魔導機の下へと蹴り落とした。ロマンは満足そうな笑みを浮かべ、蹴り落とされた女帝は対照的に絶望の表情を浮かべる。


「イヤアアアッ!!! 私のティアラが……! ああ、嫌だッ! 私は若く、美しいままで――」


 ナメクジみたいに這っていた女帝の顔に、手に、皮膚にどんどんシワが刻まれていく。そして絶望の表情のままミイラのようにカラカラとなり、ついには息絶えた。


「死んだ……?」

「説明してあげるよ。この婆さんは魔力サーバーからの魔力で若さを保っていた。このティアラが外れたことによって一気に反動がきたのさ」

「ロマン、あんたって男はいったい何を……?」

「単に私もティアラに憧れがあってね。ほら、案外似合うでしょ?」


 ……いや、屈強な男がティアラをつけておどけても気持ち悪いだけなんだけど。


「あれ……? ああ、そうか。よっと」

「え?」

『え?』


 どう見ても銀の短髪の屈強な男だったロマンが、突然銀髪細身の女性に変わった。驚いて声を上げたら、最悪な事にハインリッヒとハモった。というか仲間なのに知らなかったの?


『ロマン……、まさか君がそんなに見目麗しい女性だったとは……!』

「あんたの女になるつもりはないよ。触れるな見るな気安くするな。間違えば同盟は破綻だ」

『おっと、気をつけよう』


 ハインリッヒと女帝を引き合わせたのはロマンだと言っていたわね。つまりこの造反劇も計算のうち? ――それを考える前に、こいつらを何とかして捕縛しないと。このタイミングで動いてレオーノヴァを切り捨てたということは、まだこいつらの計画は遂行中ということだ。それもより進んだ段階に。


「ロマン、あんた達は一体何をしようと――」

「おっと、。ライザ・ロマーノヴナ・ラスプーチナだ。ロマンは父の名前だから改めて欲しいんだけど」

「そんなことどうでもいいわよ! じゃあライザ、あんたとそこの気色悪い男が組んで何をするか教えなさい!」


 ロマン改めライザは、「うーん」と首を傾げたあと、最大限にまでバカにした顔をして口を開いた。


「教えるわけないでしょバーカ!」

「こいつッ!」

「《闇の怨念》よ、《魔力奪取》! レイナ様!」

『何だと!? 私の防壁を単騎で!?』

「わかったわ!」


 いろいろ試したんでしょうね。アリシアがハインリッヒの防御魔法をうち破る。この短時間で修正を加えるなんて、さすがはアリシア! 不意をつかれた形になったライザはまだ〈クロノス〉に乗っていない。こうなったら乗る前に機体を――!


「《獄炎――」


 ライサがニヤリと笑った。腰の剣を引き抜き、自分の喉元にあてる。


「――火きゅ――」

だバーカ」

「――きゅう……!?」


 いない。バカしか言えないボキャ貧ライザだけでなく、大地を埋め尽くすようにいたゾンビ兵軍団や、ハインリッヒもだ。敵がまるで最初からいなかったように消えている。あるのは破壊された魔導機と、カラカラミイラになったレオーノヴァだけだ。


「アリシア、周囲に反応は!?」

「あ、ありません。消えました……」


 なんなの一体……。ライザは、ハインリッヒは、敵はどこへ消えたの……?

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