第272話 神殺し

「はあはあはあ……」

「おやおや、大丈夫かいライザ?」

「私に触れるな!」

「そう邪険にしないでくれたまえ、私は同盟者として心配しているのだよ」


 ここは“塔”の頂上に近い一室。いるのは私――偉大なるハインリッヒ・フォーダーフェルトと銀髪なのは変わらないが、武骨な男が華奢で可憐な乙女に驚きの羽化をした我が同盟者ロマン改めライザ嬢。まったく、可愛げのない生意気な女だ。だが……そういう女を従わせるのもまた一興というものだな。


「下衆な事を考えていないで、あんたはさっさと計画を実行しなよ」

「準備はできているさ、捨て駒人形のリュドミーラのおかげでね」


 永遠の若さ美しさを求めたバルシア帝国女帝リュドミーラ・レオーノヴァは死んだ。私たちの為によく時間稼ぎをしてくれてその望みに反して枯れて死んだ。彼女は従順でよく尽くしてくれたが、生憎私は年増に興味がない。なものでね。


「はあはあ……。無茶なの使い方だった……、しくじんないでよ」

「お任せあれだ。そこで見ているがいい、神が誕生する瞬間を。そしたら君は女帝でもなんでも好きな存在になりたまえ」


 今のライザはまるで粗野な田舎娘だ。まったく、ロマンを名乗っている時はあれほど余裕に満ちていたのに、人間一皮むけばそんなものか。人格をともなわない能力というものは、往々にしてあるものなのだな。いや、実に興味深い能力だ。できれば全身を切り刻み、脳を開き、様々な苦痛と快楽を味合わせて実験したい。


 おっと……、今の彼女は同盟者だ。つい好奇心が先行するのは私の悪い癖だな。今はやるべきことがある。私はこの魅力的な構想をいったん頭の片隅へと片づけ、魔力サーバーから魔力を受けシステムを準備する。さあ、昨年は志半ばで潰えた夢の再開の時間だ。


「魔力サーバー同調確認、各システムオールグリーン。さあ、門よ開け! 傲慢なる神よ、我が前に姿を現せ!」


 集めた膨大な魔力が、ある特殊なフィールドを形成する。そしてその中央に、紫色に燃える炎の門が出現した。計算通りだ……! 神といえどもその実態は、分岐した異世界の一つに住む管理者気取りの存在にすぎん。ならば異界を渡った私という実例がある以上、異界の住人たる神を召喚するということも不可能ではない……!


 ゆっくりと炎の門が開いていく。星々の煌めきが、闇夜の虚空が、門から溢れ出るようだ。そして神は降臨した――。


『ついに私を呼びだし――いえ、引きずり出しましたかハインリッヒ・フォーダーフェルトよ』


 現れたのは美しい女だ。人間と姿に違いはなく、サイズもまた同様だ。少し拍子抜けだな。やや派手な印象を受けるがそれもまたいい。私の後ろでライザが「本当に……!」とうめく。本当に成功したのか、本当に神は実在したのか。いずれの意味にしてもくだらない感想だ。才ある私が考え、そして実行した。この成功に不思議はない。


「初めましてだな神よ、いわゆる六大神であるのは間違いないな? 貴様の名前を教えてもらおうか。ルミナ? ルノワ? それともエリアかな?」

『我が名はシュルツ。風の神シュルツです』

「おお……! ハハハ、シュルツ! ついに私は神の一柱を引きずり出したぞ!」


 最高だ。私の計算は、理論は、そして才能は正しかった! 見るが良い世界よ。私こそ選ばれし者だ。


「風の女神シュルツよ、せっかく会えたがお別れの時間だ。対神魔導砲準備!」

『一介の人の子が神を無礼なめるでない! 神級魔法――なんですって!?』

「ハハハ、気がついたかい? この檻の中では君の力は発揮できない。それくらい考えてあるさ」


 神とて無限の魔力、万能の力を持たないという私の仮説も正しかったわけだ。もし天罰というものが存在するのなら、私はとっくに死んでいるだろう。ここに半ば霊体とはいえ存在していることが、神が万能ではないその証左だ。


 そこで私はこの檻を造り上げた。神を呼び出し、そして仕留めるこの檻を。先だってのドルドゲルス然り今回のバルシア然り、俗世での国家を手に入れたのは、ひとえにこのシステムを創り上げる財力と労力、そして魔力を搾取するためのを手に入れる為。


『これだけの魔力を手に入れるために、一体どれほどの人の子を……!』

「幸運にもバルシアの特産品は人でね。しかし貴様を引きずり出す為にはこの地でなくてはならなかった。難儀なものだよ」


 人里離れた地で実行できれば邪魔も入らないのだが、いかんせん条件というものがある。魔力、時間、神とのつながり、そして場所。


 だがしかし、親愛なる女帝殿のおかげでこうして条件もクリアできた。このロザルスの地は神を呼ぶのに適地であり、儀式を行うための時間も十分に満ちた。


「どうだい? 神の座を私に譲り、そしてかしずくというのなら命は助けてやるが?」

『悪しき人間に神の座を渡すなどありえません』

「……チッ。ではサヨウナラだ。対神魔導砲発射!」


 装置から魔力サーバーに蓄えられた膨大な魔力が迸り、神を貫く。この溢れ出る魔力は、遠くから見ればこの塔から雷が放たれているように見えるだろう。それほどまでに絶大な力を造り上げたのだ、私はッ!


 神が魔力の塊たる精霊の上位に位置する存在ならば、やはり膨大な魔力をぶつけることで対消滅させることが可能なはずだ。いや、間違いない。


「見よ! これが神話における神殺しの剣を、槍を! 我が技術で再現した最終兵器!」

『これだけの才を持ちながら、どうして愚かな……!』

「愚かは貴様だ女神シュルツよ! 安心しろ、私は貴様よりも上手く世界を管理するさ!」

『……あーあ、まさか私が神殺し食らうなんて。後は頼んだわよ、レイ――』

「消えた……?」


 何かぶつぶつつぶやいていたようだが、女神シュルツは跡形もなく消え去った。私は感動のあまり言葉が紡げず、後ろで行く末を見ていたライザがつぶやく。


「フフフ……、ハハハ……、ハーッハッハッハ! やったぞ! 神殺しの完遂だ!」

「どうなんだ? あんたの考えだと神を殺した者は力を得るんだろ?」

「間違いない! 力が、力がみなぎるぞ! そうか、世界が私を認めたか! ハーッハッハッハ!」


 素晴らしい。身体の底から力が湧き出る! 数多の神話の分析により、神を殺した者は空席の座を埋めるように神の力を得るとわかっていた。しかしこれほどまでに素晴らしいものだとは……!


「神を超えた神。超絶全能神ハインリッヒの誕生だ……! これからは、私の時代だ……!」



 ☆☆☆☆☆



「――ん。風……?」


 結局ハインリッヒやライザの行方はつかめない。不安だ。あの迷惑コンビが何をしでかすか不安でしょうがないわ。気晴らしに歩いていると、突然風が吹いた。その風は私を優しくなでるように過ぎ去っていく――。


「虫の知らせってやつかしら……? 何の知らせかわかんないけど」

「レイナ様!」

「どうしたのクラリス、そんなに慌てて」


 稀に見るクラリスの猛ダッシュだ。普段は冷静な彼女がこんなに必死に走ってくるなんて、そうはないわ。つまり尋常ならざる何かがあったのだ。


「はあはあ、偵察部隊からの報告です! ドルドゲルス王都ロザルスの王宮後に、突如巨大な塔が出現! そしてその頂上付近で、稲妻のような凄まじい魔力が走ったと!」


 ――神殺し。前大戦であの男が行おうとしたことが脳裏に蘇る。そしてロマン改めライザの「ゲームオーバー」発言。それが嫌にリアルな実感をともなって、ゾワリと背筋が寒くなる。


 嘘。嘘よね……? あのおとぼけ女神に限ってそんな……。ううん。シュルツは底抜けのアホのように見えて、実はしたたかだ。だからきっと大丈夫なはず。でも、もしそうなのだとしたらどうなるのこの世界は、皆は……!


「シュルツ……」


 私は思わず空を見上げ、おとぼけ女神の名前をつぶやいた。そのつぶやきは風に舞って、天にまで吹き上げられた気がした。


 きっと嵐がくる。この世界を、私の大切なモノを吹き飛ばしてしまうような嵐が。だから私は戦う。大切なモノ全てをこの手で護るために。だって私は、この世界に恋焦がれているから――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――

後書き

第9章 了

next

第10章完結編 【6月11日(金)】開始予定


読んでいただきありがとうございます!

さらばシュルツ!おとぼけ女神暁に死す!

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