第267話 安らぎの夜を告げる月の様に

「アリシア・アップトン、ただいま参上です!」


 ハインリッヒの憑依したヒルダ操る〈レーヴェルガー〉、それを止めたのは他でもないマギキンの主人公ヒロインであるアリシア・アップトンその人だ。彼女は魔力を失っていたはずよ。それがどうしてここに……?


 わからない。彼女が再び戦場に立てた理由も、彼女が乗っている機体も。けれど一つだけ断言できることがあるわ。奇跡は起きたんだ――。


『ぐぬぬっ……! 貴様、まさかアリシア・アップトンか!?』

「その通りですハインリッヒ・フォーダーフェルト! だいたいの状況は察しました、ヒルデガルトさんを解放しなさい!」

『貴様は確かにロマンが仕留めたはず! そうか、またしても主人公補正か……!』

「何を言っているがわかりませんが、私はあなたの存在を許しません!」

『クソがッ! この主人公ごときがあッ!』


 影に縛られた〈レーヴェルガー〉は、それを引きちぎろうと動く。きっと今アリシアとハインリッヒの間では一進一退の攻防が行われている。


「アリシア、この隙に私の魔法で行動不能に?」


 動きは止めた以上、この隙に〈レーヴェルガー〉を行動不能にしてヒルダwithハインリッヒを引きずり出し、イタコなりエクソシストなりの所へ連れていきたい。


「いいえ、待ってくださいレイナ様。ヒルデガルトさんなら大丈夫です! さあ、起きてくださいヒルデガルトさん! 最良の解決策とはいつも真っ暗な闇の中にある。そう言ってくれたのはあなただったでしょう? 闇の中で答えを……掴みとってください!」


 アリシアに勝算があるのかはわからない。けれど熱意は感じる。決意も感じる。だから彼女に任せる。つまり私がするべきは――。


「《熱線》! ロマン、アリシアの邪魔をするんじゃないわよ!」

「おっと、さすがに君にはバレていたか」


 私はアリシアの背後を狙っていたロマンに牽制をいれ、そのままアリシアの背後を守る位置に入る。すでに女帝の来援やハインリッヒの出現、そしてアリシアの到着によって発生した両軍の混乱は収束し交戦が再開されている。今の私のするべきは、アリシアの邪魔をさせないこと。


「レイナ様ありが――いいえ、背中はお任せました!」

「任されたわアリシア! ヒルダの事お願いね!」



 ☆☆☆☆☆



「任されたわアリシア! ヒルダの事お願いね!」


 任せて、任される。私は今レイナ様と肩を並べて戦っている。思い返せば私は「お一人ではあの人たちに勝てない」と言った。なんと傲慢だったのだろう。


 あの後レイナ様はルーク様と共にルーノウさんとロマンを撃退してみせた。私がレイナ様に依存するあまり、レイナ様を私がお支えしなければと目的がすり替わっていたのだ。レイナ様は私なんていなくても立派に勤めを果たされるのに。


 きっと今までのレイナ様に依存しきった私なら、戦場に到着するなり合体を進言していた。だけど今は違う。今の私はレイナ様の事を信用し、レイナ様から信用される人物を目指している。


 見せるんだ気概を。並び立つという気概を。

 見せるんだ力を。並び立って不足なしという力を。


『貴様あッ! いい加減にこの戒めを解け!』

「戒めを解くのは貴方ですハインリッヒ! 欲望にまみれた貴方に絶望安寧破滅救済を!」

『ぐわあああああああっ!?』


 魔力を込める。ひたすらに込める。かつての自分とは違う。ただの優等生じゃ飛びぬけたレイナ様に並び立てない。だから私も飛びぬけるだ。隔絶するのだ。


『フフッ、精神的な負荷を継続してかけ続けているのか。このままではヒルデガルトの精神も焼き切れるぞ?』

「そうはなりません、ヒルデガルトさんは貴方が思っているような弱い人ではありません! そうでしょ、ヒルデガルトさん!」

『ヒルダでいいって言わなかっ――ぬおっ!? ヒルデガルトの意識が出ただと!? そんな馬鹿な!』


 一瞬だけれど少女の声が戻る。いける。この方法で間違いない。思えば病床の私を訪れ励ましてくれたヒルダさんは、自分も救われたそうな顔をしていた。だからヒルデガルト――いえ、ヒルダを呪縛から解き放つ。今日、ここで!


『小娘ごときがッ!』

「ごときごときといい加減うるさいですよ、亡霊ごときが!」

『なっ!? 世界を制する私を亡霊ごときだと……!?』

「世界を制する? 貴方ごときが世界征服をほざくなんて笑止千万です! そして――闇なら私の方が暗くて深い! とっておきのを見せてあげます!」

『貴様ああああああああッ!!!』


 ついにハインリッヒが縛を解き放ち迫る。けれど私に焦りはない。タイミングを見計らう。


『ひれ伏せ! 《インヴィジブル――』


 〈レーヴェルガー〉がその右手を掲げる。来た――。私はリューヌリュミエールを起動し、魔力を注ぐ。まだ、まだ、まだ、今――!


『――ストーム》!』

「《魔力奪取まりょくだっしゅ》!」


 ドレスのようにまとったリューヌリュミエールが展開し、漆黒の翼の様に翻る。月明かりを浴びたその姿は、きっと金色とも銀色ともわからない美しさをもつ。そして――魔力の渦が掻き消えた。


『消えた……? し、知らないぞ……なんだその力は!?』

「フフ、私のあふれ出る闇の魔力を展開し、空間の魔力奪わせていただきました」

『なん……だと……』


 闇の魔法は対象の何かを弱め、奪う魔法だ。私はハインリッヒが扱おうとしていた空間の魔力を奪った。今までの私だとキャパシティがオーバーしてしまう為できなかったけれど、今の私ならできる。


 えっと……魔導さいぼーぐ……だったかな? ……さいぼーぐってなんだろう?


 女神ルノワ様は言った――。叩き潰せ、蹂躙せよ、泣いて謝っても許すなと。だから私は徹底的に、貫徹的に、このハインリッヒをユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ――。


「ハインリッヒ、貴方はヒルダのことを愛称で呼ばなかった。いいえ、呼べなかった。それが貴方の弱点です!」

『な、何をッ!?』

「貴方は他人を愛していない、道具としか思っていない。だから負ける。そんな惨めな存在が貴方です!」

『ええいっ! 黙れよ主人公という肩書のモブごときがッ!』

「目覚めてヒルダ! 亡霊は闇に帰りなさい!」

『ぐぬおおおっ!? この力はなん――いいわよアリシア、続けなさい――ええい黙れ!』


 怒りを帯びた〈レーヴェルガー〉の刃が私に迫る。けれどもう遅い――。


「神級魔法《厭離穢魂えんりえこん》! 浄化!!!」

『ぐわああああああああっ!?!?』


 この亡霊の魂を、本来あるべき闇へと返す。女神ルノワ様は死も司る。それは時に悪しき神と扱われる原因だ。


 しかし死は安寧だ。平穏だ。人々が休まる夜という時間があるように、死もまた必要なものなのだ。だから私は死を与えよう。絶望の安寧と、破滅の救済を与えよう――。


 糸が切れたマリオネットのように、〈レーヴェルガー〉が崩れ落ちた。


「ヒルダ!? 大丈夫ですか、ヒルダ?」

『なんとか……ね。ありがとう、アリシア』

「良かった……!」



 ☆☆☆☆☆



「ヒルダ……! アリシア、やったわね!」


 今までにない凄まじいまでの魔力をアリシアから感じる。何があったのか――ううん、今はヒルダを救えたことを喜びましょう。


「ロマン、ハインリッヒは成仏したわよ! あんたもそろそろどうかしら?」

「いやいや、ごめんこうむるよ。まだまだ僕にはやるべきことがあるんでね」


 この激戦の中、ロマンはまだ余裕を見せている。何か……まだ何かある。ルシアは倒した。ブルーノも倒した。亡霊ハインリッヒすらアリシアが除霊した。絶対的に私たちが有利な状況なはずだ。それでもロマンは余裕を崩さない。つまりこれだけの状況を逆転できる何らかの秘策をあいつは持っている。


「それにほら」


 ほうら来た。今度は何を出そうっての? 来るのは魔導機だ。一機の魔導機が前線に凄まじい速度で向かってくる。近づいてきて事実を認識してギョッとする。人型なのは間違いない。けれどあれは――。


「なんて大きさなの……!」

「驚いたかい? さあ、ご到着だよ」


 第一印象は巨大だ。とてつもなく巨大な彫像。それが感想。あの〈リーゼ〉の倍どころじゃない。もしこれが敵の魔導機なら、私たちは巨大な山と戦わなければいけないようなものだ。そしてその巨体の中央にはバルシア皇帝の紋章が描かれている。――。


「ごきげんようレイナ・レンドーンさん、そしてグッドウィン、アスレス、ドルドゲルス連合の皆さん。この私自らがお相手をいたしましょう」


 戦場に上品そうな女性の声が響き渡る。聞こえてきたのは美魔女皇帝こと、バルシア女帝リュドミーラ・レオニードヴナ・レオーノヴァの声だ。ハインリッヒのアホは転移者だから除くとして、皇帝や国王の類が直接立ちふさがるのは初めてね。倒せば勝ち……なんでしょうけれど、本当に倒せますのこれ?

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