第268話 想いも願いも凍りついて

「それにしても何よあれ!?」


 前世のテレビで見た、どこぞの県にある巨大観音像を思い出すわ。えーっと、あれは東北のどこかだったかしら? ま、どこにあったかはどうでもいいとして、とにかくバカでかい。その大きさはあの巨大魔導機〈リーゼ〉の倍どころじゃない。通常の魔導機と比べるとまさにアリと巨人!


 見た目は魔導機と言うよりも巨大な彫像――それも式典の女帝をかたどったという感じで、頭に帝冠、右手に王笏、左手には宝珠、そしてオーロラの様なマントを羽織った女帝そのものの姿だ。マントは別として、服を着た魔導機なんて初めて見たわ。


「何と聞かれたら、この機体は〈インペラートルリオート〉と答えましょうか、レイナ・レンドーンさん。私の大望が形となった機体です」


 えーっと、バルシア語はあまり詳しくないけれど、確か氷の皇帝って意味になるのかしら……? それにしても数の暴力で押しつぶすのがバルシアの基本戦術なはずだけれど、女帝自ら最前線に? 勝負を焦った……いえ、他に理由があるはずだわ。でも来てくれたのなら後は簡単、これをどうにかすれば万事解決。わかりやすいわね!


「こうなったら覚悟を決めて――」

「レイナ、ちょっと待ってください。ここは僕にお任せを」


 攻撃態勢にはいろうとした私を、ディランが制止する。戦わないで済むならそれにこしたことはない……ということかしらね?


「レオーノヴァ陛下! 貴女の信じていた偽の神――ハインリッヒもアリシアによって浄化されました! 改めて告げます。もう戦う理由も薄いはずです。即刻休戦協定に応じください!」

「これはこれは王弟ディラン・グッドウィン殿。理性的な申し出ありがたく存じますが、私には果たさねばならぬがありますの」

「大望……?」

「そう、それこそが偽りの神に忠誠を尽くした理由、私が望んだ果実!」


 ディランと話す美魔女皇帝にいつもの気品や余裕はない。あるのは狂気に憑りつかれた女の情念だけ。いったいこの女は何を得ることで、あの男に忠誠を……?


「――若さ」

「……若さ?」

「ええ、永遠の若さと命。いわゆる不老不死」

「不老不死だと……? そんなことが可能なものか!


 バッと会話に割り込んだのはルークだ。彼がいきり立つのも無理ないわ。だって不老不死は魔導の探求者にとって到達点の一つ。先祖代々魔法の研究をしてきたトラウト一門にとって、不老不死という単語を簡単に聞き逃せるはずないわね。


「できるのです、我が神の力によれば。魔力サーバーによって魔力を吸い上げられた人間は老人のような姿になる。皆さんもご存じですね?」


 美魔女皇帝はまるで健康食品のシーエムのように語りだす。魔力サーバーによって魔力を吸い上げられた人……前大戦の時に沢山見たわ。みんな一様に白髪になり、生命力が失われ、最悪死に至る。まさか――!


「であれば、その逆をすればいいのです。魔力サーバーによって蓄えられた純度の高い魔力を注ぎこむ。そうすれば生命力は保たれ、誰もが夢見た永遠を人は手に入れられる」


 私は私自身の経験からこの話が一理あると思う。前世に比べて、この世界は顔立ちが整った人が多く、老いても若々しい見た目の人が多い。はじめは恋愛ゲームの世界観だからと思っていたけれど、魔力サーバーの一件で確信した。理由は魔力だ。


 だから仮に魔力を無尽蔵に身体に取り入れる――なんてことができたらそれは永遠の若さを保つことに繋がるんだと思う。理論は通っているわ。


「馬鹿な! そんな膨大な魔力の流入に人が耐えきれるはずがない!」

「できるのです、我が神ハインリッヒ様の科学があれば。その証拠をお見せしましょう」


 女帝がそう告げると、〈インペラートルリオート〉の頭部のあたりがカパリと割れて、まるで舞台の奈落からせり上がるように人が出てきた。女性だ。


「あれはレオーノヴァ陛下……? いえ――」


 ――。あまりにも若すぎる。


 元々実年齢よりも著しく若く、せいぜい四十くらいの見た目だったわ。けれど今はそれより二回りは若い。今の見た目はクラリスと同年齢程度……!


「隙を見せたな! 《大地の巨腕・黒》!」

「フフ、甘いですよ」

「何!?」


 女帝が出てきたのを好機と見たライナスが、巨大な腕を飛ばした。目的はたぶん捕縛でしょうね。けれどそれは果たせなかった。オーロラのようなキラキラした光に阻まれたからだ。


 女帝は上品――けれど狂気を感じる顔でニコリと笑うと、お披露目は済ませたという事か巨大魔導機の中へと帰って行った。ライナスは再び距離をとって、パトリックがカバーに入る。


「ライナス、危ないよ。気持ちは買うけどね」

「……済まないパトリック」

「気にすることはないさ。剣を交える前にあの防御力を見れたのは収穫さ」


 好機なのは間違いなかったわ。あの魔法はいったい……?


「魔力サーバーを使用するということは、多くの人が犠牲になるということ! あなたはそんなくだらない理由の為に……!」

「あら、人――とりわけ女にとっては、老いず美しいままというのはまさしく神の果実でしてよ殿下」

「そのためにあなたは無人の地で王を気取るおつもりか!」

「もちろん、下々も多少は残しますわ。家畜としてね。その為にここまで来たのです。レイナ・レンドーンを狙わせたのも高純度の魔力を欲しての事。レイナさん、あなたの血は大変美味でしたよ」


 あー! そう言えば私の右腕奪っていったわよね!? え、血? 飲んだの……? ドン引きなんですけど……。嫌すぎる献血体験! 普通の献血は皆さんちゃんと協力してね!


「あーもう怖っ! 金輪際あんたに丁寧な言葉は使わないわよレオーノヴァ! すぐにハインリッヒの下におくってさしあげますわ!」

「神の御許へ……? 少々勘違いされているようですね。神はいつも我らの側に」


 パチンと、指を鳴らした音が聞こえた気がした。それに応じるように、後方から複数の魔導機が出てくる。あれは確か……バルシア親衛隊の〈ドラグツェン〉とかいう機体だ。


「やあ――」

「やあレイナ――」

「やあレイナ、一時ぶりだね――」


 なに……サラウンドで聞こえてはいけない声が……。


「ハインリッヒ……? アリシアが成仏させたはずじゃ……」

「またまた――」

「またまたご名答――」

「またまたご名答。けれど――」

「またまたご名答。けれどあれがとは一言も言っていないよ?」


 本体……? つまりハインリッヒの本体はどこか別の所にあって、それをどうにかしない限り無限にハインリッヒ憑きが出てくるっていうこと……?


「この身体では――」

「この身体ではなじみが悪い――」

「この身体ではなじみが悪いけれど、戦闘には問題ない。さあ、相手をしてもらおうかな?」

「不滅! 不死身! ああ、これぞ神の御業! さすがは私の信ずる神!」


 熱狂。美魔女――もう見た目若すぎだし美魔女でもない女帝はまさしくその一言だ。はっきり言って気持ち悪く感じる。元々私もオタク気質だし一生懸命になるのは良いことだと思うんだけれど、崇拝する対象は選んだ方がいいと思いますわよ。


「「「さあリュドミーラ、ロマン、共に神の敵を倒そうじゃないか」」」

「かしこまりました我が神よ!」

「了解。けれど僕達にまでそんな一斉に喋らなくてもいいよ」


 来る。女帝の巨大魔導機〈インペラートルリオート〉が、ロマンの〈クロノス〉が、ハインリッヒ軍団の毒々しい色合いの〈ドラグツェン〉が、そして数えきれないほど大軍のバルシアの魔導機軍団が!


「各機、応戦! レイナ、ルーク、パトリック、ライナス、アリシア、僕達で敵主力を!」

「わかったわ、ディラン!」


 ヒルダは退却させた。ルイとルビーは航空艦の直掩に入り、シリウス先生やクラリス、それにリオはドルドゲルスの皆さんと共にハインリッヒ軍団に当たる。


 さあて、私たちで女帝とロマンを抑えたいけれど……その時、巨大魔導機〈インペラートルリオート〉が怪しく輝いた。来る――!


「回避!」

「凍り付きなさい、《永久凍結えいきゅうとうけつ》!」


 腕だ。女帝が手に持つ笏を振ると、雪に覆われた大地から巨大な氷の腕が幾本も伸びた。パトリックの警告が早かった。先行していた私たちはそれで助かった。でもうねうねと無軌道に動く氷の腕に、一般機の方々は逃れられずに捕まってしまう。


「ぐわあああっ!」

「今助けますわ! 《大火球》!」


 私は魔法を放って氷の腕をへし折り、捕えられていた魔導機をキャッチ。


「これは――凍って……いえ、氷像に!?」


 凍り付いているなんて生易しいものじゃないわ。魔導機もそして中に操縦者さえも、氷そのものなっている。先ほどの魔法によるものだというの? けれど無機物も有機物も関係なしに氷へと変えてしまうなんて。これじゃあ回復魔法も意味がないわ。


「儚く短い人生を捨て、あなた達も永遠の氷像となって時を刻ませてあげましょう。さあ、皆我が神にひれ伏す時です」

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