第258話 太陽と月が昇る刻
「とおりゃあああっ! 《光子拳》! 西門はこのルビー・レンドーンがぶち破りましたことよ!」
ルビー姉さんの〈アルテミスカナリー〉が敵機もろとも城壁を破る。相変わらず無茶苦茶な戦い方だ。そしてとってつけたお嬢様言葉。おおよそ貴族令嬢という立場が似つかわしくない姉だけれど、あれで学院では人気があるらしい。黙っているのはクールなんじゃなくて、人見知りで常に不機嫌なだけなんだよ?
「ルイ! 援護なさい!」
「はいはい。《闇の加護》! そして《闇の怨念》!」
僕は適当に返事をしながら、動きを鈍くさせ装甲を劣化させる闇魔法を放つ。術中にはまった敵機を、ルビー姉さんがあるいは殴りあるいは蹴り飛ばして撃破していく。
良い調子だ。この新型に乗っての初めての実戦を、僕達はレイナお姉様という英雄の下で楽に迎えることができた。
だけど今はレイナお姉様とは別行動。僕達の任務はこの西門方面での陽動、そして戦略目標の確保だ。
不安だ。けれどやれる。やってやる自信がある。僕だってこの〈アポロンカナリー〉を使いこなせているという自負がある。僕達二人ならやれるはずだ。
「ここがアラメか……」
本では読んだことがある。様々な文化が花開く大都市だ。けれど今は内戦中ということもあり、陰鬱に見える。そんな市街を僕達はどんどん進軍していく。アスレス軍の機体もついて来ている。オーバーペースでもない。後は――。
「――来たか!」
明らかに今までの敵とは違う、手練れな雰囲気をまとった部隊が現れた。中心の二体は特異な形状で、僕の魔導機の知識にも存在しない。
「邪魔でしてよ! どきやがれえええッ!!!」
「待って、姉さん!」
止める間もなく姉さんは拳を輝かせて突撃する。しかし――。
「なっ!?」
「止められた!?」
――二機のうち
「フンッ!」
「くうっ……! あいつらなんなのよ、ルイ!?」
「僕も初めて見たからわからないよ……」
放り投げられた姉さんはくるりと回って器用に着地し、僕にそんな無茶を言う。相手の機体の性能も特性もわからない。ここは出方を窺うべき……!
「聞いているぞ、貴様たちは“紅蓮の公爵令嬢”の
地の底から響くような、低い男の声だ。
「だとしたら何なのよ!」
「だとしたら殺すのよ! 《
今度は甲高い女の声だ。もう一機の
「《闇の加護》よ!」
「アハハ! 当たらない!」
……くっ。動きを封じようと思ったけれど、簡単に避けられた。小柄な魔導機は飛行型で水属性か。
「私は〈イダテン〉を操るシーラ。それでこっちのデカいのが」
「〈ニオー〉を操るドーグだ……」
「ご丁寧に自己紹介とは。傭兵とお見受けしましたが存外丁寧でやがりますのね?」
「いえ、なに。私たちはあんた達の従姉に感謝していてね」
「……感謝?」
「そうさ。“紅蓮の公爵令嬢”がイェルドとヘルゲのコンビを潰してくれたおかげで、私たちコンビの仕事は増えてね」
「誰よそれ!」
姉さんは知らないみたいだけれど、僕は資料で名前を見た。イェルドは僕達が誘拐された時、ヘルゲは月下の舞踏会でレイナお姉様が倒した傭兵だ。
そしてシーラとドーグ。この二人も事前に資料で見た記憶がある。コンビで仕事を請け負う傭兵だ。ランク的には上位だったはずだ。こいつらもバルシアに雇われたのか。
「教えてあげるわお嬢ちゃん。ここであんた達を倒して、それをエサに“紅蓮の公爵令嬢”を倒せば、私たちが名実ともに最強の傭兵コンビってことよ! 《水刃》!」
「くっ……!」
「まだまだ……! 《岩石槍》!」
「うわっ!?」
上空から撃ち込まれる風の刃を回避すると、今度は地中から岩の槍が突き出す。僕と姉さんは咄嗟に回避するけれど、避けきれなかったアスレス軍の魔導機は真っ二つもしくは串刺しだ。
「こうなったらあああっ!!!」
「無駄だ……!」
しびれを切らした姉さんが、飛び回る飛行型――〈イダテン〉に殴りかかったけれど、上手く誘導されて〈ニオー〉の影に隠れられ攻撃を防がれる。
「それなら! 《闇の怨念》よ!」
「させないわ! 《水の壁》!」
「何!?」
鈍重で固いタイプなら僕の闇魔法……そう思って放ったけれど、上空を飛び回る〈イダテン〉の魔法によって発生した水流に阻まれてしまった。
「そして反撃の《水刃》!」
「《岩石槍》!」
「《光の壁》……! ぐううっ!?」
「《闇の壁》……! ぐああっ!?」
防御魔法でなんとか耐えきる。けれど損害は大きい。そんなに何度も防御魔法に頼ることはできないみたいだ。
「アハハ! どお、これがプロのコンビネーションよ」
「諦めろ、俺たちはプロだ。貴様たちの魔法の腕、その機体の性能、そして正確にいたるまで詳細に調べ上げている。まだ抗うというのなら暗闇の絶望を見ることになる。お前たちは勝てない」
☆☆☆☆☆
「ハハハ! “紅蓮の公爵令嬢”、リベンジマッチをさせてもらうぜ! 今日はあの黒い機体の姉ちゃんはいねえみてえだな!」
「ブルーノ、やっぱり裏にいたのね。グッドウィンで内乱を引き起こしたのとやり口が一緒だと思ったわ」
「お褒めにあずかり光栄ですってな。火つけや荒らし、混乱、嫌がらせってのは俺の得意中の得意だ」
ブルーノは〈アシュラ〉の六本腕を器用に操ってお辞儀をし、おどけてみせる。このアスレスに
「あっ、そう言えば西門に仕掛けて来てるのはあんたの従妹だっけ? そのうち首が届くだろうから楽しみにしてな」
「貴様……!」
「おっと、血気盛んな王子様だな。今はそっちとは話してねえんだけど」
ディランが斬りかかるもかわされる。隙だらけに見えて隙が無い。……ルビーとルイの所にも刺客が。きっと前世の神様の名前がついたスペシャルな奴だ。心配ね。でも――。
「あら? あの二人なら大丈夫ですわ」
「ほう、でもこっちはプロ。確実に勝てるとふんで仕掛けてるんだぜ? いろいろ調べてあんだよ、こっちはな」
「まあ、仕事熱心な事。けれどあの子たちには、私と二人の両親、それにマッドン先生くらいしか知らない秘密がありますの」
「……何?」
☆☆☆☆☆
ああ、ムカつくムカつくムカつく! 腸が煮えくり返りますわ畜生めですことよ!
「ルビー姉さん、だいぶ苛立ってる?」
「当たり前ですわルイ! ム! カ! つ! き! ますわ!」
何がコンビよ、何がプロよ。こっちの攻撃は効かないで一方的に攻撃される。なーんも楽しくありませんわ!
「あんたの本の知識でどうにかなさいな!」
「無茶言わないでよ……。こんな状況を覆すには、
「アレできますの?」
「できないなら負けて死ぬかい?」
それもそうか。これは実戦。負けると良くて死ぬ。良くないと散々に弄ばれてぐちゃぐちゃになる。ああ、ムカつく。なんで私がこんな三下どもに負けないといけないの!? 負けるとレイナお姉様は悲しんでくださるかしら。お父様は悲しむと思う。下僕のフィオナは泣いて当然だ。
「……《岩石槍》!」
「ぐわっ!?」
「ルイ!」
「よそ見をしている暇はないよお嬢ちゃん! 《水刃》!」
「ぐあっ!?」
地中から生えた岩石の槍がルイの〈アポロンカナリー〉の金色の装甲を砕き、鋭い水の刃が私の〈アルテミスカナリー〉の銀色の装甲を切り裂く。こちらの攻撃は敵のコンビネーションの前に通用しない。あちらの攻撃はバシバシ当たる。隔絶したプロとアマチュアの差だ。
汗とは違うたらりとした感触を感じたので額をぬぐう。――血だ。どこかを切ったのか、赤い血が流れ落ちている。少し意識もぼんやりとしてきた。このままだと私は――私とルイは死ぬ。これが死の実感でやがりますのね。
「そろそろ止めだ、祈りを済ませろ」
「さあお嬢ちゃんお坊ちゃん、言い残すことはあるかしら? このお優しい私が”紅蓮の公爵令嬢”に伝えてあげるわよ。さあ、惨めったらしく命乞いでもしてみせなさいな!」
「私たち……」
「あらなあに? 聞こえな~い」
「私たちだってレンドーンですわ! 誰が命乞いなんてすると思っていますのこのアホンダラ!」
一つ気合を入れなおして立ち上がる。二つ心の奥底から力を振り絞って相手を睨みつける。軟弱物のルイも立ち上がる。私たちはまだ終わりじゃない。
「ルイ、わかっていやがりますわね?」
「ああ、当然だよ姉さん」
「「私(僕)たちの後ろには百万の民がいる。貴族として剣を握り魔法を唱えた以上、それを護り通すことが使命! それが貴族の――いいえ、レンドーンの誇り、矜持、魂! だから決して頭を垂れたりしない! 命乞いなんてするわけがない!」」
レイナお姉様にただ憧れているだけじゃない。お姉様を目指し、レンドーンの家名を名乗る以上、私たちは確固たる矜持をもってこの場にいる。戦場に立っている。だから平民のアリシア・アップトンが戦場に立つことに疑問を感じる。彼女を含めた平民を護るのが私たち貴族の義務だ。
「あらそう、ならどうするの? 死ぬ? 私たちには勝てないわよ」
「その威勢や良し。しかし結果は変わらん」
あーあー、好き放題言い腐りやがってですわ。でもそれは事実だ――いいえ、事実
「ルイ、こうなった以上
「了解、姉さん。僕も今ならいける」
弟の声にはいつもはないやる気がみなぎっている。大丈夫、今の私たちならいける。だって私たちもレイナお姉様と同じくレンドーンの一員なのだから。
「いける? 随分と自信たっぷりねえ、あなた達にできるとでも?」
「当然。だからそう言ったんですよオバさん」
「オバ……!」
「試しに聞いていいですか? あなた達は僕達の得意属性をどれだと思っていますか?」
「そんなの姉が光であなたが闇でしょ!」
見えなくても分かる。ルイは今ニヤリと根暗に笑っている。
「――残念」
「ぐおっ!? ……何!?」
「ドーグ!? これは闇属性の《影縛り》! バカな、ルイ・レンドーンからは何の魔力も!?」
地中から伸びた影で、大柄な〈ニオー〉が縛られる。
「《影縛り》! ジタバタしやがるんじゃねえですわ!」
「姉の方がですって!? まさか闇属性も使えて――いえ、これは弟よりも強力な!」
「気がついた? ルビー姉さんの本当の得意属性は闇なんだよ。そして――《光子脚》!」
「――ぐはっ!?」
護る者がいなくなった〈イダテン〉を、ルイの〈アポロンカナリー〉の神速の蹴りが地に叩き落とした。
「僕の本当の得意属性は光」
「馬鹿な! そんな情報はどこにも……!」
あーあ、可哀そうなくらい取り乱して。プロだとか言って自分たちが絶対的優位だと図に乗っていたのがアホみたいですわね。そろそろちゃんと話してあげた方が良さそうですわね。冥途の土産に。
「私たちの心には制限装置がついている。本当の魔法が使えないように制限装置が」
「制限装置……?」
「それはきっと、強すぎる力で肉体に負荷がかからない為に。そして恥じらい」
「恥じらい……?」
「そうですわ。だってこんな闇なんて根暗みたいじゃないですの――」
「そうなんだよ。だって光属性って大雑把だからさ――」
「「だから、普段は逆の得意属性を使って過ごしている」」
十歳の時に判定を受けてから、私たちは自分の得意属性が嫌いだった。だってチマチマ嫌がらせが得意な闇属性なんて楽しくないじゃありませんの。私はこう、ズバッと殴ってガシッと蹴る――そんな戦いがしたいのよ。そして双子の弟のルイもまた私とちょうど逆の考えを持っていた。
それが理由かは知りませんけれど、普段の私たちは得意属性の魔法が使えなくなった。きっと女神様に嫌われたんだ。幼い私たちはそう思っていた。けれど違った――。
ある日お父様、それから家庭教師のマッドン先生から呼び出され、ある秘密を明かされた。
それは私たち双子の魔力は、レイナお姉様に匹敵するほどに抜きんでていること。そしておそらく、その強すぎる力を抑えるために心の中で制限がかけられている事だ。それこそ命の危機がおとずれないと外れないような制限が。
私と弟は人生のうちで何度かそのリミッターをはずせた事があった。けれどその反動ときたら、幼い私たちには激烈すぎるダメージを負わせたのだ。
レイナお姉様くらいスペシャルな生まれならともかく、私たちでは強すぎる魔力に身体が耐えきれない。だから普段は得意属性以外の魔法を使用している。幸い私たちの才能では、得意属性じゃなくても他人以上に結果を出せた。
だからほとんどの人が知らない。近しい使用人にだって、本家のレスター叔父様にだって気がつかれていない。だけどルーク様には見抜かれていたみたい。だから私たちの専用機は、ちゃんと本当の得意属性に合わせて調整してある。手加減をしてくれるルーク様とのような戦いではなく、今日の様な命の取り合いで勝つために。
「肉体が持ちませんわ。さっさと決めますわよ」
「そうだね姉さん」
「レンドーン家たる者お礼はきちんと。大技ぶちかましてさしあげますわよ!」
「はいはい、了解」
エンゼリアへと入学しきっちりと魔法を学んでから、だんだんと自分たちの身体に眠る本当の力と向き合えてきた。けれど魔導機で力が増幅される以上、そう長いこと心の制限装置を外し続けることは、すなわち私たち自身の死を意味する。だから決める。
「光属性超級魔法《
「闇属性超級魔法《
現れるのは巨大な剣だ。反った独特の形をした巨大な剣だ。それぞれ太陽と月の輝きのエネルギーで形造られている。ルイが書物で見たという遠い異国の反り返った剣。それを私たちの魔力が再現する。
太陽と月はいつも私たちを見守ってくれている。それは普段得意属性を使えなくてもだ。だから今この
「「《
弟ルイの陰気な性格に反して、元気な太陽のように黄金に光り輝くは異国の太陽神の名を冠すと言う〈アポロンカナリー〉。私の大ざ――元気な性格に反して、優しい月のように銀色に輝くは異国の月の女神の名を冠すと言う〈アルテミスカナリー〉。膨大な光と闇の魔法のエネルギーが極限まで光り輝き、自称最強のコンビ傭兵を断末魔もなく消し去った。
私たちの心の奥底に眠る本当の力よ、待っていてください。私たちが本当にあなた達と――世界と向き合えるその日まで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます