第259話 吹きすさぶは王道の嵐

 アラメの街に金銀の眩い閃光が走り、激しい爆発音が鳴り響いた。方向は西方。あれは西門の方だ。


『な、なんだありゃあ……』


 驚きつぶやいたブルーノの声を魔力通信が拾う。私、ディラン、そしてヒルデガルトの三人を相手にしても崩れなかったブルーノの余裕が初めて崩れた瞬間だ。


「おわかりいただけて? 二人もまたレンドーンということですわ!」


 間違いない。あの二人がやったんだ。薄々気がついていたけれど、すごい才能……これが本当のレンドーン家の血筋の力なのね。それを考えると今更ながら原作のレイナに同情しちゃうわ。


「確かにすげえみてえだな。……だが問題はねえ。ここでお前たちをぶっ殺して、そしてあいつらもぶっ殺せば仕事は終わりだ。《爆炎弾MG》!」


 高所を取っているブルーノ操る〈アシュラ〉の六本腕に持たれた杖が火を噴き、雨霰あめあられと爆発する火の玉が私たちを襲う。それだけじゃないわ。ブルーノの指揮下にある複数の機体も、同じようにバラバラと魔法を降らせる。


 取り巻きの連中は当人の力量というよりも技術的な攻撃ね。ブルーノの機体で得たデータを元にした廉価版。そんな感じがするわ。


「《水の壁》よ!」


 火には水よ! 私は右手を地につけると、幾本もの水流の柱を出して攻撃を防ぐ。火の用心、マシンガン一つ火事の元!


「そう来ると思ったぜ! 《泥濘強弾でいねいごうだん》!」

「――ッ!」


 私が作りだした水の壁を突き抜けるモノがある。高速で鋭く打ち出された泥の弾だ。魔法で造り出されたそれを《爆炎弾》と合わせて撃ち込んでくる。


「《不可視の盾》!」

「《風の壁》!」

「ありがとうヒルデガルトさん、ディラン!」

「礼はいらない。それより長くはもたないからさっさと対抗策を考えなさい!」

「そうですね。このまま防戦を続けると囲まれるのが怖い。一刻も早く次の手を打ちましょう」


 次の手、次の手か……。ブルーノは私たちと戦う前なんて言ったかしら? 確か「白馬の王子様の登場で役者は揃った」よ。


 ブルーノは戦い慣れているだけあって、戦力の配置が見事だ。例え戦場全体の戦力が五分五分でも、こうやって私達相手には必ず相手の方の数が多くなるようにしている。つまり私たちはこの狩場に誘い込まれたということ。であれば、アデル将軍や王女様配下の近衛兵の来援を待って、攻勢に転じるという希望は消した方が良いわ。


 使。私とディラン、そしてヒルデガルトさんの三つ。その中で選べる選択肢は……。あー、私そういう将棋とか苦手なのよ! つまり――。


「ディラン、こういう時はどうすればいいんですの?」


 ――人に聞くのが正解の選択肢だ。


「え? そうですね、ブルーノは強敵です。こちらも数的有利な状況を作って挑みたい。つまりブルーノに二機当てて、その他を一機で抑える。ですが当然一機の方は……」


 そうよね。廉価版染みていると言っても周囲の敵もえーっと……六機いる。手練れ六人相手に持たせるのは中々骨だわ。


「甲羅に引っ込んだ亀かよ! 《爆炎弾SG》!」


 うわっ!? 三人の防御魔法を合わせているとはいえ、衝撃を感じる。間違いない。以前の戦いよりパワーアップしているわ。


「王子サマの策をとりましょうか。私が取り巻きを抑えるわ」

「――!? 大丈夫なのですか? 比率を変えて持久戦に持ち込み、増援を待つという選択肢もあるのですよ?」

「それがないとわかっているから提案したんでしょう? “紅蓮の公爵令嬢”はどう?」


 ヒルデガルトの声音に変化はない。ただ淡々と冷静に事実を告げている。確かに勝つためにはこの策をとりたいし、コンビネーションを考えると私とディランが組むべきだ。


 けれどそれは彼女を斬り捨てるという選択肢……という見方もできる。でも多分大丈夫だ。〈レーヴェルガー〉とこの見えない魔法の組み合わせ。つまり彼女もアレを使える可能性が高い。それに――。


「ヒルデガルトさんも知り合いとはやり辛いんでしょう?」

「……見透かされるのは嫌だけど、まあそれもあるわね」

「そしてディラン。貴方珍しく戦う気持ちが先行しているでしょう?」

「……そうですかね?」


 顔は見えない、魔導機に乗っているから細かい仕草も見えない。けれど昔から知る私には分かる。今日のディランはいつもと違って戦う気持ちが強い。仕掛けが早いし、直情的に攻撃しているように感じる。さっきの作戦を提案したこともその一つだ。


 良いか悪いかはわからないけれど、私は彼の気持ちを大事にしたい。もし焦っていても、私が側でサポートすればいいだけですしね。


「わかりました。その策でいきましょうか。ヒルデガルトさん、お願いします。そして私のことはどうぞレイナと。命を預ける関係ですから」

「……わかった。じゃあ私の事もヒルダ……とかでいい」


 あらデレた。ツンデレなの? ツンデレですか? 私ツンデレはツインテール派なんですけど? ツインドリルなら私ですわよね?


「それじゃあ“さんのーがーはい”で防御魔法を解きますよ。そしたらヒルダ、デカいの一発お願い」

「わかった……けど、何のなのよその変な掛け声」

「そういうものと決まっていますの。さんのーがー」


 グリップを握り、魔力を込める。大丈夫、即席のチームワークになるけれどきっと上手くいくわ。


「はいっ!」

「避けなさいよレイナ、王子サマ! 《不可視のインヴィジブルストーム》!」


 きた。やっぱりだ。ハインリッヒがあの最終決戦で使った大技の見えない魔力の嵐だ。この技は魔力サーバーがないと使うことすらできないはず。それを使えるヒルダ。そして赤黒の〈レーヴェルガー〉。それを気にするのは勝利してからよ!


「ディラン、今の内に合体を!」

「――! わかりました! 合体開始!」


 他のみんなとできたのよ、当然できるという確信が私にはあった。いつものように〈ストームロビンV〉がバラバラに――ならない。私たちの機体が背中合わせのようになる。そして下半身が可変して接続。四つ足だ。さらに〈ストームロビンV〉側の上半身が開いて覆いかぶさるように装着され、全体的にマッシブになる。


「「合体完了! 超王道合体〈グレートブレイズホークヴァリアント〉!!!」」


 完成した姿がそう――前世で言うならミノ――は頭が牛さんよね? あ、そうそうケンタウロスだ。下半身が馬の奴。白馬にまたがった騎士。そう見えると言っても良いわ。


「魔力が……力が満ち溢れる。これがレイナとの合体……!」

「そうですわ。やりましょう、ディラン!」


 まさか白馬の王子様と恋する事を夢見ていたら、白馬の王子様になるとはね。ウヒヒ、人生奇想天外だわ。


「合体だあ……? 一体ずつ倒す手間が省けるってもんだぜ!」


 ヒルダの《不可視の嵐》から体勢を立て直したブルーノがそう吐き捨てる。その直情的な物言いに反して、相変わらず隙はない。たぶんそうやって道化を演じるのも奴の戦略の内だ。


「レイナ。ずっと思っていましたが、貴女の得意属性って本当は風ですね? 今、確信しました」

「それは……」


 そう言えばあの不思議死後空間で得意属性が判明して以降、誰にも言ってなかった。必要性を感じなかったし、戦争を終わらせた”紅蓮の公爵令嬢”の火のイメージにあわせたプロパガンダ的な意味合いでもだ。


「そうです」

「やっぱり。ではレイナ、あなたの風の魔力を貸してください」

「当然ですわディラン」

「それともう一つお願いが。この戦いの間、どうか後ろを振り向かないでください」


 え、なんだろう。急にホラーテイストかな?


「きっと貴女に、見せることができない顔をしていますから」

「それって――」

「今日の僕は嵐となります」

「しゃらくせえ! 《爆炎弾MG》!」

「――超級魔法《疾風怒濤しっぷうどとう》!」


 私は予感がして、ただ魔力を強く込めた。無数の炎の弾が飛んできた。そこまではさっきまでと一緒だった。だが結果は違った――。


 全て。そう全てだ。無数に飛んでくる弾は、全て風の刃に切り裂かれた。そしてそのまま加速。まるで草原を駆ける駿馬のように天を力強く駆ける。お利巧さんな一直線の走りじゃない。ディランの性格とは正反対の荒馬の走りだ。


「《真雷霆剣しんらいていけん》!」

「舐めるなよ! 《爆炎槍》!」


 ディランが繰り出した得意の《雷霆剣》――いえ、その一回りも二回りも上の威力なのだろう《真雷霆剣》が振り下ろされ、ブルーノが作り出した炎の槍と激しい火花を散らせる。その一撃で戦いが終わることはなく、ディランは空中でジャンプするようにぴょんと跳ねて距離をとった。


「十六人衆――いや、傭兵王ブルーノ・トゥオマイネン。戦いを呼ぶ悪鬼羅刹たる貴様は、このディラン・グッドウィンが討たせてもらう!」

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