第257話 飴と鞭とロイヤルなシチュー
なんたる朗報だ! アスレスへ救援に赴いた“紅蓮の公爵令嬢”を中心とした部隊は、無事に本隊と合流。アスレス王都アラメに向けて快進撃を続けているらしい。
それも当然と言える。なんと言ったって、我が方には“紅蓮の公爵令嬢”の火力と威光、そして他に類を見ない航空艦〈ゴッデスシュルツ号〉の機動力がある。
アスレス王は反乱に加担した者共の多くを寛大にも許し、その慈悲の心の前に多くの者が帰参しているという。反乱軍たるヌーヴォーアスレスは、もはや風前の灯――いや、“紅蓮の公爵令嬢”を前にしては鎮火したも同然だ!
じれったい。無理にでも同行を申し出るべきだった……。こうしてはいられない。今すぐアスレスに行かなくては! そしてかの傑物の活躍をこの目で確認し、英雄譚を書き上げるのだ!
ああ、愛する我が妻ベサニー、そして幼い我が子クリスよ。家族よりも好奇心が勝るこの愚かな男を許しておくれ――。
「ある朝エプラー家に残されたバーナビー・エプラーの走り書き」より――。
☆☆☆☆☆
飴はアスレス国王で、鞭は私。
合流直後に脅しで放った《紅蓮の太陽砲》の効果は想像以上に絶大だった。修行によってさらに増されたあの威力を見たヌーヴォーアスレス軍は意気消沈の戦意喪失。アスレス国王が首謀者以外の帰参者には寛大な処置を施すと宣言したこともあって帰参者は続出。
先日鎮圧に訪れた所の領主も、私が近づくと泣きながら
ともかく! そんな感じで私たちは早々に王都アラメの近郊まで到着していた。今は先遣部隊が包囲を構築しつつあり、急ぐ私たちは明日にも総攻めを行う予定だ。
「うん、いい味ね! シチューももう少し」
味見はオーケー、完璧なシチューだ。総攻めの前に英気を養う為の豪華なお食事。腕によりをかけて頑張っちゃうわよ~。
「さあ、先に前菜をみなさんにお配りしてくださいな」
「わかったレイナ、オレに任せろ!」
「いいやレイナ、僕がやるよ」
「こういう繊細な作業はオレに任せろパトリック!」
「体力のないライナスは休んでくれていいよ」
「「ぐぬぬ……!」」
「はいはい。仲良きことは良いことですが、早く配ってくださいまし」
とりあえずよしと。なんだかんだ仲が良いから、上手く手分けして配ってくれるはずだ。
「レイナ、ジャガイモの皮は向き終わりましたよ」
「ありがとうございますディラン。副菜の下ごしらえをお願いしても?」
「任せてください」
いつもなら一緒にお料理してくれるルークやアリシアはここにはいない。そんな中ディラン達がお手伝いを申し出てくれたので、あまりお料理経験のない二人は配膳係、何でもできるディランは私のサポートだ。
ちなみに仲良くなれるかとヒルデガルトも誘ってみたけれど、「フンッ」の一言でそっぽを向かれ、ルビーはそんな彼女に激昂。そしてそれを止めるルイ。この数日間で、早くもパターン化しているやりとりだ。
いやまあ、なんだかんだ年の近い三人で話もしているみたいですし、仲は悪くない……のかしらね?
「あら? レイナ・レンドーンさん、お料理を……されているのですか?」
ぐっと大鍋を覗き込んでいるのは、いつの間にか来ていたアンジェリーヌ第一王女だ。以前お会いした時と変わらずエルフみたいな美少女で、心優しく芯も強い。だからこうして前線にも顔を出し、将兵を勇気づけている。まさしくTHEファンタジー世界のお姫様ね。
「こんばんは王女殿下。ええ、今はシチューを作っているんですよ」
「まあ! 高貴な身分の貴女が兵のために自らお料理を!」
「ええ、まあ……」
「さすがですわレイナさん! 兵たちを元気づけようと自ら……!」
「え? あ、はい……」
本当はそんな大層な考えはなく、私が料理したいからですけど……やめて、そんなキラキラした瞳で見ないで! 私は王女様みたいに献身的な考えで料理をしているわけじゃないのです! ただストレス発散にジャガイモを剥いたりシチューを煮詰めたりしているのです!
「こうしてはいられません! 私もお手伝いしますわ!」
「え? でも王女様、お料理の経験は?」
「こう見えても私、運動以外はなんでもできますのよ! 病弱でした故、本を沢山読み、お城の中を探検しましたからね!」
王女様の言う通り、彼女のお料理スキルは中々のものだった。王子様がジャガイモを向き、王女様が涙ながらに玉ねぎを刻む。そして“紅蓮の公爵令嬢”自慢の火加減で完成したやんごとなきロイヤルなシチューは、将兵の士気を見事に高めた。
☆☆☆☆☆
「飛行! 加速! 探知! 《熱線》六連! 《炎の刃》ッ!」
アスレス王国王都アラメ――その南門。ちょうど一年程前にも破ったその門を再び突破した私たち本隊は、王都の中心部を目指す。
魔法を使いながら、そして唱えながら次の魔法を準備し同時並行で魔法を操る。これぞルークのお爺様こと偉大なる魔法使いマーティン・トラウト様直伝の並列行使だ。
さすがに七種同時は無理だし、なんとか六種同時くらい。それでも脳が焼き切れそうなくらい負担がかかる。魔力量は女神チートでマシマシだった私だけれど、魔法の使い方はまだまだだと思い知る。
「来たな“紅蓮の公爵令嬢”! この俺様が――」
「《獄炎火球》!」
「――バボッ!?」
現れた特殊な型の魔導機を私の《獄炎火球》が貫通爆散。いつもの大味でバーンな《獄炎火球》じゃなくて、細長く他に被害を与えないような《獄炎火球》だ。これぞ“奇術師”と称された稀代の天才魔法使いジョセフ・マッドン老直伝の魔力コントロールよ。
大丈夫。ほとんど一夜漬けだけれど修行の成果はきちんと出ている。私はまだ強くなれる!
……なんというバトル漫画思考。
まあしょうがないわよね。今倒した敵だって、たぶん前世の神様の名前がついている系のやつだ。素早く倒さないと多分厄介な相手だったわ。
このヌーヴォーアスレスとかいう相手、隠すわけでもなくバルシアの機体やバルシアに協力している自称”傭兵王”のブルーノ率いる傭兵団の連中がいる。油断はできない。
西門を攻撃しているルビーとルイは大丈夫かしら? 東門のディランとも早く合流できると良いけど――。
「《爆炎弾GL》!」
――しまった。
何か炎の塊のような魔法が迫る。たぶん範囲系。近すぎて防御魔法が間に合わない。そして避けると周りの人々に被害が出る。王手飛車取り!
私は馬鹿だ。油断はできない――とか考えながら、皆の心配をして意識が戦場から離れていた。迫る迫る迫る。高鳴る鼓動に反して時間が妙にゆっくりと感じられて――。
「《
「――これは!?」
透明な壁のようなものが私を護った。いえ、私だけではないわ。この辺りまるまる一区画分。これだけの魔法を使える――味方?
「〈レーヴェルガー〉! ヒルデガルトさん!?」
「ぼーっとしてんじゃないのよ“紅蓮の公爵令嬢”!」
「ごめんなさい。そしてありがとう、助かったわ。いえ、今の魔法は――」
今の魔法はなんだ――いえ、私は知っている。突破するのに散々苦労した。でもどうして貴女が使えるの……? これは普通の魔法じゃ――。
「説明は後。来るわ!」
そうね。疑問に思うのは後よ。彼女の警告通り、強力な魔力反応を持つ複数の魔導機が迫る。
「おや、邪魔しやがったのは誰かと思ったら懐かしの嬢ちゃんじゃねえか」
「黙りなさいブルーノ。この裏切り者め!」
ヒルデガルトと舌戦を繰り広げる中央の一機。以前とは違い禍々しさすら感じるマッシブな機体はブルーノが乗っているようだ。カラーはいつも通りのブラッドレッド。六本腕で、それぞれに杖のような銃のような物を持っている。あの機体がさっきの攻撃を放ったのね。GL……グレネードランチャーとかかしら?
「裏切ってなんかいねえよ。俺は仕事をしているだけさ――おっと!」
「《雷の旋刃》! レイナ、大丈夫ですか!?」
グルグルと回る雷の
「白馬の王子様がご到着で役者はそろったってわけかい。いいぜ。懐かしの嬢ちゃんに、白馬の王子様。そして“紅蓮の公爵令嬢”……。みんなまとめてこのブルーノ傭兵団の最精鋭と、俺の新たな愛機“アシュラ”が相手をしてやるよ!」
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