第256話 デッドライン

前書き

モブ農夫視点スタートです

―――――――――――――――――――――――――――――――


「全軍進めーッ!」


 ご領主様の号令で、徴兵された俺達は槍を構えて進む。戦場なんて怖いし早く村に――妻子の元に帰りたい。けれど逃げ出したりしたら縛り首だ。しがない農夫である俺たちは、ご領主様の命令に従うしかない。だが問題はもう一つある。


「進め! を、ヌーヴォーアスレスの旗の元に打ち倒すのだ!」


 ――なんと、敵はこのアスレス王国の王様なのだ。


 いや、正確には今の俺の村はヌーヴォーアスレスという国らしいから、昔の王様ってことになるのか? これは反乱じゃないのか? 捕まっちまったらそれこそ縛り首じゃないのか?


 なんでこうなったのかは、学の無い俺や隣を歩く仲間にはわからない。噂話だが、なんでも先だっての戦争や先日王都アラメが焼き討ちにあったのが不満の引き金になったらしい。


 王様たちが本当に悪者なのかはわからない。大丈夫かうちのご領主様は。悪い奴に騙されてねえか? そう言えば、見ねえ連中が最近ご領主様の屋敷に出入りしているって話だったな。


 ともかく、俺達平民の心配をよそに反乱の炎はアスレス全土に広がった。今ではこうやって大軍をもって王様たちの籠る地に攻め込んでいる。


「大丈夫さ。この分だとすぐに帰れそうだぜ。王様たちは可愛そうだが、平民の俺らには関係ねえ」


 隣を歩く幼馴染がそう言って緊張をほぐしてくれる。そうだ。その通りだ。小難しい事は俺たちに関係ねえ。考えるべきは無事に村へと帰る事。ただそれだけだ。


『《紅蓮の太陽砲ソルブレイズキャノン》!』


 ――その瞬間、視界が真っ白になった。


 目を開けていられないような明るさだ。何が起こったのかわからないけれど、猛烈に熱い。そして次の瞬間、ドドド―ッと凄まじい音がして、目の前の地面が吹き飛んだ。


「大丈夫かーッ!?」

「攻撃なのか!? 怪我人は!?」


 衝撃で吹き飛ばされ、泥なのか肉片なのかわからないものにまみれる。隣を歩いていたはずの幼馴染はどこに行った? 他の連中は? 大丈夫だ。大丈夫。手も足もある。だんだん目も見えてきた。


「何が起こったんだ……?」


 ここは見通しの良い平原だったはずだ。その平原をこちらの大軍勢は悠々と進み、視界の先では国王派が悲壮の想いで待ち構えている。そんな平原だったはずだ。――だが今、俺の目の前には巨大な蛇が這ったような一本の横線が引かれている。平原を横断する長い線だ。


「おい、空を見ろ!」


 誰かが叫んで、俺も空を見上げる。一機の赤い魔導機が空を飛んでいる。真紅の魔導機、そしてこの超絶的な威力の魔法。学のない俺でさえ一つの名前を思い浮かべる――。


『オーホッホッホッ! 私はグッドウィン王国貴族、レンドーン公爵が息女レイナ・レンドーンですわ』


 戦場に少女の声が響く。間違いない。俺でさえこの現代を生きる英雄の名前は知っている。“”だ――。


『接近中の敵軍に通告いたしますわ。あなた達反乱軍はヌーヴォーアスレスなる国名を名乗り、バルシア帝国と手を結んだそうですね? ならばあなた達はもはや隣国の国民ではなく、我が国の友邦アスレス王国の敵国! 我らグッドウィン王国は、友邦アスレスを助ける! 今引いたその線、越えたら命はないものと知りなさい!』


 直感する。目の前の線を超えると地獄が待っている。まさしく死線ってやつだ。


「舐めるな小娘! 俺に続けえッ!」


 自ら魔導機に乗られた血気盛んな若いご領主様が、部下の魔導機を率いて突撃する。俺達歩兵も続くべきなんだろうが、ダメだ。足がすくんで動けない。俺だけじゃない。周りの連中だってそうだ。ご領主様たちの魔導機は抉られた土を踏みしめ、越えそして――、


『警告したはずですわよ? 越えたら命はないと』


 ――越えた瞬間、瞬時に、的確に、操縦席が撃ち抜かれた。


 貫通した穴から、ドロリとした血とも鉄ともわからない液体が流れる。それも全機からだ。全機が一瞬でやられたのだ。


「う、うわああ! うわあああああッ!?」


 誰かが叫び、逃げる。俺も気がついたら逃げていた。それを咎める連中はさっき死んだ。


 もう知らない。知りたくない。帰りたい、帰るんだ。村へ帰るんだ。混乱と恐怖は伝播する。もはや先ほどまでの意気揚々とした軍なんてどこにもいない。



 ☆☆☆☆☆



「ふう、なんとか上手くいきましたわね」


 脅しの為にああ言ったけれど、敵軍の大半は何もしらない農民の方々だ。虐殺なんてしたら禍根を残すし、アスレスの生産力は数十年にわたって低下するでしょう。


 貴族だって周辺の領主がヌーヴォー側についたから仕方なくって人もいるはずよ。だから《紅蓮の太陽砲》でバーンっと脅したというわけ。


 もう敵軍はバラバラのバラ。やっぱり元から士気が低い部隊がいたのでしょうね。残敵掃討は地上のアスレス軍に任せて、制空権を確保した私は〈ゴッデスシュルツ号〉の着陸を誘導した。


 そして私も着陸。魔導機から降りた私を見知った顔が出迎えてくれる。


「「「レイナ!」」」


 皆の魔導機はボロボロだ。補給もないまま一週間以上戦い続ければこうなるわよね。


「みんな、元気そうね!」

「はい、救援ありがとうございますレイナ」

「レイナ、よく来てくれた。その……感謝する」

「僕は天使が舞い降りたのかと思ったよ!」


 ディラン、ライナス、パトリックが口々にお礼を言ってくれる。少し遠くでは、アデル将軍が片手を力強く挙げて健在ぶりをアピールしている。


「ところでルークやアリシアはどこですか? 一緒じゃないのですか?」


 そうか。アスレスにいた皆は、私が消えたこともアリシアが怪我をしたこともしらないんだ。そしてルークたちがまだ戦っていることも――。


「実は――」



 ☆☆☆☆☆



 私たちの救援にアスレス国王陛下ご夫妻は涙を流しながらお礼を言ってくれた。そして会議の結果、目標が決まった。アスレス王国王都、アラメの奪還だ。


 私たちだけで今の四方を敵に囲まれたドルドゲルス領へと突っ込んで、ルーク達を探すのは無謀だ。だからまずはアスレス王国を立ち直らせる。そして小三ヵ国への影響力を発揮してもらって、ドルドゲルス領への侵攻を停止させてもらう。そういう順序で事を運ぶ。バルシア帝国は強大な国だ。こうやって味方を増やしていくしかない。


 間違いなくデッドラインは迫っている。けれど焦って私たちがやられてしまえば元も子もないわ。その夜、私はディランの部屋を訪ねた。


「どうしたのですか、こんな夜更けに?」

「こんばんはディラン。あら、私が来たからってそわそわしてくれませんのね?」

「さすがに今の状況でその手の話じゃない事はわかりますよ」

「……ルークの事が心配ですか?」

「それはもちろん。従兄弟ですから。それにルークだけではなくみんなが心配です。もちろんアリシアの事も……」


 ここにはいない従兄弟の事を考えてか、ディランは窓から星空を眺める。


「なにはともあれ、まずはアラメの奪還です。ライナスとパトリックの機体の修理が間に合わないそうですが、僕達には時間がない。やるしかありません」


 最前線で囮役を務めていたパトリックの〈ブライトスワローV〉は損傷が大きく、整備に手間がかかる400番系であるライナスの〈ロックピーコックV〉と共にアラメ奪還戦には間に合わないと言うのがエイミーの見立てだ。二人には別の機体に乗って、街道の警備なんかを担当してもらうことになる。


「がんばりましょう、ディラン!」

「そうですねレイナ。……ところで、今晩尋ねてこられた理由は?」

「ええ、お伝えしないといけないことが……。ルシアが死にました」


 そう言った瞬間、ディランの目が見開かれる。


「救おうとしたのですが、彼女の身体はもうボロボロで……。ルシアは最後にディラン――貴方の名前を呼んでいましたわ」


 別にルシアを哀れに思ったからじゃない。これだけは伝えないといけないと思った。


「ルシア・ルーノウ……。正直彼女の事は苦手でした。好いてくれているのはもちろん知っていましたが、相容れなかった。ですが――」ディランの拳が強く握られる「――こんな死に方をしていい人間ではありませんでしたッ! 少なくとも僕はそう思います!」


 ディランは泣いている。ルシアの為に泣いている。


「確かに彼女は反逆者です。死罪は免れない――しかしッ! 彼女とは一度は机を並べた仲間でもあるのです! 少なくとも彼女には貴族の誇りがあった。処刑台には送られても、ボロ雑巾のように擦り切れて死ぬのはおかしい。そう考える僕は甘いですか、レイナ!?」

「いいえ、そんなことはありませんわ」


 ディランはそういう人間なのだ。例え自分に剣を向けられても手を差し伸べる。自分が護るべきものが傷つけられようとした時、相手を斬る強さを持っているけれど、戦いの最中でさえ相手を尊重する強さも持ち合わせている。連綿と受け継がれてきた王の器だ。


「先の大戦から思っていました。が渦巻いている。それはまだ晴れてはいない」


 ディランはもちろん私の転生事情を知らない。ルシアとハインリッヒの関係も詳細までは知らない。けれどわかるのだ。彼の優しき王道を汚そうとする者がいることが。


「このディラン・グッドウィン。その瘴気を払う為に剣を振るいます。協力していただけますか、レイナ?」

「もちろんですわ!」


 いつだったかと同じように星空を背景にしたディランは、あの頃よりずっとたくましく見える。そんな彼を支えたいと思う自分がいる。


 勇者になんて――英雄になんてなろうと思わない。けれど私たちは戦うのだ。必死に生きる人々を護る為に。死線を超えて先へ先へ。まだ見ぬ平和な明日へたどり着く為に。

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