第255話 暁の空へ

「ううっ、レイナさん気をつけてね……」

「心配しなくても大丈夫ですわお母様。私はいつだって帰ってきた。そうでしょう?」


 あっという間に二日が過ぎた。エイミーは宣言通りたった二日で〈ブレイズホークV〉を元以上に仕上げ、私も二人のレジェンドのしごきをみっちりと受けた。準備は万端!


「わかっているわレイナさん。でもあなたは私がお腹を痛めて産んだ子どもなのよ。きっと世界の全てと天秤にかけても、私はあなたを選ぶ。それが母親というものなのよ」


 前世から一貫して私には子どもがいた経験はない。だからその言葉の重みは、本当の意味では理解できていない。けれどその優しさには応えたい。私は英雄なんて呼ばれる前に、この優しい両親の子どもなのだから。


「エリーゼ、レイナを信じて送り出してやろうじゃないか」

「ええ……、そうですわねあなた」


 お父様がお母様を優しく抱き寄せる。そして私も引き寄せ、抱きしめる。


「レイナ。私は子どもが決心をして旅立つのを応援するのが男親の役割だと心得ているつもりだよ」

「ありがとうございますお父様」

「まあ、まさか娘に言うことになるとは思わなかったけれどね。とかく、君の無事が何より心配という意見にはかわりない」


 お父様も常日頃、築き上げた富や名誉よりも私の事を優先してくださる。今こうして人目をはばからず私の事を抱きしめているように。本当に良い両親だ。私は二人の為にも必ずやり遂げる。


 まだ肌寒い夜明け前だけど、多くの方が私たちを送り出す為に集まってくれた。レオナルド叔父様は「ルビーとルイをよろしく頼む」と何度も頭を下げ、他にも執事のギャリソンやマッドン先生、トラウト公爵ら貴族諸侯の皆様だ。


 そんな中、アリシアとそれからサリアが見当たらない。代わりに先日お会いしたシルヴェスターさんが来たけれど、彼の笑顔の感じきっとアリシアは大丈夫だ。


「レイナ・レンドーン、我が不肖の弟を――いや、大切な弟であるディランをよろしく頼む」

「かしこまりました陛下。誠心誠意遂行させて頂きます」


 最後に若き王、グレアム・グッドウィン陛下からお言葉を受ける。当然ディランに似ているけれど精悍な顔立ちで、また違ったカッコよさを感じる。でも攻略対象じゃないのよね、不思議。


「もちろん他の者達もだ。皆一人残らず俺――いや、余の大切な臣民だ。こうして頼むことしかできない己の無力さを不甲斐なく思う」


 その言葉に一切の偽りはなく、ギリギリと聞こえるくらいに歯を噛みしめて、拳は強く握られている。


「自ら剣を振るうことだけが王の資質ではないと心得ておりますわ。この“紅蓮の公爵令嬢”にお任せくださいまし」

「そう言ってくれるとその……助かる。余は未だ若輩じゃくはいの身なれど、人の縁に恵まれていると痛感する。改めて頼んだぞ、“紅蓮の公爵令嬢”ッ!」


 私も偉そうに言える程生きてないけれど、人の縁を得るというのも実力と運だと思う。フィルトガの助けを得られたのも、ひとえに陛下がフィルトガの王女様と良好な関係を築けたからだ。


「〈ゴッデスシュルツ号〉発進ッ! いざ行かん、暁の空へ!」



 ☆☆☆☆☆



 海を渡って友邦フィルトガ王国へ。そこで補給と休息を済ませ、ランゲル王国上空を一気に突破して北上する。現在はそのランゲル王国上空だ。お父様の読み通り、私たちの進路を遮るものは何もない。予定よりも早くディラン達の元へと救援に行けそうだ。


「へえ、これがルビーとルイの魔導機なの?」

「ええ! 鹵獲した〈レト〉を元に開発した魔導機。〈ゴールドカナリー〉と〈シルバーカナリー〉ですわ!」


 私の前には二機のオレンジ色の魔導機。シュッとしたフォルムで金色のアクセントの機体が、ルイの乗る〈ゴールドカナリー〉。ほぼ同型機だけど銀色のアクセントの機体が、ルビーの乗る〈シルバーカナリー〉なのだそうだ。


 この二日間修行していたし、積み込みの時は挨拶していたしで見られてなかった。だからこうして移動時間にエイミーの解説を受けているというわけ。


「うーん、〈ゴールドカナリー〉に〈シルバーカナリー〉ねえ……」

「なにか名前にご不満でも?」

「いえ不満というより、この機体は〈レト〉を二分割してできた、言わば子どもなのよね?」

「ええ、その通りですわ」

「なら〈アポロンカナリー〉と〈アルテミスカナリー〉が良いと思うわ。きっと〈レト〉の開発者はそう考えるはずよ」

「……? レイナ様は開発者に心当たりがあるので?」

「いえ、そういうわけじゃないんだけど……」


 半分嘘で、半分本当だ。予想というか確信と言うべきか。他の機体の名前も前世の神様の名前だし、意図的には間違いなくこうだ。あいつの意図に乗るのは癪だけれど、に射られる気分を味合わせてやりたいしね。


「だ、そうですがお二人は?」

「もちろんお姉様の意見ですから賛成ですことよ! だいたい私がシルバーってルイの格下みたいじゃないですの! アルテミス! 意味はわかりませんが美しい響きですわ!」

「ルビー姉さんが言うことはともかく、僕もレイナお姉様が仰るのなら賛成です」


 私たちの会話をこっそり――本人たちはそのつもりだけれどバレバレだった――聞いていた二人が賛同してくれる。


「あれ? こっちの機体も新型かしら――って!?」


 私は格納スペースの奥にあった一機を見つける。これは、この機体は――!


「――〈レーヴェルガー〉!」


 あのハインリッヒが最終決戦で搭乗した、〈レーヴェカイザー〉の中の人こと〈レーヴェルガー〉だ。トリコロール色だった色は違って赤と黒だけれど、形は何の意味があるかわからない彫像みたいな顔も含めて間違いなく一緒だ。


「なんでがここに……。――まさか!」

「レイナ様はご存じありませんでしたね。お察しの通り、ヒルデガルトさんの機体ですわ」


 今は割り当てられた自室にいるヒルデガルト。彼女の機体……。あの男はこじらせロボヲタだし、専用機とかにすっごいこだわりそうだ。その機体を使う……?


「この機体が、かの偽帝の予備機だったのか新しく製造したのか分かりませんが、味方なら心強いことは確かです。戦いぶりを見た、そして整備を担当したこの私が保証いたしますわ」

「それもそうね……」


 ヒルデガルトはユリアーナさんに言われたから私たちに協力すると言った。もしドルドゲルス本国が壊滅しても、彼女が戦功をたてれば逃げた年少の王族を悪いようには扱わないだろうという判断からの命令でしょうね。


 付き合いの薄いヒルデガルトの本心はわからないけれど、ユリアーナさんとはそこそこお話したことがある。真面目な人だ。今は味方ですし信じるしかないわ。ルシアの遺言とはきっと無関係。大丈夫。


「説明ありがとうエイミー。それじゃあブリッジにきゃあっ――なんなの!?」


 強い揺れを感じて、手すりに掴まる。この強い揺れ、大気の乱れってことはないわよね?


『キャニング艦長、至急ブリッジへとお願いします。繰り返します、キャニング艦長――』


 艦内に警告音と緊急放送が鳴り響く。私たちはそれを聞いてブリッジへと急ぐ。


「何があったんですの!?」


 ブリッジへと入ってエイミーが問いかけると、女性クルーが青ざめた顔で立ち上がった。


「それが……正面より敵性魔導機の攻撃を受けています!」

「なんですって!?」


 正面から攻撃!? お父様の読みが外れて待ち伏せを受けた? つまりランゲルはすでにバルシア側に……? とりあえず今は魔力障壁で持ちこたえているみたいだ。でもそれも長くはもたないわ。


「機種は!?」

「魔導コア反応特定……〈シエル〉が五機です!」

「アスレス製の〈シエル〉……。レイナ様、どう見ますか?」


 ここはまだランゲル王国上空。そして敵はたった五機。もしランゲル王国自体がバルシア側についたのなら、もっと多くの機体が待ち構えているはず。それがない。つまり――。


「ランゲルの一部貴族がヌーヴォーアスレスと同心した、が正解でしょうね」

「そうですわね。私もそう思いますわ」

「いずれにせよ迎撃しなきゃ。私が出るわ!」

「待ってくださいレイナ様」


 格納庫へと向かおうとした私の腕を握って、エイミーが止める。


「どうしたの?」

「出る必要はありません。その変わり、そこの魔導コアに魔力を込めてくださりませんか?」


 エイミーの示した方には、確かに魔導コアが半分出ている様なプレートがあった。何だかわからないけれど、エイミーが言うなら間違いないわ!


「準備オーケーよエイミー!」

「ありがとうございます! 《艦首かんしゅ拡散魔導砲かくさんまどうほう》発射用意!」

「りょ、了解! 《艦首拡散魔導砲》発射用意!」


 エイミーの号令をオペレーターが繰り返す。私は魔力を込めながら、ゴウンゴウンといった音と振動を感じる。


「標的、敵魔導機部隊!」

「標的、敵魔導機部隊照準良し!」


 何か知らないけれど敵を捉えたみたいだ。エイミーはスーッと息を吸って、


「《艦首拡散魔導砲》、ってぇー!」

「《艦首拡散魔導砲》、発射!」


 瞬間、二本の魔力の奔流が空を駆けた。緑色に輝くその光はまさにSF染みたビームそのもので、迫る敵をあっという間に破壊する。


「敵機撃破を確認!」

「すごい! やったわねエイミー」

「ふふ、武装を追加した甲斐がありましたわ。さあ参りましょう、皆さんの元へ!」


 目指すアスレスまであと少し。もうちょっとだけ待っていてね、みんな!

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