第235話

「ウフフ、黒き炎よぉ! 《熱線》!」


 幾条もの黒い炎が、敵を焼き尽くす為に降り注ぐ。私――ブリジット・ブレグマンがエンゼリアから盗み出した、地獄の業火を操る魔人について書かれた禁書――“漁師と魔人の七晩”の力だ。この力があれば、この力があれば負けはしない。あの憎たらしいレイナ・レンドーンにだって、目の前のライナス様にだって!


「さあしもべたちぃ、ライナス様を倒しなさい!」

「「はい、ブリジット様」」


 私の命でそれぞれ黄と緑のラインの入った、二機の〈ワルキューレ〉が攻撃を仕掛ける。それぞれアレクサンドラ・アルトゥーベと、キャロル・オスーナが搭乗している。この二人に自我はない。これも禁書の一冊、人をも操ったと言われる人形術師の秘伝が書かれた本――“黒糸操術こくしそうじゅつの書”によって操作されている。


 二人は裏切り者だ。なぜなら国外追放された後、全てを忘れて田舎でひっそりと暮らしていたからだ。あれほどルシアちゃんの恩恵を受けたのに。あれほどルシアちゃんの権力を利用したのに。


 私は違う。国外追放されたその時から、ルシアちゃんの行方を追っていた。やがてルシアちゃんは、ドルドゲルス帝国に所属し憎きレイナ・レンドーンにまたも敗れ、重要参考人としてグッドウィン王国に幽閉された事を知った。


 だからルシアちゃんを助けるために、私はあのお方に接近した。神様の声を聴くあのお方。私はあのお方から全ての真実を知らされた。


 憎い憎い憎い――。この黒い炎よりも、ずっとドス暗い感情が湧き上がる。世界を歪めたあの女を許してはおけない。私にとっての敵であるし、何より私の大切なルシアちゃんを傷つけたから。


 昔からいつもルシアちゃんは私を護ってくれた。今度は私が彼女を護る番だ。その為に魔導機の操縦もかなり練習したし、禁書も盗んだ。その力で裏切り者の二人も操った。


「レンドーンなんてしょせん野蛮なだけの女よね~。さあ、先にライナス様を片づけちゃいましょうかぁ!」



 ☆☆☆☆☆



「来なさい! 来なさいよ〈ブレイズホーク〉ッ! はあはあ……」


 ダメだ。何度やっても来ない。なんで? 反抗期? そんな馬鹿な。


 ライナスは三対一でどんどんピンチに追い込まれている。ディランたちの方もアラメの街でブルーノらと戦っていて、救援に駆けつける余裕はないみたい。アスレスの魔導機部隊は大半が戦闘不能だ。諸侯の軍が駆けつけると言っていたけれど、実力はたかが知れている。


「どうして……? どうして来てくれないのよッ!」


 燃えるパーティー会場の中で膝をつき、両手でドンと床を叩きつける。ドレスなんてもう煤だらけだし、手の甲に生暖かい液体が垂れる。涙だ。


 私は「世界を愛さない者に、魔法はここ一番で力を貸さない」というマッドン先生の言葉を思い出す。私はこの世界を愛している。だから世界――魔法も私に応えてくれて、〈ブレイズホーク〉は召喚できていた。


「もしかして……? 《火球》! ――!」


 。初めて放った魔法、《火球》すら放てない。それどころか魔力が集まる気配すらない。


 ――私はこの世界から嫌われている?


 だから世界が応えてくれないの? それとも私がこの世界を愛していない? だって私は、この世界に存在してはいけない異物だから――。


「私はこの世界にいちゃいけないの?」


 誰に問うでもなくつぶやく。私なりに頑張って来たと思った。けれどそれはアリシアや他のみんなの、本来の人生を奪うこと他ならなかった。


 私がいるのが間違いなんだ。だってディラン達は、レイナを好きにならないはずだから。私がいるのが間違いなんだ。だって口でなんと言っても、ハインリッヒと同じ異物だから。私がいるのが間違いなんだ。だって――。


「――様!」

「私が、私が、私が……」

「――ナ様! しっかりしてください、レイナ様!」

「アリ、シア……? 避難したはずじゃ……?」

「レイナ様が心配で戻ってきたんです!」


 アリシアは建物が燃えるのも意に介せず私の下まで駆け寄ると、ひざまづいている私の手をとった。心配そうな表情だ。……誰を? 私をだ。


「レイナ様こそどうされたんですか!? さあ、逃げましょう!」

「私は……戦わないと……」


 でも魔法は失った。戦えない。戦えない私にはもう何もない。何も残らない。欠片すらも存在価値が無い。偽りの仮面が剥がれ落ちた、卑怯な悪役令嬢だ。


「レイナ様がその気なら、いつも通りとっくに敵をバーンっと倒しています。そうなってないということは体調が悪いんですか? だったら他の人に任せて早く逃げましょう!」

「違う……、違うのよアリシア。私は世界に嫌われたの。もう魔法を使えないのよ……」

「何を言って――」

「聞いてアリシア、私は本当はここにいちゃいけない人間なの! 何かの間違いでここにいるのよ! それで……、アリシアの全てを奪ったの!」

「それこそ何を仰っているのですか!? ブレグマンさんの世迷い事を真に受けちゃったんですか?」

「違う、違うのよ。あれは世迷い事じゃない。全部事実。理由は言えないけれど、全部事実なのよ!」


 そう、私は異世界転生者。この世にあらざるべき異物。存在してはいけない悪役令嬢。物語への介入者。そして――目の前のアリシアヒロインから全てを奪った者。


「私なんて、いない方がよかったんだわ……」

「……。レイナ様、失礼いたします!」


 けたたましく戦闘音や爆発音、倒壊しつつあるパーティー会場の轟音でうるさいはずなのに、パーンっと乾いた音が響いた。――アリシアが私の頬を平手で打ったのだ。


「アリシア……?」


 彼女は答えずに無言で私を無理やり立たせると、ギュッと私の手を両手で包んで力強い瞳で見つめてくる。その瞳はどこまでも澄んでいて、宝石のように綺麗で、星のように輝いていた。けれど涙が浮かんでいる。誰が泣かせた? ――私だ。


「レイナ様がいない方が良かった? 馬鹿な事を仰らないでください。貴女がいらっしゃらなければ、わ私はこの場に立っていません。レイナ様がいなければ、私はルーノウさんたちの嫌がらせを受けて、学校を辞めていたかもしれません」

「それは……」


 アリシアに嫌がらせをする。それこそ本当はレイナの悪行だ。それを助けてアリシアの好感度を稼ぐ。はっきり言ってマッチポンプと言える所業だし、本来助けに入るはずだったディラン達との関係性を奪っている。


「それだけではありません! レイナ様がいなければお料理研究会という楽しい日々はありませんでしたし、サリアちゃんとは話をしてすらいないかもしれません。王国――いや世界を襲う沢山の危機を救ってくれたのもレイナ様です! レイナ様がいなければリオやエイミーとは仲良くなっていないし、そもそもリオやエイミーの話を聞く限り、彼女たちはレイナ様がいないとエンゼリアに入学していません!」


 確かにそれは元のレイナ・レンドーンではできないし、他のキャラも関係ない出来事だ。ハインリッヒが魔導機なんてものを創り出してズレてしまった世界で、私が解決してきた事と言っていいのかもしれない。だけど私は――。


「聞こえませんか? みんなの声が?」

「声……?」


 何を言って――いや、確かに聞こえる。家族が、友人が、先生が、メイドが、執事が、学院の生徒が、街の人が、時には戦った人が、みんなが私を呼んでいる。――そうだ、前にもこんな事があった。あれはそう、前大戦の決戦で死んだ後、私がこの世界に未練があるか迷っていた時だ。


「レイナ様がいたことで、私の人生は豊かになりました。他の皆さんもです。貴女は私や皆さんから何も奪ってはいない。逆に貴女に与えていただいたんです」

「与えた……レイナが……? でも私は本当はレイナじゃなくて――」

「何を仰っているかは分かりませんが、私が――いいえ、私たちが必要なのは、です!」


 今の私が――が必要……?


「レイナ様は世界に嫌われてなんかいません。仮にレイナ様がそう思うのなら、私が否定します。断固否定です! だからレイナ様、いつもの強気なレイナ様に戻ってください!」

「ウヒヒ……、ウヒヒヒヒヒヒッ」

「レイナ様……?」

「おっと、少し笑みがもれていしまいましたわ。ありがとうアリシア、少しナーバスになってしまっていたみたい。でももう心配ご無用よ、オーホッホッホッ!」


 異物がなんだ。女神が何だ。マギキンの主人公であるアリシアが良いと言うのだから、私の存在ってアリじゃん。はい、証明終了!


 前世は乙女ゲーム大好き社畜、今の姿は悪役令嬢レイナ・レンドーン。お料理大好きで、ちょっと火力が高い、そして非常に愛くるしい(重要)ただの女の子だ。誰が私の存在に文句を言えるだろうか、いや言えない。


 だいたい悪役令嬢なんてワガママ言ってなんぼなんだから、ちょっとくらい――いえ、かなり自分のエゴを押し通しても構わないでしょう。というわけでムカつくブリジットをひっぱたく。


「アリシア、ありがとね」

「いいえ、レイナ様!」

「さあ、ショーダウンと行きましょうか! 勝利をこの手に! 召喚、〈ブレイズホークヴィクトリー〉!」


 瞬間、私は炎に包まれる。簡単な話だった。私は私のことを信頼できていなかった。私という存在は、既にこの世界の一部なのに。私が私自身を否定することは、世界を否定するのと同義なのだ。


 だけどもう大丈夫。私はここにいる。他の誰でもなく、私はレイナとしてここにいる。今の私はレイナ・レンドーンだ。それ以上でも以下でもない。私こそがレイナだ。私がレイナ・レンドーンとして必死こいて生きてきた人生は、偽りの仮面なんかじゃない!



 紅蓮の公爵令嬢 第235話


 『今の私こそがレイナ・レンドーン』



「参上! 〈ブレイズホークヴィクトリー〉! アリシア、もう建物が崩れるわ。乗って!」

「はい、レイナ様!」


 私は手に乗せたアリシアを、安全な場所まで運んで降ろした。


「がんばってください!」

「アリシアの応援があれば百人力よ。任せなさい!」


 うーん。もう大概燃えてるか壊れているかしているし、いろいろぶっぱなしても大丈夫よね? 一応風魔法で被害範囲を調整してと……。サブアームの右腕への接続、完了。右手が異形の大きさになった。


「《紅蓮の太陽砲ソルブレイズキャノン》!」


 夜を昼にするような、そんな規格外の熱線が駆け抜ける。熱線はライナスの〈ロックピーコックV〉と交戦していた三機の〈ワルキューレ〉を吹き飛ばした。……ま、これで撃破できる相手でもないでしょうけれど。


「レイナか!」

「ええライナス。今まで耐えてくれてありがとう」


 敵は――三体とも健在みたいね。瓦礫から立ち上がってくる。重装型の〈ロックピーコックヴィヴィッド〉とはいえ、さすがにもうボロボロみたいだ。


「ここは合体よ、ライナス。それくらい奴らは強敵だわ」

「わかった! 合体フィールド形成、合体開始!」


 ライナスの〈ロックピーコックV〉がほどけ、〈ブレイズホークV〉へと装着されていく。だけど今までと違う。出来上がっていくのは、人型ではなく恐竜のようなどっしりしたフォルムだ。


「「合体完了! 超芸術合体〈グレートブレイズホークヴィヴィッド〉!」」

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