第234話 割れた仮面

「あんたもしかして、この間も私に負けて涙目敗走したのをもう忘れちゃったのかしら?」

「黙れッ!」


 ルシ――黒仮面の騎士はブチ切れちゃったのか、黒い炎を剣の形にして突進してくる。あらあら、本当の事を言われたからって野蛮ですこと。


「《炎の刃》!」

「――ッ!?」


 はっきり言って自称黒仮面の騎士の攻撃なんて、とっくの昔に見切っている。私は《炎の刃》を形成すると迫る剣を容易たやすくさばく。そう何度も同じ手できちゃって、舐めるんじゃないわよ。


「そして《風よ吹きすさべ》!」

「ぐうッ!?」


 そして周囲の仮面戦闘員ごと風魔法で吹き飛ばす。壁まで飛んでドカッと叩きつけられた黒仮面の騎士は、怒りを露わにしながらなんとか立ち上がった。


「おのれ……!」

「あら、こんどは分身ねえ」


 黒仮面の騎士は三下の悪役みたいなセリフを口走り、多数の分身を出現させた。これも光魔法じゃないわよね。火か水か、黒い炎との整合性をとるなら火属性。まさか奪った禁書の力で?


「闇の炎よ! 《熱線》!」


 私を取り囲む大量の分身たちからの攻撃が迫る。だけど私は落ち着いて魔法を唱える。


「《水の壁》よ」


 ここは室内だ。地中から水分を集めることはできないわ。けれど大気中の水分だけではなく、食事に使われた水分が、アルコールの水分が存在する。私はそれらの水分を集めて、幾本もの水の柱を作り出した。


「――ッ!?」

「予想外だったかしら? 程度が知れるのよ、あんた。正直いくら戦っても私とあんたには隔絶する差がある事を理解していただける?」

「馬鹿にして……!」

「ええ、馬鹿にしますとも。復讐復讐復讐、ダークヒーロー気取りかしら? そんなつまらない女に負ける私じゃなくてよ? 押し流せ、《水流》!」


 私は水の柱をそのまま幾本もの鉄砲水に変え、分身に向けて掃射。分身が掻き消え、本物も水に押し流されて、また壁に叩きつけられる。もはや満身創痍まんしんそういのようね。


「うわあああああああっ!」


 その執念が成せるわざなのか、再び黒仮面の騎士は立ち上がり黒い炎を剣状にしての突進。破られた攻撃を繰り返すなんて芸がありませんわね。早くもやぶれかぶれかしら?


「貴族令嬢たるもの、戦いの場にあっても優雅に。それができないなら無様に散るだけ!」


 そうお母様から私は習った。それがこの世界で女が生き残っていくすべだと。


「《炎の刃》!」


 一閃――。


 身体は斬っていない。ただ、その仮面は叩き斬った。半分にパカッと割れた仮面が、カランコロンと音を立てて地面に落ちる。


「さあルシア、顔を見せてごらんなさ――あんたは!?」


 仮面の下から現れた正体に思わず息を呑む。みすぼらしく哀れなルシアを笑ってやろうと思った。けれど違った――。


「あんたは……、ブリジット・ブレグマン!」

「フフフ、顔を合わせるのはお久しぶりねえ~、レイナ・レンドーン」


 仮面の下から現れたのは、ルシアの手下だった悪役令嬢四天王の一人ブリジット。ぶりっ子で、アリシアのサンドイッチをバカにして、魔法で攻撃までした女だ。特徴的だったピンクの髪の毛は手入れしていない伸び放題で、復讐心に支配された顔と合わせて幽鬼を想起させる。


「あんたは確か国外追放を言い渡されたはず……! 大人しく世界の片隅で静かに暮らしときなさいよ!」

「私から全てを奪った女を、許してはおけないわあ~」

「奪ったって……。逆恨みも大概にしてちょうだい! 反乱を起こそうとして失敗したのはあんたたちじゃない!」


 それで同じ目に遭わせようかと思ったのかしらないけれど、レンドーン家が討伐される方向に仕組んだのもコイツの一味でしょうし、マジ勘弁!


「果たしてそう言えるのかしらあ~?」

「何よ、開き直る気?」

「いいえ~。あんたさえこの世界にやって来なければ、全ては狂わなかった。私たちはただの貴族令嬢として、それなりの人生を全うしていた……!」

「――!?」


 こいつ……、間違いなく知っている。私が異世界転生者だと知っている。誰から聞いたの? 生きている時にハインリッヒから? でもルシアと一緒に聞いたのなら、適当にぼかされて邪神の使いだのと聞いているはずだし……。


「お前はこの世界の。本来はあらざるべき存在。そう私は知った」


 私がハインリッヒと同じ穴のむじなと言いたいわけ? 冗談キツイわよまったく。


「言いなさい! 誰からそんなファンタジーストーリーを吹き込まれたのかを!」

「いいわよ~、教えてあげる。私は神聖なる使命を授かった。そう、から!」


 水の神エリア!? ちょっとおとぼけ女神どういうことなの!?


「お前が風の神シュルツに従って、“神の使徒”と呼ばれているのは知っている。だけど、水の神エリア様は、淀みない川のように世界が清く流れるのを望んでいる。ゆえに、異物であるお前を排除するわあ~」


 大丈夫? 神様間で業務連絡できてる!? それともあの腹黒女神が私を消そうと!?


「《影の矢》よ! レイナ様、大丈夫ですか!?」

「アリシア!」


 飛んでくるアリシアの援護射撃。そうよそうよ。悩む前に倒す!


「あなたはブレグマンさん!? レイナ様をやらせはしません!」

「アリシア・アップトンか。貴女こそいいのお~? レイナ・レンドーンは貴女からこそ全てを奪っているのよお~?」

「世迷い事を! 《影の矢》よ!」


 私が……私が全て奪った……? 否定……できない。マギキンの主人公であるアリシアの人生を奪った事を。私が――レイナが原作通りの悪役令嬢だったなら、アリシアはレイナルートなんて突入条件不明のルートじゃなくて、無事に四人の内だれかのルートを通った可能性は大きい。


 私がアリシアの青春を奪った? 私こそがこのマギキンの世界をぶち壊した? 考えたことなかった。いいえ、。なんだかんだみんな幸せそうだし、問題ないと思っていた。けれど本当は――。


「――様! レイナ様! しっかりしてください!」

「ぁ……アリシア、ごめんなさい。うわっ!?」


 戦闘中だというのに泥沼のような思考に陥っていた私の意識が、アリシアの声によってハッと呼び戻され、私は危機を察知して身を動かす。さっきまでいたところに、天井が崩れ落ちる。熱い、焼けている。私たちのいるパーティー会場に、いつの間にか火の手が回っていた。


「アハハ、手の者が火を放ったわあ~! もうじきここは焼け落ちる。ぼーっと焼け死ぬのかしら、レイナ・レンドーン? お前は私の仮面を剥いだつもりなのかもしれない。けれど本当に仮面を剥がされたのはどちらかしらね!?」


 ブリジットは憎しみたっぷりに言い放つと、窓からジャンプ。いつの間にか外に待機していた〈ワルキューレ〉へ飛び乗る。私の仮面……本当は異世界転生者だという偽りの私。


「みんな早く避難を、魔導機は私が相手をするわ!」

「了解したレイナさん。僕が撤退を先導させていただく!」


 ロマンさんが仮面集団を斬り伏せながら返事をくれる。彼に任せておけば大丈夫だわ。


「あんたも馬鹿ねブリジット。最初から生身の私を魔導機で襲えば、もっと善戦できたでしょうに」

「やっぱりあんたの無念そうな死に顔が生で見たいでしょお~? けれど、そのこだわりはもう捨てたわ!」

「――ッ!」


 〈ワルキューレ〉から放たれた、さっきよりも数段強力な黒い炎を避ける。ま、こっから〈ブレイズホークV〉を召喚して反撃開始よ!


「来なさい! 〈ブレイズホーク〉!」


 炎が巻き起こり、私を包み込んで〈ブレイズホーク〉が召喚され――ない。


「あれ? 来なさい〈ブレイズホーク〉!」


 私は若干の焦りと恥ずかしさを感じながら、燃えるパーティー会場でもう一度魔力を込める――やっぱりこない。なんで? 遠いから? そんな馬鹿な!?


「さあ、虫けらみたいに踏みつぶしてあげるわあ!」

「ええっ、うわ、ちょっとタンマ!」


 そう言って聞いてくれる相手じゃない。生身で魔導機と戦えって? そんな馬鹿な事できっこないわよ!


「さあ黒い炎よ! 《熱――」

「《大地の巨腕・黒》!」

「――ぐっ!? 誰え!?」


 私を仕留めようとしていたブリジットに向かって、巨大な腕が飛んできた。あのスーパーロボット染みた攻撃は――。


「ライナス! 助かりましたわ!」

「間に合ったか。オレの機体は画材と共にランブル美術館に搬入されていてな。主戦場からは遠かったが、おかげでこうして助けに来られた」


 さすが攻略対象キャラ。ばっちりのタイミングで駆けつけてくれるぅ!


「あらあ、ライナス様ですかあ? 私の物にならないばかりか、敵に回るなんて憎いお方」

「その声、ブリジットか!?」

「ええ、お久しぶりですぅ。ちょうどいいわ、ライナス様をこの機会に私の物にしちゃいましょう。来なさいしもべども!」


 ブリジットがそう言うと、さらに二体の〈ワルキューレ〉がどこからともなく出現した。まずい。さすがにあのレベル三対一じゃ、ライナスに勝ち目がない!


「いい加減来なさい〈ブレイズホーク〉!」


 三度の呼びかけにも一切反応がない。私の願いは虚しく、ただ叫び声が燃え盛る建物に響くだけだった。

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