第233話 女たちの戦い

 豪華絢爛な立食パーティー。私の前世の記憶だとこういう外国からのお客様を招いてのパーティーは、立食ではなく席を決められてのコース料理というのが定番だった記憶がある。けれどこの世界では何故か立食パーティーだ。


 そこで公爵令嬢たる私が、今日から使える立食パーティーテクを教えて差し上げるわ。まず前を向く。決して下は向かない事。次に微笑む。がんばっていい感じに微笑む。以上!


 こういうパーティーの九割は笑顔で乗り切れる! 人が寄ってきたら笑顔の構え、人が離れると食事の構えと二つの構えを切り替えて公爵令嬢人生を乗り切ってきた。たまに食欲の方が勝ちますけれど。たまに……。


 私はアスレスの粋を集めた料理に舌鼓を打ちながら、アスレス産の最高級ワインが注がれたワイングラスを傾ける。うん。前世のブラック社畜とはまるで違うセレブ感。ワインの銘柄なんて知らない。だってそんなものソムリエさんに聞けばいいだけよ。


 こういう場で重要なのはワイングラス。薄くてパリッとなる取扱注意品だ。刻印やデザインなどから、どこの工房のブランドかを見抜く。まっとうなお金持ちは、ワインのうんちくなんて語ったりしない。


「あれエイミー、他の皆は?」

「そう言えば戻って来ませんわね。サリアとアリシアは料理を取りに、リオはお手洗いに行くと言っていましたけれど」


 なんでしょう。迷子かしら? そろそろデザートも出ると思うんだけれど。迎えに行ってあげようかし――、


 ――ドーン!


 ――ら?


「何いまの、爆発!?」

「花火を打ち上げるとは伺っていませんわね……」


 それから立て続けにドンドンと爆発音が聞こえ、振動が伝わる。客たちが異常事態だと気がつき、会場が慌ただしくなる。私とエイミーは事態を把握するべく近くの窓に寄った。


「レイナ様、アラメの街が燃えています。あれは――〈アグニ〉です!」


 遠くても機種を判別できるエイミーが言うからには間違いない。あの魔導機、ブルーノの〈アグニ〉だ。他にも何機もの魔導機が空を飛んでいる。



 ☆☆☆☆☆



「お母様、ご無事ですか!?」

「ええ、レイナさん。私も皆さんも大丈夫よ」


 すぐにお母様と合流。ディランのお母様やルークのお母様、アスレス王妃様にアンジェリーヌ第一王女様、それにレオーノヴァ陛下と要人勢揃いだ。


 街への攻撃が陽動だとしたら狙われるのはここだ。幸い散らばらずにみんなまとまっているし、護り易いと言えば護り易いかしら? ロマンさんはじめ各自の護衛もいらっしゃるしね。


「ま、魔導機の攻撃!? なんで……!?」

「お母様、招待客の皆様の避難を誘導させませんと」

「え、ええ……」


 兵士から報告を受けて目に見えて動揺している王妃様。そう言えばこういう荒事に疎いって話だったわ。王女様がいろいろ言っているけれど、判断が追い付いていないみたい。


「アンジェリーヌ第一王女!」


 そんな中、一人の綺麗な女性が走ってやって来た。……あれ? どこかでお見かけした様な……?


「ディラン!? あなたディランじゃありませんこと!? その格好は……?」

「うわっ、母上!? これには深い事情が……」


 ……え? ディランのお母様がびっくりした声をあげ、私もマジマジと観察してみる。……確かにディランだ……けれど、なんで女装!? マギキンにもそんなイベントはなかったわよ!?


「アンジェリーヌ第一王女、件の準備は整えております。出撃の許可を!」

「……出撃? なんのことですのアンジェ?」

「こういう事態を想定して、私の独断でディラン殿下らの魔導機をアラメの街に運び入れたのですお母様」


 なんと! ディランとこの可愛らしい王女様の間でそんな密約が!?


「馬鹿な……。外国の武力を独断で、我らが王都に入れたというのですか貴女は!?」

「そうです。でもグッドウィンは友好国ですわ!」

「そういう話ではないのです。貴女は物事を知らなさすぎます! そのまま友好を謳う武力が居座ることなんて、歴史を紐解かなくても枚挙にいとまがないのですよ!」


 私たちというグッドウィンの要人たちの前でそれを言う是非はともかく、王妃様の言っていることはもっともだ。例えば前世の中国なんて、異民族を引き込んだり外国の軍隊に居座られたりで、幾度となく時の王朝が滅びている。


「ですがお母様、私はディラン殿下を信用しているのです。それに賊めは噂の高性能魔導機部隊。我が国の魔導機部隊では、いま暴れている魔導機を止めることなんてできません!」


 周囲にいるアスレスの兵士が微妙な顔をする。実際、戦況が芳しくないんでしょうね。王妃様と王女様の言い争いは平行線だ。こうしている間にも、花の都と謳われるアラメの街は燃えている。


「もし、私から一言よろしいかしら~?」


 すっと手をあげて発言したのは、私のお母様だ。


「なんでしょうか、レンドーン公爵夫人?」

「我らが王国の武力が居座ることが心配ですのなら、私たちが人質になりましょうや?」


 並んで立つ、ディランのお母様とルークのお母様も頷く。


「あなた方がですか……?」

「ええ。正直言って、“紅蓮の公爵令嬢”として知られる私の娘にでさえ苦戦する相手に、アスレスの魔導機部隊は苦戦……いいえ、悪くすれば壊滅の憂き目に遭うでしょう」

「それは……」

「であればせっかくあるのですし、我が国の魔導機をお使いになれば? 不安だと言うのなら、私たちを牢屋にでもつなぎ、ディラン殿下方の魔導機の撤退をもって、縛を解けばよろしいかと」


 お母様の仰る事はシンプルだ。だけどそれゆえに、アスレスの魔導機部隊では戦うことが難しいと軍事に疎い王妃様にわからせる。


「……わかりました。人質は結構。我らが友邦グッドウィンに、この戦い限りの援軍をお頼みします。ディラン王子、よしなに」

「はっ、お任せください!」


 どうやら丸く収まったみたいね。颯爽と戦場へ赴く女装男子――もといディランたちが行けば大丈夫でしょう。


 ……あれ? あれあれ? ディランが行こうと声を掛けている女性たちって、もしかしてルークたち? ディランだけじゃなくてみんな女装しているの!? これはあとで詳しくお話を聞かねば。


「――ッ!? 《光の壁》よ!」


 ディラン達が出てすぐ、まるでその瞬間を待っていたかのように会場のガラスが割れ、不審な者達が侵入してきた。ご丁寧に例の仮面を被った集団だ。


 飛んでくる魔法を、《光の壁》を展開して防ぐ。移動しなかったのが裏目に出たわね。やっぱり街への攻撃は陽動……!


「《影の矢》よ!」

「《岩石砲》!」

「《流水脚》! お嬢、無事か!?」

「リオ、アリシア、サリア!」


 援軍が来た! これでなんとか持ちこたえられるはず……!


「この場は私たちが持ちこたえます。兵士の皆さんは招待客の避難を! よろしいですか王妃様!?」

「キャッ!? え、ええ、すぐに避難を!」

「レイナさん!」

「大丈夫ですわお母様、みんなと先に避難を!」


 数は多い。けれどみんなが避難する時間は稼げるはず。


「陛下」

「ええ、良きに計らいなさい」

「はっ! レイナさん、僕も助太刀させていただきます!」

「ロマンさん!」


 ロマンさんはそう言うと、敵から奪った剣で瞬く間に三人を斬り伏せた。パトリック並――いいえ、もしかしたらそれ以上かもしれない剣の腕だ。


「《土壁城塞》! 私が壁を造る! そのうちに!」

「ユリアーナさん!」


 見れば他の招待客の方は、ユリアーナさんが壁を造って守ってくれている。それと今までどこにいるかわからなかったけれど、あの生意気ガールのヒルデガルトちゃんも何か魔法を使って戦っている。


「《烈風弾》! レイナ様、まだまだ敵が!」

「ええエイミー、頑張ってもちこたえるわよ。でもみんな無理はしないように!」


 あー、なんで外国まで来て馬車馬の如く働かねばならないのかしら。この世界のパーティーの警備ってザル以下じゃないの!?


「――ッ! 来たわねルシア――いいえ、黒仮面の騎士様だったかしら?」


 黒い炎が飛んできて、反射的に避けた。仮面とか言うけれどどう見たってフルフェイスのヘルメット。遅れてきた中二病を爆発させている過激ファッション。あーあ、なんでコイツはここまで私にこだわるのかしら?


「レイナ・レンドーン、今日こそあんたを殺す!」


 くぐもった、けれど確かに殺意のこもった女の声が響いた。

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