第232話 始動!重大機密作戦Z
「今宵、重大機密作戦
前に立つパトリックが、バンっと黒板を叩く。ここはアスレス王国王都アラメの一角、オレ――ライナス・ラステラが滞在している屋敷の一室だ。
昨晩はレイナの音頭でみな集まって、飲めや食えやの大騒ぎだった。明けて翌日。今晩は王宮にて男子禁制のパーティーが開かれるという。俺は今日もランブル美術館へ行かなければならないが、なぜか昼からディラン、ルーク、パトリックが押しかけてきて、このような謎の作戦会議を始めだした。
「ひとついいか、パトリック?」
「なんだいライナス?」
「重大機密作戦Zとはなんだ? オレは今初めて聞いたぞ」
「そうだろう。作戦名は今この僕が考えた。知っている方が怖いね」
こいつ……!
「オレが聞きたいのはその作戦とやらの内容だ。わざわざ押しかけて来たんだ、くだらない事じゃないだろうな?」
「もちろん。これは極めて重要なミッションだ。驚くと思うけど、僕やディランがわざわざアスレスに来たのは、実は君の絵を見るためじゃない」
それは知ってた。
「まあ僅かばかりはそういう気持ちもあったさ。だけど本題は、
パトリックは大仰に手を振りながら話を続けるが、まるで内容が進まない。ルークはオレと同じでまるで状況が理解できていない顔だし、ここは――。
「ディラン殿下、どういう理由で?」
「端的に目的を説明しましょう。今宵僕らは、
「なるほど……はあっ!?」
突然の不法侵入宣言。仲間内でディランは比較的まともな部類だと思っていたのに、何言ってんだこいつ。
「それはもしかしなくても、外交問題になるんじゃないか……?」
「ああ、そこは大丈夫です。アスレス側の許可はとっています。一応……」
一応……?
「そこからはこの僕、パトリック・アデルが説明しよう! 最近の不穏な情勢から、僕はこのパーティーも襲撃されるのではないかと考えた。そこで重大機密作戦Zこと、パーティーへの潜入、そして有事に備えるという作戦を考案した!」
「そんなのアスレス側に警告をして、警備を増やしてもらえばいいだろ。実際立派な新型魔導機が並んでいるそうじゃないか」
「アスレスのご自慢の新型魔導機〈シエル〉は見てくれは立派だが、中身は〈バーニングイーグルⅡ〉に劣るとはエイミーの
しかし普通に侵入しては即刻外交問題だ。そこでパトリックは、アスレス王家に伝手のあるディランに頼み込んだ。頼まれたディランは悩んだ。アスレス王に直接言っては警備体制に対する苦言と思われるだろう。しかし王妃は軍事に疎いときた。
そこでディランは、親交のあるアンジェリーヌ第一王女に相談した。身体は弱いがこういった突飛なことが大好きな王女は二つ返事で了承し、偽のパーティー招待状を提供。その権限をもって魔導機のアラメ搬入すら認めさせた。そんな馬鹿な。
ただし王女は一つだけ条件をつけた。このパーティーは、両親が自分を気遣って男子禁制としたもの。その心遣いを裏切ることはできないと。
「ん? じゃあどうするんだ? ここにいるのはむさ苦しい男が四人。誰も会場へ入れないじゃないか」
「決まっているだろうライナス!
☆☆☆☆☆
「エントリナンバー1番、パトリック・アデルゥ!」
どこからかアナウンスが聞こえると、即席の
頭にはウィッグがつけられ、バッチリ化粧もしてある。首には当然ドレスに合う上品なアクセサリー。背中が大胆に開いたドレスからは褐色の肌が見えるが、それも色合いとしてあっている。
「いやいやいや、待て待て待て、オレは一体何を見せられているんだ!?」
「何言っているんだよライナス、潜入するために女装をすることになったじゃないか」
「いや待て、なぜそうなる? パトリック、お前ってそんなにバカだったか?」
「何を失礼な。この格好も似合っているだろう!」
バーンっとポーズをとるパトリック。似合っているとかの話じゃないんだが……。
「なあディラン、ルーク、お前らはこれでいいのか?」
「仕方がありませんから」
「ん? パトリックの好きにさせてやればいいんじゃないか?」
「ルーク、わかっているのか? お前も女装することになるんだぞ?」
「え? そうなのか!?」
やっぱり分かっていなかったか。またディランに適当に言いくるめられてついて来たんだな……。
「で、どうだい? いけると思うかい?」
「少し筋肉質ですが、鍛えている女性もいるし大丈夫でしょう」
「いいんじゃないか?」
二人の寸評に、パトリックは満足げにうなずいた。いや、いいのか……?
☆☆☆☆☆
「エントリーナンバー2番。ディラン・グッドウィン!」
オレンジ色のドレスに包まれたディランの登場だ。どうやら舞台袖には、パトリックが集めた一流のスタッフがいるらしい。まあそれを抜きにしてもディランの女装は見事だ。
さすがは“万能の天才”と言うべきか、その女装姿にも違和感がない。顔の造詣やメイクは元より、所作が完璧に女性のそれだ。初見では誰も男だとは気がつかないだろう。
「うん、この完成度には僕も嫉妬するね」
「いいんじゃないか?」
「い、いいと思う……」
いや、俺たちは一体何をしているんだ……?
☆☆☆☆☆
「エントリーナンバー3番、ルーク・トラウト!」
次に出てきたのは紫色のドレスに身を包んだルークだ。青い瞳は長い黒髪のウィッグと合わせて、知的な美人を思わせる。
元々の顔の良さもあるが、メイク担当の腕もいいんだろう。明るい女性を感じるパトリックのメイク、素材を活かしてナチュラルに済ませていたディランのメイクとも違い、普段のクールな感じをより引き立てるようなメイクだ。
「素晴らしい! 僕でなければ騙されると思うよ」
「似合っていますよルーク。ねえライナス?」
「あ、ああ。違和感ないと思う……」
「本当か!? これでアスレス料理をたっぷり味わえるのか!?」
なるほど。ルークは魔法と料理に関しては果て無き探求心を持っている。それに釣られてやって来たか。
「そうですけどルーク、君はなるべく黙っていた方がいいと思いますよ……」
ディランがため息交じりに返答した。
☆☆☆☆☆
「エントリーナンバー4番、ライナス・ラステラ!」
なんで……、なんでオレのドレスがピンクなんだ? というかスース―する。下半身の安定感が強烈にない。なにもボクを――オレを守ってくれないノーガードな感じだ。いや、パンツは履いているんだが、これはパンツ丸出しの感覚だ。
化粧もばっちりされた。メイク担当に「女の子みたいですよ」と言われた。いや、褒められたのか? そしてなんだ、この無駄に多い胸の詰め物は……!?
「ライナス、似合っているよ!」
「ええ、とてもよく似合っています」
「いいんじゃないか?」
「そ、そうか?」
不思議と強烈に照れる。もしかしたらこんなくだらないことでも、ディラン達に認められたことが嬉しいのかもしれない。気を良くしてハイになってしまったオレは、そのまま反論を挟むことなく夜を迎えてしまった。
「いざ、重大機密作戦Z開始!」
「「「おおーっ!」」」
女装四人衆、いざ男子禁制のパーティーへと出陣だ。
☆☆☆☆☆
「いやあ、美味いなこれ」
パーティー会場へと潜入した俺――ルーク・トラウトは、並べられたアスレス王国の粋を集めた料理に舌鼓をうつ。何度か年下の女性に話しかけられたが、男であることは怪しまれていない感じだった。
「お、これはなんだ?」
「あ、それも美味しいですよ。レバーをすり潰して固めたもののようです」
「そうなのか。うん、美味い」
親切な女性に勧められた料理も、中々に美味だ。特にソースが絶品だな。
「お料理、お好きなんですか?」
「ああ、自分で作るのもな」
「そうなんですね! どういったものを――」
「ああ、この間は――」
「「あ」」
会話をしていた女性と目が合う。そしてお互いに固まった。
「ルーク……様?」
「サリア……?」
☆☆☆☆☆
「フフフ、完璧だね」
やはり僕――パトリック・アデルのたてた作戦は完璧だった。今の所気がつかれる素振りすらない。
「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「なんだい――ッ!?」
まずい。話しかけてきたのはリオだ。話しかけられた以上逃げるのは不自然。なんとか切り抜けなければ……!
「あれ? お前パイレーツ・アデルじゃないか?」
「僕の名前はパトリック――むっ!?」
ダメだ。つい条件反射で。でも僕の名前は海賊じゃない。
「やっぱりパズル・アデルじゃないか。……え、ていうかそんな格好で何してんだお前!?」
「しーっ、静かに!」
すさまじく胡散臭い物を見る目のリオの口をふさぐと、僕はとりあえず対応策を考えることにした。
☆☆☆☆☆
「ディラン殿下!」
「はい、なんです――じゃない! 人違いです!」
完全に油断していた。ここに至るまでの僕――ディラン・グッドウィンは完璧だった。しかしどういわけか、今ニコニコ笑顔で話しかけてきたアリシアにはバレてしまったようだ。
「人違いなわけないじゃないですかあ」
「その根拠は……?」
「利き腕、歩幅、目線を動かすタイミング、落ちていた物を拾った時の動き、挨拶をされるときの頭の下げ方、特定の単語のアクセントのつけ方、女装だからか少し修正されていますけれど、どれもディラン殿下の動きですよ?」
「そ、そうですか……」
女の子って怖い。
☆☆☆☆☆
お、落ち着けボク――いやオレ。堂々としなければ逆に怪しまれる。気をしっかり保て。オレ――ライナス・ラステラは自分の所業に混乱している。なぜ雰囲気に流されてパトリックの重大機密作戦Zとやらにのってしまった?
幸いにして今のところ気がつかれていないし、パトリックの想定したような有事も起きてはいない。このまま何も起きず他の参加者にバレずに、何事もなくパーティー終了まで過ごして、何事もなかったかのように帰ればいいだけだ。
周囲を見て見ろ。とても事件の起きるような雰囲気なんてないじゃないか。例の紺色の魔導機やブルーノ、ルシア・ルーノウは気になるが、心配しすぎだ。
――ドーン。
「きゃあ、何ですの!?」
「爆発!?」
そんなオレの心を
オレは急いで近くの窓からアラメの街を見る。燃えている。花の都と
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