第229話 怪談騒動の真相ですわ?

「レイナ様、みんなと合流しなくていいのですか?」

「ええ。私の勘が確かなら、ここに元凶があるはずよ」

「元凶? 図書館ですよ、ここ……」


 やって来たのは北の塔の上階。その小さな図書館だ。妖怪たちの密度から言っても、たぶんここだと思うけれど……。


 以前私はここにやって来た。それも今回と同じく夜の学校に忍び込んでだ。当たってほしくないけれど、私の勘の通りならこの不可思議な事件はここに原因があるはず。それが意図的か偶然の産物かはわからないけれどね。


『ヨコセ……、オマエノカラダヲ……!』

「ヒッ!」


 図書館に入るなり不気味な声が聞こえてきて、サリアが短く悲鳴を上げる。これは……、生徒が聞いたという声!


「やっぱりここね! 姿を現しなさい!」


 図書館の奥、人影が見える。けれどそれは決して生身の人間ではない。


「あっ、あれは……! 甲冑!?」


 そう、甲冑だ。おそらく普段はエンゼリアの廊下に飾られている一体。というかボスは天狗とかじゃないの? せめてそこは統一しなさいよ……。


「誰ですか!? こんな悪ふざけをして……!」

「サリア、あれは人ではないわ。後ろに下がっていなさい」

「人ではない……? レイナ様、囲まれています!」

「ええ、そうみたいですわね……!」


 図書館に潜んでいた甲冑は一体じゃない。いつの間にか周囲は甲冑に囲まれていて、いずれも剣を構えている。


 ――来る!


「ヨコセ……!」

「そんなに私はお安くないのよ! 《炎の刃》!」


 私は手に《炎の刃》を出現させると、次々に甲冑を撃破していく。ウヒヒ、つい最近もルシアとチャンバラした私を舐めないでちょうだい!


「サリア援護!」

「はい! 《火球》!」


 サリアの放った魔法で私を阻む甲冑がひしゃげて道ができる。目指すは最初に見つけた甲冑。あれが敵の親玉だ。


「とりゃああああああっ!!! 往生しなさい!!!」


 目の前の机に飛び乗って、その勢いのままに跳躍。私はぶすりと、一気に《炎の刃》を突き刺した。確かな手ごたえがある。


「甲冑の動きが止まった! 化け物が、消えていく……?」


 サリアが言うように、甲冑が元の動かぬ物に戻り、蔓延っていた妖怪たちが消えていく。


「でもどうして……?」

「よいしょっと……、原因はこれよ」

「それは本ですか? はっ! まさか禁書!?」


 こくりと頷いて、サリアの疑問に答える。私が貫いた甲冑には、一冊の本が中にあった。“新説しんせつ百鬼夜行ひゃっきやこう説話集せつわしゅう”と題されたその本は、その名の通り私が前世で慣れ親しんだ妖怪たちが図解つきで描かれている。もちろん日本語だ。というかめちゃくちゃ和。めっちゃ江戸時代感じる本――というか書物。


 なんでこんなものがこの世界にあるか疑問に思うけれど、この世にあらざる異世界の知識ってところかしら? ともかくこれが妖怪騒動の原因ね。私は手に取った書物をパラパラとめくる。


「この本には、物に憑いた精霊や魂の話なんかが書かれているわ」

「え、レイナ様それ読めるのですか!?」

「ま、まあそうね。オホホ……」


 つまりはいわゆる付喪神つくもがみのお話。ミミズの這った様な字だけれど、絵もあるしところどころは読める。サンキュー前世の古文の授業。


「物に宿るってことは、さっき甲冑が動いていたのは?」

「そういうことね。そして城のトラップが動いたのも同じ理由だと思うわ」


 なんらかの原因で禁書の棚から抜け出したこの本は怪談騒動を生み出した。その恐怖心だとか先日の満月の光なんかを浴びてさらに魔力を高めたこの本は、今晩の妖怪大運動会事件を発生させたってわけね。


「『カラダヲヨコセ』って言っていたし、たぶん宿主か何かを探していたんでしょうね。被害が出る前に解決できてよかったわ。さあ、みんなをここに呼びましょう」

「呼ぶ? 外に出るんじゃないのですか?」

「確かめたいことがあるのよ」



 ☆☆☆☆☆



「《道よ、我が前に開け》!」


 私は以前やったのと同じように、禁書庫への道を開く呪文を唱える。すると本棚や書見台がひとりでに移動して、上階へと続く階段が出来上がった。


「へえー、エンゼリアにこんなところがあったんだな」

「そうねリオ。でも今晩落ち込んだ地下といい、たぶんこの古く年月を経たお城には、私たちが知らない事の方がまだまだ多いんじゃないかしら?」


 みんなとは意外に早く合流できた。まず、みんなとはぐれた正面玄関近くでクラリスとエイミーを確保。次に私たちと同じように地下を彷徨っていたアリシアとリオと合流。みんなも妖怪軍団に襲われたみたいだけれど、幸い無事だったみたいだ。冷静に考えると結構戦闘能力の平均値が高い集団よね私たち。


「興味深いですわね~。この中の一つでも読めばさらに見識があがると思いますわ」

「触っちゃダメよエイミー。禁書の中には見るだけで発狂する物もあるって話だから」


 お化けが怖くてぶるぶると青虫みたいに縮こまっていたエイミーは一転、好奇心に目を輝かせている。


「レイナ様、空いているスペースを探せばいいんですっけ?」

「そうよアリシア。書物がなくなっているスペースを探してちょうだい」


 空いているスペースが一つならそれでいい。今はクラリスが封印を施した、“新説百鬼夜行説話集”がすっぽりと収まるだけだ。もし私の勘が悪い方向に当たっていれば……。


「レイナ様、ありましたよ!」

「お嬢、こっちにも空きがある」

「あ、ここも何かあった感じです!」


 アリシア、リオ、サリアが報告してくれる。そして私の目の前にも一か所の空き。つまりは計四か所。“オプスクーリタース”の場所は、事件の後で棚を整理したことを私は立ち会ったうえで確認している。そして空白の一か所は今夜大暴れした妖怪本。つまり、残りの三か所は明らかな所在不明だ。


 非常に厳しく管理されている禁書が、三冊も同時に貸し出されているとは考えにくいわ。後日問い合わせはしてみるけれど、その可能性は限りなく低いでしょうね。となると、“オプスクーリタース”の時と同じ様に、悪意ある人物によって持ち出された可能性というのはかなり高い。


「リオ、怪談事件はいつくらいから噂され始めたの?」

「えーっと、たしか例の内戦明けだな」


 つまり妖怪本が禁書庫から出たのは内戦中。あの時期は学院も混乱していたし、侵入する隙はあったでしょうね。となれば内戦中に何者かが禁書庫への扉を開けた、そして何かのはずみで妖怪本が飛び出したと考えられないかしら?


 その侵入者は、悪意ある目的で三冊の禁書を盗み出した。そしてその侵入者はこの禁書庫への道の開き方を知っている人物だ。そこまで考えると、一人の人物が容疑者として浮かび上がる。ルシア・ルーノウだ。


 禁書盗み出し前科一般。当然禁書庫への行き方も知っている。そのうえ元エンゼリア生徒で土地勘があり、侵入するのは容易たやすそうだわ。そして何よりルシアは内戦中に再び私の前に現れた。


「お嬢様、この場に長居するのはあまりよろしくないかと。私が見る限りでも、封印してもなお瘴気があふれ出ている本が多数あります」

「ええそうねクラリス。怪談事件は解決しましたし、みんな出ましょうか。くれぐれもこの場所の事は秘密でね」


 なんか和な本もあったわけだし、ここは開けざるべき秘密の部屋ね。さ、新年早々肝試しも済んだことですし、何か優雅なひと時でも過ごしたいものね……。



 ☆☆☆☆☆



「アリシア……ってなに読んでんの!? それ禁書でしょ!?」

「大丈夫よサリアちゃん。慣れてるから」

「慣れてるって……。なんか本からどす黒いオーラが出ているわよ?」


 アリシアがおかしいのはいつもの事だけれど、速読の動きで禁書を読んでいるのは私――サリア・サンドバルにも予想外だった。さっきもレイナ様がエイミーさんに読んじゃダメって言っていたし、本当に大丈夫なのかな? いやいや、大丈夫じゃないでしょ……。というか法に触れますよー。


 まずタイトルが恐ろしい。“閉ざされし暗黒儀式の書”って……。魔王降臨の儀式でもするのかな? 少なくとも年頃の少女が笑顔で読む本じゃないのは確かだ。


「アリシアー、サリアー、帰るわよー?」

「あ、はーい! レイナ様、すぐに行きます! さあサリアちゃん、帰りましょう」


 アリシアはレイナ様の声にコンマ数秒で反応すると、素早く禁書を書棚に戻した。そして私と一緒に出口へと向かう。


「ウフフ、まさかこんなに素敵なところがエンゼリアにあるなんて……」


 隣でアリシアが不穏な事をブツブツとつぶやく。あー、まさかここにちょくちょく通おうとか考えていないわよね? さすがに友達として止めるわよ? まあ聞いてくれる可能性はミジンコの内臓くらいだけれど。さすがに私は付き合わないからね! 今回ばっかりは付き合わないからね!?

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