第230話 花の都再び
「はあ、良い潮風……」
私は実にお嬢様っぽく髪をかき上げながら、そんな良い雰囲気な事をつぶやく。聞こえるのは心地よい波の音。ここは船の上だ。
トランサナ海峡を船で渡り、目指すはアスレス王国王都アラメだ。様々な文化の華が咲く花の都アラメ。当然美食文化もよ。前回行った時は戦闘メインだったので当然バタバタしていたし、今回はゆっくりと堪能したいものね。
というかこの海峡も、私は前回宇宙から飛び越えていった。そう考えるとこのゆったりとした船旅も趣深いわ。なぜ私がアラメへと向かっているのか。それは一週間前に遡る――。
『え? アスレス王国へですか? これはまた、随分と急にですわね?』
『そうなんだレイナ、随分と急な話なんだよ。ま、こちらが例の内戦でゴタゴタしていたってのもあるんだけれどね』
所在不明の禁書の謎を残したまま季節外れの肝試し大会も終わり、さあ残りの冬休みを堪能しましょうかと考えた矢先だった。お父様から突然、アスレス王国にて復興記念のパーティーが行われるので出席してほしいと言い渡された。開催日時はなんと一週間後。この世界の移動時間を考えると、すぐに出立しないと間に合わないレベルのタイミングだ。
『じゃあ家族みんなでアスレスですわね!』
『いや、私は行かないんだ』
え? 王国の重鎮であり、今では財務だけではなく外交シーンでも重要な役割を占めるお父様が行かない? もしかしてレンドーン家の権力削減の一環かしら?
『
『女性限定?』
『そうだよ。まあ何かしら文化的な優位性を見せつけたいんだろうね。戦争を起こした男たちを除いて、文化的なパーティーをってやつさ。だからエリーゼとレイナに出席してほしい』
なるほどね。お父様的にはそのパーティーにお母様だけではなく私も送り込んで、レンドーン家としてもグッドウィン王国としても優位に立ちたいと。
『先方からは、大戦の英雄である“紅蓮の公爵令嬢”も是非にと言ってきてある』
『わかりましたわお父様。このレイナ、必ずやお役目を果たして見せます』
『ありがとう、レイナ』
『ところでお父様、一つお願いがあるんですけれど……』
『なんだい、言ってごらん?』
――はい、回想終わり。
というわけで海の上ー! お船の上ー! 戦争の時は超大型魔導砲台を潰す為に宇宙に行っちゃったし、帰りはエンゼリアに直接出現したから、地味に初めて普通に渡るトランサナ海峡!
「レイナ様ー! 寒くありませんか?」
デッキに出てきたアリシアが、私の下へと駆け寄ってくる。私が出した条件、それはアリシアの同行許可だ。前大戦、アリシアは主人公力をいかんなく発揮して大活躍してくれた。
そんな彼女にだってアスレスの美食文化を味わう権利があるはず。けれど平民のアリシアはパーティーにお呼ばれしていないわ。そこでお父様にお願いしたというわけよ。
「大丈夫よアリシア。でもちょっと寒いかもしれませんわね」
いえ、かなり寒い。なんか良い感じ感出したくてデッキで髪をかき上げたりしていたけれど今は一月。季節は冬真っ盛りだ。冷たい海風がビシビシと叩きつけてくる。トランサナ海峡冬景色!
「じゃあ私が温めてあげます。えへへ」
そう言って私を温めようと後ろから抱きしめてくれるアリシア。ナチュラルにこんなことができるなんて、なんというヒロイン力! きっと私が男だったら即堕ちだったわ。このアリシアならきっと逆ハーレムルートだって夢じゃない!
「ありがとうアリシア。あ、見えてきたわよ!」
「うわあ! 綺麗ですね!」
グッドウィン王国と大陸の間であるトランサナ海峡の距離は短い。早くも大陸が――アスレス王国が見えてきた。さあ、平和になったアスレスで美食を楽しむわよ!
☆☆☆☆☆
船を降りたら陸路で、夕方にはアスレス王国王都アラメに到着した。そして明けて翌日。パーティーがあるのは明日の夜だから、今日はのんびりフリータイムだ。
アリシアはというとクラリス指導の下、テーブルマナーなんかを学んでいる。エンゼリアでも学んでいるけれど、今回は王国の代表――しかもレンドーン公爵家の連れ添いとして外国のパーティーに参加するから、十分念を入れるべきだとクラリスが提案しアリシアが了承した。
きっと卒業後に私の側付きになるというのもあっての事でしょうね。クラリスもアリシアもしっかりしているし安心だわ。
お母様もアラメの街に買い物に出かけているので、私は一人。一応若いメイドちゃんや護衛も連れているけれど、貴族的にこれは一人の状態だ。一人になった私は寂しく散策する……ということもなく、ある場所に来た。
それがここ、アスレス王立ランブル美術館。川沿いに位置し、元は要塞だったというその造りは勇壮で、見る者を圧倒する。世界中から逸品、珍品が収められたこの美術館は、世界最高の美術館として名高い……というのは、バーナビー・エプラー著“アラメの街観光ガイド(改訂版)”に書いてあった。あの人、ガイド本も書いているのね……。さてと、目的の人物はどこにいるかしら……?
「あ、いたいた。ライナスー!」
「レイナ!? 来てくれたの――よく来たな」
私はライナスの姿を見つけて駆け寄る。そう、私がここに来たのはライナスに会うためだ。パーティーに先立つこと三日前より、このランブル美術館では“復興記念美術展”が行われている。それにグッドウィン王国で数々の賞を受賞した経験があり、アラメ開放の立役者の一人でもあるライナスが呼ばれたってわけ。
「来るのは内緒にしていたからね。どう、ビックリした?」
「うん、すごくビック――いいや、お前が来るのは当然だと思っていたからな」
ウヒヒ。口調はつっけんどんだけど、顔は真っ赤。驚きをまるで隠せていませんわね。
「あれ? でもどうして入り口に? 何かありましたの?」
「ああ、いくつかトラブルがな。実績を残すと逆恨みも多い。……それより来た褒美にこのオレ自ら案内してやる。ついてこい」
「はいはい。エスコートよろしくお願いいたしますわね」
ライナスが解説してくれるランブルの秘宝たちは、それはもう興味深い物だった。絵画だけではなく、古代の壺だったり、竜の骨と言われるものだったり。
彼は絵画については当然ながら、その他の美術史にも非常に明るい。さらに美術に繋がるならと、歴史や自然科学の知識も貪欲に学んでいる。そして何より、美術品について語っているライナスの顔は本当に楽しそうだわ。この顔を見られただけでも今日来た価値はあると思うくらいに。
「あー、すっごく楽しかった!」
「それは良か――当然だ。このオレが案内したからな」
「そうですね、ありがとうございます。久しぶりのデートが美術館。それもライナスの解説つき。すっごく楽しかったですわ」
「――デッ!?」
ボンっと顔を赤くして、固まるライナス。こういう
「あら、ライナスは楽しくありませんでしたの?」
「そんなことはない!」
「ウヒヒ、良かった」
そう言えば復興記念とは銘打っているけれど、実際は
「ねえ、ライナスの作品は兵士でも魔導機でも、はたまた戦いって感じでもなかったですね。あれはどうしてですか?」
彼の作品は花の絵だった。荒れた感じの土地に花が咲いている。そんな絵。
「あれは平和と復興を表している」
「平和と復興……ですか?」
「ああそうだ。平和とは優しい願いだけで保たれるものじゃないことは、先の大戦で痛いほど思い知った。だからあの絵には強さを込めた。花は焼かれてもまた育つ。人もまた同じだ。オレは平和を勝ち取る人の強さと優しさをああ描いた」
平和を勝ち取る強さ……。思えば私も、ハインリッヒから未来を奪わせないために戦った。
ライナスの絵は戦いを否定しない。人が命をかける行いを否定しない。そのうえで平和を築き、勝ち取っていく人間の強さを描いている。
「やっぱりライナスの絵って素敵ですわね」
「ありがとうレイナ――当然だ!」
もうほぼ言い切っているじゃないですか。ウヒヒ。
「レイナ、オレはお前に――」
「あ! ここにいたのかライナス!」
ライナスが何か私に喋ろうとしたのを遮るように、声が聞こえた。この声は――、
「パトリック!?」
「おや、レイナもいたんだね。これは奇遇だ。実に奇遇だ!」
「お前パトリック、どうしてここへ!?」
「どうしてとはご挨拶だねえライナス。友である君の絵が飾られるという。ならば当然見に来るだろう。なあ、そうだろディラン、ルーク!」
パトリックが声をかけた方向を見ると、ディランとルークまで現れた。みんなしてライナスを応援に? なんて友情に厚い! これはイベントスチルね!
「こんにちはレイナ。僕達も彼の絵を見に来たのですよ。ねえルーク」
「いや、俺は無理やり連れてこられただけで別に――グエッ!?」
何か言おうとしたルークの脇腹に、ディランの肘が入る。
「そうだ、みんな。夕食をご一緒しませんか? ライナスは誘おうと思っていたんですけれど、どうせならみんな一緒で。リオやエイミー、サリアも夕方にはつくって話ですし、アスレスの美食で大宴会といきましょう!」
「それはナイスアイデアだよレイナ! な、ライナス!」
「いや、お前らが来なければオレ一押しのレストランにレイナを連れて――」
何か言おうとしたライナスを、パトリックがぎゅっと抱きしめる。ウヒヒ、パトリックったら感極まったのね! これは脳内
「さあ、みんなで美食を堪能するわよー!」
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