第216話 輝く炎は絶対勝利の証

「追い詰めたぞ、ビアジーニ子爵!」

「ヒ、ヒィィッ!」


 トラウト家の部隊と合流し、既に護衛の機体は撃破した。馬車から転がり落ちるように出てきたビアジーニは、その顔を恐怖に歪めながらゴキブリのようにみっともなく這いずり回る。


「逃がすかよ! 俺はお前を許さない!」


 俺――シリウス・シモンズの怒りは既に頂点を通り越している。その最大の理由は、この下衆の仕組んだ戦いにより生徒に剣を向けることになった事だ。


 大人は子どもを守るべきだ。あいつらがもう十九で、貴族だとかは関係ない。俺にとってあいつらが教え子であると言うことは一生変わらない。


「だから俺は貴様を許さないぞビアジーニ! 貴様のくだらない陰謀に多くの人間が巻き込まれ苦しんだ。なのに貴様はまだ逃げようとするのかッ!?」


 いっそのことここで殺してしまいたい。だが殺さない。こいつが死ぬのはここではない。後悔の声を叫びながら、処刑台でだ。


「《風よいましめよ》!」

「あぐっ!?」

「トラウト公爵閣下、ビアジーニを拘束しました」

『了解した。王都へと連行してくれたまえ。こちらも既にレンドーン公爵と合流し、陛下の身柄も確保した』

「了解しました」


 アリシアが合流したことにより、レイナもあのブルーノを撃破したという。これで内戦も集結だ。本当に……嫌な戦いだった。クラリスさんはどうしているだろうか?


 この時の俺は――いや、俺以外の人間も、ビアジーニ子爵は単に戦力を整えて反撃に出るべく自領へと逃げ込んでいるものだと思っていた。俺達がその事の真実に気がつくのは、もう少し後のことだった。



 ☆☆☆☆☆



「やったわねアリシア!」

「はい、レイナ様!」


 マギキンのヒロインであるアリシアという強力な援軍を得た私は、元十六人衆で今は何者かに雇われているブルーノの撃破に成功した。シリウス先生も逃亡していたビアジーニ子爵の捕縛に成功したみたいですし、これで万事解決。後はお父様達が良い感じに政治的決着をつけるだけ!


 ウヒヒ。こんなロボだらけワールドだろうと原作終了後の世界観だろうと、やっぱりアリシアは可愛らしい。こんな美少女だから、言い寄る男は星の数でしょう。バタバタしておざなりになっているファンディスクの件もあるし、最近急接近した男がいないかを女子会トークで聞きださないといけないわ。


「さあて、大人しくお縄についてもらいますわよブルーノ――」

「――!? 危ないレイナ様!」


 撃墜した〈イーゲル改アグニ〉の所に降り立とうとした私を、アリシアがドンっと突き飛ばす。もちろん魔導機での話だ。――次の瞬間、漆黒に銀色のアクセントの入った、トゲトゲした魔導機が現れていた。その斧の一撃がアリシアの機体を吹き飛ばす。


「きゃあああああっ!」

「――え!? 大丈夫、アリシア!?」


 接近されているのに気がつかなかった。でもアリシアの新しい専用機〈ミラージュレイヴンV〉は、どうやら前世で言うレーダーとかを搭載した機体みたいだから、気がついて私をかばってくれたみたいだ。


「大丈夫です! それよりもレイナ様!」

「ええ!」


 黒い魔導機は、今度はこちらに向かってくる。細身のフォルム、黒を基調としたボディ、そして手にした巨大な斧――ハルバード。もしかしてこいつ――!


「《大火球》――かわした!?」


 私の放った魔法は容易くかわされ、ハルバードが振るわれる。私はそれをなんとか回避する。


「あんた、もしかしなくてもルシアじゃないの!?」

「…………!」


 黒銀の魔導機は答えない。ただその手に握るハルバードに殺意を込めて振るってくる。それだけで十分すぎる回答だ。


「さらわれたと思ったらまた襲ってくるなんて、本当にどうしようもないわねあんた! 今度は誰の犬になってるの!? 答えなさいよ!」

「…………!」


 あらあら、昏睡状態でさらわれたのに、私を襲うとなったら元気な事。まったくいい迷惑だわ。でも待って。ルシアがいるということは、それをさらったあいつが――!


「――いた!」


 暮れなずむ夕日を背負うように、その紺色の魔導機は空中にたたずむ。


「レイナ様、あの機体がレイナ様の腕を――!?」

「ええ、そうよアリシア。でも気をつけて――」


 あいつは何か不思議な力を使う。そう伝える前に、アリシアは紺色の魔導機に向かって行った。


「アリシア! ちょっと戻りなさいアリシア!」


 ダメね、聞こえてない。通信を切ってる。どうして?


「くっ……!」


 私は黒銀の魔導機に反撃しながらも、アリシアの戦いに目をやる。捉えた、と思ったら次の瞬間別の場所にいる。まどろむ夕焼けの中を、まるで何かの冗談のように現れては消える。やっぱりあいつは間違いなく、何らかのワープを行っている。でもそれなら時間停止で防げたはず。いったいどういうことなの?


「…………!」

「ああ、もう、鬱陶しいわね!」


 〈シャッテンパンター〉の時と比べて倍以上のスピードだ。それに今までとは違ってただ闇雲に斧を振るうだけではなく、黒い炎みたいなものを放ってくる。


「《火球》百連発ッ! ――ってええ!?」


 私が〈バーズユニット〉込みで放った百発の《火球》を、漆黒の機体は分身して大量の黒い炎を撃つことで相殺してきた。そんな馬鹿な……。アリシアも私も着実に押されている。このままじゃ負けちゃう……?


『レイナ様!』

「うわっ、アリシア!? なんで通信切ってたの!?」

『ごめんなさい、少し不調みたいで。それより合体しましょう。それしか方法はないです!』

「合体!? でも合体する間無防備なんじゃ……?」

『大丈夫です。改良されています!』


 そこんところ改良しておくなんて、さすがはエイミー! 通信機が少し不調なくらいはしかたないわね!


「わかったわ! いくわよアリシア!」

『はい、レイナ様!』

「「合体開始!」」


 瞬間、私たちの機体が輝きに包まれた。赤、青、緑、黄、その他色とりどり。ヴィヴィッドでレインボーな光の渦。その光の渦の中で、アリシアの〈ミラージュレイヴンV〉が分解され、〈ブレイズホークV〉の各部に装着されていく。


 うん、大丈夫。あの紺色の機体も推定ルシアの魔導機も、邪魔することは出来ないみたい。肩に鎧、足に下駄。胸には装甲が追加される。けれど以前の〈グレートブレイズホーク〉とは違って、マッシブというより細身だ。


 以前が鎧を着こんだ〈ブレイズホーク〉とするならば、こちらは漆黒の騎士となった〈ブレイズホークV〉だ。最後にタンデムシートの様に操縦ブロックが引っ付いて、機体が完成する。


 姿形は変わっても、やっぱりこの子は偉大だ。いくらチートだなんだって言われても、私一人だととっくにデッドエンド。だからみんなの力が、想いが、合わさったこの子は偉大だ。


「合体完了! 〈グレートブレイズホークヴィクトリー〉」


 虹色の光を切り裂いて、鋼の巨神が現れる。ビリビリと力を感じる。これなら負けない、負けられない!


「レイナ様、来ます!」


 紺色の機体は風魔法を、黒銀の機体は黒い炎を撃ちかけてくる。


「大丈夫、見えるわ!」


 見える、見える、見える。飛んでくる魔法の軌道が、魔力の濃さが、手に取るようにわかる。これがきっとアリシアが〈ミラージュレイヴンV〉を通して見ている世界。私は飛んでくる無数の魔法を、悠々と回避して紺色の魔導機に接近する。


「炎を纏え〈フレイムピアース〉! 超級魔法《火竜豪炎》!」

「私の力も! 超級魔法《幻影巨刀げんえいきょとう》!」


 抜き放たれた〈フレイムピアース〉に竜の炎が纏われ、アリシアの魔法で実体を超えて巨大化する。


「食らえ――消えた! アリシア!」

「はい! 左斜め後方です!」

「でやああああああっ! ブーストおおおおっ!」


 振るった剣から火属性魔法を噴射して、その勢いで機体事急速に向き直る。剣にブースターがついた感じだ。魔法にはこういう使い方もあるわ!


「また消えた!? アリシア!」

「右手側上方! 今度はかなり遠い位置に移動しています」


 逃げたわね。でもこれでデータはとれたはず。


「魔力的な反応はどうかしら?」

「魔力痕跡はありません。つまり《影渡り》のような魔法による移動ではありません。そして私の知覚魔法によると、


 ……? つまり敵は避けるのに失敗している。でも無傷だ。このギャップ、どう説明すればいいのかしら? つまりそこにこのマジックのタネがある!


「レイナ様、もう一機が来ます!」


 アリシアの警告。黒銀の機体の方が、ハルバードを振りかぶって迫ってくる。


「あんたはお呼びじゃないのよルシア! あんた程度の女じゃ、ヒロインは務まらないわ」


 悪役がいないと物語は成り立たない、けれど決してヒロインにはなれない。変な妬み恨みを抱えている限り、あんたはただの安っぽい女だわ。どんな時でも強い心で笑顔を絶やさない。それこそがアリシアがヒロインである所以!


「可憐さ気高さ美しさとはこういうものよ! 必殺《絶対勝利ヴィクトリー紅蓮大剣ブレイズソード》ッ!」


 次元ごと切り裂くような一撃。何万度に達するかわからないほどの炎と、魔力を伴った鋭い剣の暴力的な奔流。手にしたハルバードごと黒銀の魔導機を焼き尽くす。まだまだ!


「アリシア!」

「はいレイナ様! 《奈落ならく魔手ましゅ》!」


 私が〈バーズユニット〉に魔力を注ぎこみアリシアが魔法を放つ。狙いは遠巻きに逃げていた紺色の魔導機だ。ユニットから展開した魔力が巨大な右手となり、紺色の魔導機へと迫る。目的は撃破じゃない。捕縛よ。


「捕まえた! 捕まえました――あっ!」


 確かに一度捕まえた。けれど次の瞬間、紺色の魔導機はまるで別の場所に現れた。でも……?


「あっ、こいつ逃げる気!?」


 いつの間にか紺色の魔導機の両脇には、それぞれ魔導機の操縦ブロックがある。ブルーノの物と黒銀の機体の物だ。


「逃がさないわよ――うっ……」


 しまった。意識が朦朧としてくる。短時間で魔力を使い過ぎた……? 待って、せめてあいつを捕まえるまで……。


「レイナ様! レイナ様!」


 遠くでアリシアが私を呼ぶ声が聞こえる。けれどまるで電池が切れたように、私の視界は急速にブラックアウトしていった――。

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