第217話 かくして歴史は描かれる

「知らない天井……、いえ知っている天井ですわね」


 確かここは王宮の一室だ。つい最近、私は紺色の魔導機に負けて腕を失ってここに寝せられた。腕を生やす痛みを思い出して、身体がぶるっと震える。


「私はどうして……? あ、そうか――」


 魔力切れだ。私は魔力切れで気を失った。いかに無尽蔵に思える魔力をもっていても、急激に魔力を使い過ぎると魔力切れと同等の状況を引き起こす可能性には気がついていた。


 攻略対象キャラとの戦闘、レンドニアに攻め寄せる王国軍を薙ぎ払った《紅蓮の太陽砲ソルブレイズキャノン》、東部への長距離飛行、ブルーノとの戦闘、そして〈グレートブレイズホークV〉への合体。


 さすがに無理をし過ぎて、身体が悲鳴を上げたということだ。これは私の失敗。重大なミステイク。でもそうなると――。


「レイナ様! ご無事ですか!?」

「ええ、意識もはっきりしているわアリシア」


 涙を浮かべて駆け寄ってくるのはアリシア。ウヒヒ、何度見ても私を心配してくれるその姿はヒロインの鑑。いかに世界が変わっても、このヒロインオーラだけは変わらないわ。


「えーっと、私が気を失った後のことを教えてくれる?」

「レイナ様が気を失われて、すぐに合体を解除。なんとか王都まで運んできました」

「ということは紺色の魔導機は?」

「ごめんなさい、逃がしちゃいました。追跡魔法をつけたんですけれど、気がつかれたのか解除されちゃったみたいで……」

「あ、謝らなくていいのよアリシア。私が気を失っちゃったんですし……」


 やっぱり逃げられるわよね。結局あの紺色がどこの所属か謎だ。ドルドゲルス系に似ている気もするけれど。


「あ、でも魔法的な転移をおこなわなかったみたいですし、海峡の警備隊も目撃していないので、まだ王国内に潜伏しているのかもしれません」


 なるほど。先日紺色の魔導機が王宮を襲撃、ルシアを強奪。その後は王国内のどこかに潜伏。そして今回言いくるめたルシアと共に襲撃をかけた。ブルーノもその勢力の手引きで密入国したと。


 確かに辻褄はあうわね。でもブルーノの雇い主はピアジーニ子爵ではない感じの言い草だった。つまりこの事件にはもう一人別の人物がいる――のだと思う。クリフ事件の黒幕はピアジーニ? それとも他に裏で糸を引いている人物が? ……ま、ベッドの上で考えても答えは出ないわね。


「ところでアリシア。こうして王宮で寝ているわけだけれど、内戦に関してはもう終結したと考えていいのかしら?」

「はい! レイナ様もご存じの通り、裏で手を引いていたビアジーニ子爵はシリウス先生が捕縛。国王陛下も第一王子グレアム様とトラウト公爵の軍が保護されました」


 保護ねえ。物は言いよう、勝てば官軍負ければ賊軍とはこのことね。


「レンドーン公爵も軍を率いて王都入りされています。今はその四方で話し合いをされているとのことです」


 お父様、国王陛下、グレアム殿下、トラウト公爵の四者会談というわけか。丸く収まるかはお父様次第。頼みましたわ!



 ☆☆☆☆☆



「それで、我を廃しグレアムに挿げ替えるということでよいのか?」


 会談の口火を切ったのは陛下のそんな一言だった。部屋にいるのはジェラルド・グッドウィン国王陛下、グレアム・グッドウィン第一王子、ウォルター・トラウト公爵、そして反乱の首謀者である私――レスター・レンドーン公爵の四名のみ。トップだけを集めた会談ということだ。


「父上、そうではありません。この俺が求めたのは奸臣ビアジーニ子爵とその一派の排除。そして冤罪を受けたレンドーン公爵の無罪放免です」

「殿下の仰る通りです。私が独自に魔導機の部品の流れ、そして金の流れを追ううちに、ビアジーニとその一派が例の仮面の集団残党事件に関与していたと判明しました。そこで殿下に協力を呼び掛けたのです」


 と語るのはトラウト公爵。どうやら独自のコネクションと王家との血縁関係を活かして、一連の事件を調べていてくれたようだ。


「もちろん私もそのような事を考えてはおりません。此度の反乱、全ては無実であると訴えたくて起こしたもの。陛下を害しようなどとは夢にも思っていません」


 グレアム殿下を傀儡に自分が権力を握ろうなどと思ったことはない。……というか、グレアム殿下が動いていることさえつい先刻まで知らなかったのだ。トラウト公爵も教えてくださればいいものを。


「そうか……、そうであるな」


 陛下がそうつぶやき、固く握られていた拳がほどかれた。それに合わせて室内に張りつめていた緊張感が解きほぐされた気がした。そして陛下は、先ほどまでとは――いや、ここ最近とは打って変わって穏やかな表情を私に向けた。


「レンドーン。そなたの力を恐れるあまり、ビアジーニなんぞの甘言に乗ってしまった。――いや、虚言と内心わかっていたのかもしれぬ。そなたを叩き潰す機会を、心の中で願っていたのかもしれぬ。許せとは言わん、すまなかった」

「陛下、私は私と我が一党の無実が証明できればそれで……」


 涙ながらにそう語る陛下の姿に胸を打たれ、思わずお手をとる。実際レンドーン家は力を持ち過ぎている。こうやって内戦にのがその証左だ。


「陛下、私はレオナルドに当主の座を譲って隠居しましょう。我がレンドーン一族が預かる領地も、いくらか再分配するのがよろしいかと」


 レイナをグレアム様かディラン様、どちらかの王子に嫁がせて領土と爵位を継承してもらうのが良い気もするが、それだと外戚がいせきとして力を振るうことを警戒されそうだ。それならば当主の座をレオナルド、そしてその息子ルイへと譲り隠居しよう。レイナが不自由ない程度に田舎の所領を貰えればそれでいい。あの子にものんびりと過ごしてほしいものだ。


「いや、それは無用だ。そなたにはレンドーン家当主として、若き王を支えてもらわねばならぬ」

「……どういう意味でしょうか?」

「今回の一件で確信した。私は年老いた。王は猜疑心さいぎしんなんぞとは無関係な、若く活力のある人間がよい。私は退位し、グレアムへと王位を譲る」


 退位なされる!? いや、しかし。それは……。


「父上!」

「グレアム、そなたは我よりも良い王となるのだ。フィルトガの王女との婚姻も早く進めると良い。難しい時代となる。海洋国家としての強みを持つのは良い選択肢だ。ウォルター、どう思うか?」

「陛下がご決断なされたのなら、それがよろしいかと思います。ただひとつ進言させていただくのなら、アルフォーク公ダグラス殿は二心なく陛下に忠誠を誓っております。どうぞ今の僻地ではなく、空白の東部をお任せしてはいかがでしょうか?」


 ジェラルド王の従弟にあたるダグラス殿は、ルーノウ公爵家と懇意であったことからアルフォーク公という名ばかりの称号を与えられ僻地に追いやられていた。しかし今回の戦いで、最後の最後まで陛下を逃がそうと奮戦したのはダグラス殿だった。戦った私たちが言うのだから間違いない。


「そうだな。あ奴にもあらぬ嫌疑で苦労をかけた。始祖たるゴドウィン・グッドウィンに付き従った東西南北の四家も、もはや北のトラウトと西のレンドーンだけになった。新しい王をよく支えてくれ」

「「はっ!」」


 南部の大領主は数代遡る時代に起きた反乱で征伐され、東部の守護者も時代を重ねるにつれ力が弱まり、ルーノウ家に吸収された。そしてそのルーノウも反乱を起こし今は亡い。


「して陛下、我がレンドーン家への咎めは?」

「そなた達が勝ったのだ、咎めもなにもなかろう」

「いえ、やむなきとは言えども反乱を起こした一族。当主が変わらぬのなら、何か他に罰を与えねば示しがつかないというもの」


 勝てば官軍とも言うが、こうしてグッドウィン朝が存続する以上、一度は敵対の道を選んだ私が何もお咎めなしとうのはどうだろうか。


「それならそなたが言ったように、いくつかの領地を整理しよう。グレアムと相談して、此度のの功労者に分配するがよい」

「はっ!」

「それから、我の隠居領もそなたの持つ飛び地のどれかをもらおうかの」

「はい……! とびきり風光明媚な土地がございます!」


 ビアジーニの裏には何者かがいる。それは外国勢力かもしれないし、尻尾を掴ませなかった国内の不穏分子かもしれない。しかし私は王国の忠臣の一人として、新しき王を支えていくだけだ。



 ☆☆☆☆☆



 かくして後世こうせいの歴史書において、この“レンドーンの反乱”は“反逆者ビアジーニの討伐”に名前を変えることになった。ジェラルド王の退位は単に健康不安だとか年齢を理由としたものとして伝えられ、領主の再配置の理由も討伐の勲功と国内情勢の安定化を図ったものということに書き変えられた。


 だが私は、あえてこの内戦が起こったということを記したい。それは決して、ジェラルド王が猜疑心にまみれた無能だとこき下ろすわけではない。それは決して、無実の罪で攻められたレンドーン家を擁護するわけではない。


 ただ単に、歴史の真実としてこの無益な戦いが行われたことを残したいのである。レンドーンの膨張を恐れるジェラルド王にも正義はあった、無実の罪で攻められるをよしとしないレンドーン公爵にも正義はあった。謀略を張り巡らせたビアジーニには、今なお疑問が残る。


 勝てば官軍、負ければ賊軍として、歴史は勝者によって新たに絵を描くように歪められる。そして正義とは人の数だけ存在する。正義の反対とはまた別の正義である。


 私よりも後世の者がこの歴史の1ページを紐解く際に、正しい判断材料の一助になってくれることを切に願って本著を記すものである。


 エリオット・エプラー著、「内戦~我らが王国の忘れてはいけない不都合な真実~」より抜粋――。

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