第215話 狂い咲くは悪徳の華

 しばらく前、そうあれは夏休みの話だ。私―アリシア・アップトンは、友人のサリアちゃんに誘われて王都へと来ていた。


 王都にレイナ様がいらっしゃるかもしれないと思い、レンドーン家の王都屋敷を訪ねたけど残念ながらお留守だった。そこで私たちはディラン殿下とお会いし、隠れ家的なカフェテラスで午後のひと時を過ごしたのはお話したと思います。肝心なのはその後のことです。


 ディラン殿下と分かれた私たちは、王都のお店を見物してまわったりした。どれも田舎者の私にとってはキラキラ輝いて見えて、あっという間に夕暮れ時だ。


「アリシア、今日はサンドバル家の王都屋敷にご招待するわ。レイナ様のお家と比べるとちょっと……いえ、かなり小さいと思うけれど、それでも客室くらいはあるから」

「ありがとうサリアちゃん」


 サリアちゃん的には下級爵位の悲哀みたいなのがあるんだろうけれど、平民の私からしたら立派な貴族様だ。王都に連れて来てくれただけでもありがたいのだから、そんなに卑下しなくていいのに。


「おや、お前たちは――」


 馬車に乗り込もうとした私たちに、誰か男の人が声を掛けた。その方は先ほどまで会っていた人物にどこか似ているところがあって――。


「もしかして……、グレアム殿下であられますか?」


 その言葉は自然と口から出ていた。はっきりと顔をお見かけしたことはないけれどそう思った。


「いかにもそうだと答えよう、アリシア・アップトン」

「え? え!? グレアム殿下!?」

「人を集めてしまうのであまり騒ぎ立てないでもらえるかな、サリア・サンドバル」

「は、はい! 申し訳ございません! って、私たちの名前をどうして……?」

「次代の王たるもの、臣民の名前はなるべく憶えるものさ。それに君たちは有名だよ。夕食でもどうかな?」


 そうにこやかに微笑まれた殿下に誘われて、私たちは殿下の馬車に乗り込んだ。



 ☆☆☆☆☆



「ほう、それでディランと過ごしていたか」

「は、はいしょうでございますで、でんか!」


 もはや何を言っているかわからないくらいガチガチに緊張して、サリアちゃんが答える。かく言う私もいくらか以上は緊張している。ディラン殿下はともかく、さすがに平民の私が王族の方と夕食をご一緒するなんて恐れ多すぎる。ましてやグレアム様は次期国王であらせられる。


「そんなに緊張しなくていいさ。ここは宮廷ではない、礼儀作法もほどほどで構わぬ」

「ひゃ、ひゃい」


 まあ確かにグレアム殿下お気に入りだというこのお店は、プライベートが守られていて他にお客さんはいない。だからと言って緊張するなというのが無理な相談ですけど。


「さて、本題に入ろう。お前たちを食事に誘ったのは他でもない、レイナ・レンドーンの事だ」


 レイナ様の名前が出て、身体に緊張が走る。何を聞かれる……?


「そう身構えなくてもよい。お前たち、レイナ・レンドーンは好きか?」

「もちろんです!」

「ひゃい! レイナ様はお料理の楽しさを教えてくださいまひひゃはら」


 私は当然即答。未だに緊張して呂律ろれつが回っていないサリアちゃんもだ。


「うむ。俺とて彼女は我が国を救ってくれた英雄だと認識している。ああ、もちろん妻に欲しいとかではないぞ。俺には許嫁いいなずけがいる」


 殿下はおどけた表情で誰に対してかわからない言い訳をし、一拍置いてから真剣な顔を作った。


「そんなレンドーン家に、危機が迫っているように感じる」

「――危機!?」

「そうだ。レンドーン家は力を持ち過ぎた、ゆえに危機が迫る。貴族のいざこざというやつだ。だがそれをよしとしない」

「それを私たちに伝えて何を……。私は弱小貴族、そしてアリシアは平民です」


 やっと落ち着きを取り戻したサリアちゃんが問いかけた。まったくもってその通りだ。お貴族様同士の事情――ましてや国が大きく動く事件に、貴族のサリアちゃんはともかく、しがないパン屋の娘がどうこうできる話ではないと思う。


「サンドバル、お前の家は商家とのコネクションが強い。例えば街道が封鎖されたとして、商家が隠し持つ独自のルートで情報のやりとりをすることは可能か?」

「それは……たぶん。商家にとって情報は命ですから」


 王家にも秘密で持つ商家のルートだ。サリアちゃんは気まずそうに肯定する。


「アップトン。お前の闇魔法の腕、中々のものらしいな?」

「いえ、私なんてそれほど……」

「先だってレイナ・レンドーンは、トラウト家に滞在していたそうだ。そこでトラウト家の先代はレンドーンの影に魔力を感じたと言う。誤魔化せると思うなよ?」


 《影憑き》の魔法、まさか見破られたなんて。さすがは魔力の大家トラウト家の先代……。


「お前のその魔法で、レンドーンに近づく怪しい者を監視することは可能か?」

「それは……まあ、レイナ様のためでしたら……」

「それでいい。お前たち二人の力は、必ずレイナ・レンドーンの為になる。いずれわかる」



 ☆☆☆☆☆



 あの日はそれで終わった。けれどその後の情勢はグレアム殿下の予見した通りとなった。レンドーン一門連続襲撃事件、それに続く誘拐事件、不明魔導機によるレイナ様撃墜、そしてこの内戦。私はグレアム殿下からの指示を受けて、怪しい動きをする貴族の一派の拠点を潰すことになった。


 そしてこれもグレアム殿下から送られてきたエイミー製の〈ミラージュレイヴンブイ〉に乗り込んで、今度はレイナ様を直接救援にきたというわけだ。


「アリシア、戦えるかしら?」

「はい、もちろんですレイナ様!」


 レイナ様と一緒に戦うために飛んできたのだ。


「一匹小娘が増えたくらいではなあ! しゃれくせんだよ《火炎弾MG》!」


 激しく連射される火属性魔法が迫る。私は冷静に〈ミラージュレイヴンV〉の機能を作動させる。バックパックが展開し、私の闇属性魔法の力を増幅する。


「見えました!」

「何? 全部避けただと!?」


 いくら早くても、この世の全てのものには影が存在する。〈ミラージュレイヴンV〉はその影を正確に把握して物の位置をつかむ。空中を飛び交う魔法、地上から襲い来る魔導機、障害物、とにかく全てだ。


 え? なんでそんなに全部を計算できるのかって? だって私こう見えて優等生ですから。お勉強できるんです。それにいわゆる愛の力ですね……って恥ずかしい!


「《影よ縛れ》! 今ですレイナ様!」


 私の魔法で影を伸ばし、全ての敵魔導機を捕らえる。これでもう逃げられませんよ?


「ありがとねアリシア! 《火球》百連発ッ!!!」


 一発一発が必殺の威力を持つレイナ様の魔法が、まるで雨のように降り注ぐ。私はそれを見て心の底から身体が熱くなる。一言で表すならそう、恍惚こうこつだ。


「ク、クソが……! なめやがって……!」

「あら丈夫ですわね。まああなたを殺しちゃうと情報が得られませんから、あえてとどめはささなかったんですけれど」


 あ、なるほど。あの人は殺しちゃダメなんだ。レイナ様に見惚れていなければ、うっかり追撃をいれるところだった。


「……ったくやってられないぜ。だが仕事なんでね。死なない程度にもう少しやらせてもらう!」


 そう言って、敵のブラッドレッドの魔導機が接近してくる。たぶんこちらに近接用の装備がないのを見抜いてのことだ。


「これだけ接近されるとさすがに避けられねえだろ? 《爆炎弾SG》!」

「きゃあ――なんて言うと思いましたか? 《闇の加護》よ」


 私は敵機ごと、放射状に発射された《爆炎弾》の速度を低下させる。


「レイナ様には聞こえていません。あなただけに教えてさしあげます」

「な……、なんだ?」

「私の乗る〈ミラージュレイヴンブイ〉には、本当のお名前があるんです」


 機体と一緒に送られてきたエイミーの手紙には、Vには好きな意味を持たせていいと書いてあった。だから私は決めた。そしてレイナ様にも秘密にすることを決めた。


「〈ミラージュレイヴンヴィシャス〉……。意味、わかりますよね?」

「ヴィシャス……、悪徳……!」

「そうです。だから悪意をもってあなたの行く手を阻みます。《闇の怨念》よ、そして《影の槍》!」


 《闇の怨念》で固い敵の装甲を脆弱なものにし、搭乗者が死なない程度に五本ほど《影の槍》を突き刺す。〈イーゲル改アグニ〉は、為すすべなく地上へと墜ちていく。


 悪徳、そして悪意。この〈ミラージュレイヴンV〉は、優しい世界に狂い咲く悪徳の華だ。私は世界の平和を願っている。そこに嘘はない。そして私はレイナ様を失った時、世界の破滅を願ったことも事実だ。二つの想いは矛盾せずに相反する。


 だから私は平和のために、全ての敵に笑顔を浮かべて悪意を振りまく。レイナ様が褒めてくださったこの笑顔で、仇名す者全ての道を阻む。もし邪魔をするのなら殺す。笑顔のまま殺し尽くす。仮に世界の全てが立ちふさがるのなら、私は世界を殺し尽くす。


 どうか世界が平和でありますように。嘘偽りのない純潔の願いだ。どうか世界に破滅が訪れませんように。私からレイナ様が奪われて、私が世界を破滅に導かないようにと私はせつに願う。私が心の底から願うと、万分の一の奇跡も必然のように起きる。そうレイナ様は仰る。


「アリシア、やったわね! 助けに来てくれてありがとう!」

「はい、レイナ様!」


 だから私は切実に願う。悪徳の華を咲かせながら――。

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