第210話 完全燃勝ブレイズホークV

「レイナお嬢様、で調整が終わります!」


 そのが長いのよ。ああ、みんなが心配だわ。クラリスは、エイミーは、リオは、ルビーとルイは大丈夫かしら? 彼女達だけじゃない。一族のみんなや護衛の皆さん、そして自発的に協力してくれた領民の皆さんも戦っている。どうか無事でいてほしい。


「心配ですか?」

「当たり前じゃない――って貴方どなた?」


 声を掛けてきたのは見知らぬ男性。くせっ毛の髪が特徴的で、柔和な笑みを浮かべている。私より年上で二十そこそこといったとこかしら?


「これは失礼を。僕はバーナビー・エプラー。しがない物書きです」


 バーナビー・エプラー? どこかで聞いたような、聞いたことないような……。


「で、その物書きさんが何用でして?」

「レイナ・レンドーン様には一度お話を伺いたく存じまして。よろしいでしょうか?」

「まあ今は待っているだけですし、いいですわよ」

「ありがとうございます。それで先ほどの話ですが、皆さんが心配ですか?」


 何を当たり前の事を聞くのかしら? もしかして怪しい人? 怪しい人なの?


「当たり前でしょう。自分の家族が、友達が戦場に出ているのです。敵も味方も……。不安でたまりませんわ」

「まあ、それはそうですね。でもきっと大丈夫ですよ」

「その根拠は……?」

「それは貴女が“紅蓮の公爵令嬢”だからです。貴女の物語に悲しみはない。ご存じないでしょうが僕だって命を救われました。だから物書きとしての人生を歩めるようになった」


 ”貴女の物語”……作家さんってみんなこんなに夢想家なのかしら? 私は悪役令嬢だ。アリシアならともかく、そんなヒロイン補正は存在しない。


「私に恩義を感じてくれているのは嬉しいですが、心配なものは心配です」

「あ、もちろん家族や友人が大切なのはわかりますよ。僕だって今日子どもが生まれました」

「――今日!? それは……おめでとうございます。奥様とお子さんの所に行った方がいいのではなくて?」

「一理ある。しかし、それよりも物書きとしてこの戦いの方が気になってしまったのです。特に貴女が」


 バーナビーさんとやら、なかなか業の深い性格をされていますのね。


「名前はもう決めてあります。クリスです。クリス・エプラー。僕の親父がアルフレッド、僕がバーナビー、だからCから始まるクリス」

「じゃあお孫さんはイニシャルDですか?」

「そうかも。それでひ孫はE」


 なんか悪役令嬢四天王を思い出すわ。そう言えばルシアって無事なのかしら?


「お嬢様ー! 準備完了しましたー!」

「すぐに行きますわ! というわけでバーナビーさん、ごきげんよう。あなたと息子さんに幸あらんことを」

「ありがとうございます。ご武運を、”紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーン様。そして覚えておいてください。貴女の物語に悲しみはない」



 ☆☆☆☆☆



 さてと、見える見えるわ押し寄せる王国軍が。シリウス先生が相手をしているのはディランね。ルークとライナスのあれも新型か。それにパトリックもいる。ということは足止めのみんなは負けちゃったのね。彼らのことだから悪いようにはしてないでしょうし、そこは安心か。


「さてと、始めますか。バインダー展開、ガンナーモードに」


 マントの様にまとっていたバインダーが、展開して左右四門ずつ計八門の砲になる。前は四門だったから単純に二倍だ。


「〈バーズユニット〉、南北に展開。位置確認、よし」


 当然私の可愛い小鳥ちゃんたちこと〈バーズユニット〉も新造されている。これがあるのとないのとじゃ対多数戦闘が違うわ。


「すごい魔力制御システムだわ……、やるわねエイミー」


 これなら下にいる皆さんに当たらないようにできる……はず。


「目標、レンドニアに押し寄せる軍のちょっと横! 《火球》百連射ァ!」


 本体からは両手と砲門を合わせて全部で十、そして二十機の〈バーズユニット〉と合わせて三十。それを連射で計百発。百本のビームが地上を襲って大爆発を起こす。これでよーし。注目はレンドーン家本体じゃなくてこっちに集まった。


「オーホッホッホッ! 真・打・登・場! お待たせしたみたいですわね。さあ皆さん、私の炎の餌食になりたい方からかかって来なさい!」


 決める時は悪役らしくド派手にだ。何て言ったってこちらは反乱軍ですもの。目標、敵主力部隊の戦闘不能。相手を動けなくして交渉のテーブルにつける!


「レイナ……、レイナなのですね!?」

「そうですわディラン。私はレンドーン公爵が息女、レイナ・レンドーン。そして新たな愛機〈ブレイズホークヴィクトリー〉!」


 ヴィクトリー。なんて良い響きなのかしら。どう考えたってド不利な反乱軍。けれど名乗るのはヴィクトリー。景気づけにはもってこいだわ!


「降伏……、してください」

「嫌ですわ。戦いたくないのならそちらが兵を引いてくださるかしら?」

「それは無理です」

「でしょうね。こちらも降伏するくらいなら最初の魔法を撃っていませんもの」


 あれは脅しの一発だ。あれで引くならそれで良し。でもまあ下っ端な人達くらいしか引いていないわね。


「レイナ、僕は君とは戦いたくないんだけれどね!」

「パトリック、言っている事とやっている事が一致していませんわよ!」


 突っ込んできたパトリックの剣を受けるべく、私も〈フレイムピアース〉引き抜く。名前を引き継いだ新しい剣だ。もちろん改良されている。


「《光子剣》!」

「《炎熱斬》!」


 私だって剣の腕も成長しているんだから、舐めないでほしいわ!


「《氷弾》!」

「――! この魔法、ルーク!」

「〈ブリザードファルコンヴォルテックス〉だ。悪いなレイナ」


 パトリックの攻撃を凌いだと思ったら魔法が飛んでくる。少し当たった。けれど大丈夫。


「《大火球》!」

「させないぞ、《土壁》!」

「防がれた!? ライナスね!」

「〈ロックピーコックヴィヴィッド〉とオレ様を貫けると思うな。Vシリーズを得たのはお前だけではない」


 戦ってもバッドエンド、戦わなくてもバッドエンド。バッドエンドのハッピーセットを味わうことになるとは思っていたけれど、本当にきついわね。これでディランまで心を決めたら――、


「《雷霆剣》!」

「あら、やっぱり戦うことに決めましたの?」

「僕はこの国の第二王子です。安心してください、戦後の弁護では全力を尽くさせて頂きます」

「勝ってから言ってくださいな。《熱線》!」


 あーもうむちゃくちゃよ! いえね、みんなに勝つつもりで来たんですけれどね! そもそも前にルークと1対1で良い勝負だったし、おニューの機体でテンション上がっても1対4は無茶だったかしら?


「《大地の巨腕・黒》!」

「《魔法式ミキサー》!」


 飛んでくるライナス謹製のロケットパンチを、風魔法をまとった拳で打ち砕く。どっかに援軍はいないかしらと……。


「《双嵐砲》!」

「シリウス先生!」

「レイナ、無事か?」


 地上部隊をどうにかしていたシリウス先生が来てくれたわ。マジサンクス。けれどこれでもまだ2対4……。


「だけど私も、“紅蓮の公爵令嬢”として負けるわけにはいかないわ!」

「あ、ちょっと待った」

「……何かしらルーク?」


 ルークが戦場には不似合いな声を出して、みんなの動きが止まる。まるでいつもの学院生活の時みたいな口調だ。


「……あー、了解。じゃあ父上も」

「叔父上と通信しているのですか、ルーク?」


 ルークの父上でディランの叔父上と言うと、トラウト公爵ね。レオナルド叔父様が北方戦線で対峙している。


「ゴホン。我らトラウト家一門、故あってグッドウィン王家に反旗を翻し、レンドーン公爵家に助力する!」


 え、つまりルークが味方になるってこと? トラウト家一門ってことは、北方戦線にいるルークのお父様達も?


「というわけでディラン、お前に一騎打ちを挑む。さあ、いざ尋常に勝負しようぜ!」


 ……え? えーっ!? ディランとルークの一騎打ちイベントここで来ちゃった!?



 ☆☆☆☆☆



 歴史に残るかの名機〈ブレイズホークV〉と誕生日が同じということと、その生誕を“紅蓮の公爵令嬢”に祝われたことは、我が祖父クリス・エプラーにとって生涯の自慢だった。


 まったく幼い時から何度その話を聞かされたか……。私が十までの数を覚えるよりも早く”紅蓮の公爵令嬢”の名前を覚えたのは、間違いなく祖父クリスの影響が大きいだろう。


 ……話を本筋に戻そう。勝利の名を冠するこの機体の戦場への投入に呼応するように、この内戦は大きく動いていくことになる。その手始めが、ジェラルド王のもっとも信頼していた義弟、トラウト公爵の造反だった。運命の渦に飲み込まれるように、我らが王国の人々は内戦という霧の迷路を進んで行くことになる。


 エリオット・エプラー著、「内戦~我らが王国の忘れてはいけない不都合な真実~」より抜粋――。

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