第209話 運命の渦に飲み込まれるように

前書き

ルーク視点スタートです

――――――――――――――――――――――――――――


「《光の矢》よ!」

「《影の矢》よ!」

「当たらねえし効かねえ。魔法を使うまでもねえ」


 俺――ルーク・トラウトは飛んでくる無数の魔法の矢を、ひょいひょいと回避する。単調な攻撃だ。防御魔法を使うまでもない。二機の〈イグナイテッドイーグル〉は二方向から魔法を撃ちこんで決めるつもりだったんだろう。動揺が見て取れる。


「今度はこっちからいくぞチビ共! 《氷弾》!」

「チビじゃ――!」

「ありません――!」


 俺が撃ち込んだ魔法を、チビ共は防御魔法を張って防ぐ。ほう、さすがにこれくらいは防げるか。


 四つの街道を進む部隊の一つを受け持った時、誰かしら知り合いが立ちふさがってくるだろうとは思っていた。それがレイナだったらあの時の模擬戦のリベンジを果たせるとも思っていたんだが、まさかこのチビ共とは……。


 レイナと親しくなって以降、この双子とはそれなりに顔を合わせる機会があった。姉のルビー・レンドーンは良く言えば活動的、悪く言えば粗野な少女。弟のルイ・レンドーンは良く言えば理知的、悪く言えば理屈っぽい少年。


 性格的にはまるっきり正反対な二人だが、そろって魔法の才能には恵まれている。だがそれだけで戦えるほど世の中甘くはない。


「次いくぜ! 《氷柱針つららばり》!」


 さっきの様な小手調べじゃない。今度は相手の防御魔法が消えた隙を狙った攻撃だ。

 防御魔法を長時間張り続けるなんて芸当は、レイナくらいじゃないとできない。だから普通の人間は、攻撃を防ぐためにピンポイントで魔法を発動しなければならない。――すなわち、回避できるものは回避し、致命的なものだけを魔法で防ぐ。


「きゃああああ!?」

「ぐわああああ!?」


 防御魔法が消えた瞬間に発動しなおす事なんてできない。二人は選択ミスを犯した。最初の《氷弾》は回避すべきだったのだ。


「わかるかチビ共? これが実戦経験の差だ。もっと強力な魔法を放っていたら、お前たちは死んでいた。俺に殺されていた」

「クソッ……、私たちにだってあの〈ツーヘッド〉とか言う機体があれば……!」

「姉さん、あれは飛ばすのが精いっぱいだったじゃないか……。それに正式名称は〈レト〉だってエイミーさんが」


 〈ツーヘッド〉……。確かチビ共が敵のアジトから回収した機体だったか。エイミーが分析の為にバラしているって話だったな。その過程で元々付けられていた名前が〈レト〉だったとかなんとか……。レイナはその名前に反応していたが、俺に心当たりはない。


「おいおい、今度は魔導機のせいか?」

「〈ブリザードファルコン〉を貰っているルーク様にはわかりませんわ!」

「まずはそれを手にするだけの実力を示すこったな! それにこいつは〈ブリザードファルコンヴォルテックス〉だ! 《氷刃》!」


 俺は腰から〈アヴァランチブレイド〉を引き抜くと、《氷刃》の魔法によって氷の刃をまとわせる。


「させませんよ! 《闇の加護》よ!」

「効かねえな!」


 何をするか読んできたルイの《闇の加護》が飛んでくるが、氷の刃の一片で受けてそれを切除、さらに新しい刃を発生させてカバーする。弱体化や低速化の魔法は避けづらい。だが、わざと一部分で受けてパージすれば被害は抑えられ、リカバリーができる。


ヴォルテックスの名前、教えてやるぜ!」

「こ、これは……!」

「今更気がついてももう遅い! 巻き起これ嵐よ! 《氷刃氷嵐ひょうじんひょうらん》!」


 俺は〈アヴァランチブレイド〉を振り回し、フィールドをに大渦を起こす。ただの渦じゃない。氷の刃が舞い踊る回避不能のブリザードだ。


「くっ……このおッ! 《光子拳》!」


 ルビーの方の〈イグナイテッドイーグル〉が、光属性の魔法で強化した拳をもって、渦の中心である俺へと突撃してくる。


「良い判断だ。その心意気も良い。だがな……、《氷結》!」

「ぐうっ!?」

「姉さん!」


 ルビー機の右腕は即座に凍り付き、舞い踊る《氷刃》にダメージを受けて砕け散った。


「《氷刃氷嵐》を発動している俺は無防備だと思ったか? だとしたら舐められたもんだな。多連魔法マルチマジック発生装置コンバーターの力を借りなくても、これくらいの並列発動なんも問題ないぜ」

「こ、これが“氷の貴公子”の実力……!」


 なんだかアイスクリームを作っている時以外で久しぶりに呼ばれたな。こんな内戦、さっさと良い感じに落としどころを見つけて、また料理がしたいぜ。その為に父上が何か動いているみたいだが……。


「さあ終焉だ」


 氷の刃が容赦なく〈イグナイテッドイーグル〉に降り注ぐ。もちろん命はとらない。魔導機の機能停止までだ。


「畜生ッ……! 参り……ましたわ……」

「うっ……。僕ももう動けません……」

「そうかい。じゃあ俺の勝ちだな」


 結果だけ見れば圧勝だが、それは経験の差も大きい。嵐の中心に即座に突っ込んできたルビーの判断と行動力。こちらの行動を妨害しようとしたルイの冷静さと思考力。センスを感じる。面白い魔導機乗りになるかもしれない。


「……ただ一つ言うならば、使だな。いや、本来の魔法を使えるようになれというべきか? どちらにせよ、この俺を相手して誤魔化せると思ったのか?」

「「…………」」


 二人は答えない。まあいい。そこらへんは自分たちが一番わかっているだろ。さあ、行くか。



 ☆☆☆☆☆




「街道の合流地点か……」


 ルビーとルイの部隊を撃破した俺は、部下を率いて街道を進んだ。そしてあれ以来抵抗らしい抵抗もなく、いよいよレンドーン公爵領の中心都市レンドニアへと迫る街道の結節点へとたどり着いた。


「ルーク、無事だったようだな」

「ライナスか。そういうお前は結構食らっているな」

「……エイミーが相手だった」


 やっぱり知り合い相手はやり辛いよな。それにしても王都から逃げ出したとは聞いていたが、エイミーの奴まで前線に出張って来ていやがったのか。だとするとレイナはどこだ?


「僕の所はリオだったよ」

「パトリックか。……なんか元気ないな?」

「いやまあ……、ははは……。ルーク、君が僕の名前を覚えてくれていて嬉しいよ」

「急にどうした? 気持ち悪い奴だな……」


 いつも能天気なパトリックのくせに元気がない。こいつも内戦に心を悩ませているのか。


「チビ共にエイミーにリオか。北方戦線はサイズ家、南方戦線やラステラ伯領の戦線にもレイナの目撃例は無し。……ということは、レイナはディランの所か?」

「いいえ、僕の所にもレイナはいませんでした」

「ディラン……ってどうした!? ボロボロじゃないか!?」


 現れたディランの〈ストームロビンV〉は目に見えてボロボロだ。レイナが相手じゃないとすれば誰が?


「クラリスです」

「クラリス……? ってあのクラリスか!?」

「はいそうです。レイナの側付きの。でも大丈夫、勝ちましたから。そしてレンドニアの防衛を指揮しているのはおそらくシリウス教諭です」


 まあ内戦だし顔見知りのオンパレードになるよな。さあて、どう転ぶかな?



 ☆☆☆☆☆



「全機攻撃開始! 内々の戦です。魔導機は戦闘不能に、生身の者は捕縛を!」


 甘いだろうか? 王家に連なる者として、反逆者は徹底的に殲滅するよう命じるべきだろうか? ――いや、それなら自分が前線に立っている意味がない。父上や兄上に対して無理を通して、攻撃部隊の指揮官になった意味がない。


「パトリック、前線は任せました。ルーク、援護を! ライナスは――ッ!」

「《双嵐砲》!」


 この魔法は……!


「シリウス先生ですか!」

「また会ったなディラン。クラリスさんを倒してきたか!」

「安心してください。丁重にお迎えしています!」

「ある意味お前たちを信頼してクラリスさんに足止めをお願いした。それはそれとして、やっぱり少しムカつくから一発叩き込ませてもらう!」


 お、大人げない! だが相手がシリウス先生と言えども負けるつもりはない。それに前線では数と力、両面においてこちらが圧倒している。レンドニアへの突入までそう時間はかからないだろう。なるべくそれより前に降伏してほしい。あの街が戦火に包まれるのは僕としても不本意だ。


 ――その時、前線の部隊が空から降り注いだ火の柱によって吹き飛んだ。


 いや、魔導機は無事だ。空の雲を切り裂いた炎の柱は魔導機から少し離れたところに着弾し、地面を盛大に吹き飛ばしただけだ。大地にできた無数のクレーター。この威力、間違いない――。


「レイナですか」

「レイナが来たか!」

「レイナ……」

「レイナのご到着みたいだね」


 皆ほとんど同時につぶやいて、上空を見上げた。太陽を背にした真紅の魔導機が目に入る。たった数日前は英雄、今は反逆者の娘の“紅蓮の公爵令嬢”の姿がそこにあった。


 記憶にある〈ブレイズホーク〉の姿とは少し違う。そうか、エイミーが用意した新型か。だから前線に出ていなかった……!


「オーホッホッホッ! 真・打・登・場! お待たせしたみたいですわね。さあ皆さん、私の炎の餌食になりたい方からかかって来なさい!」


 僕の――いや、僕たち四人の大切な女性ひとが、いま最強の敵として君臨する。

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