第208話 貫いてきた自分自身

前書き

ライナス視点スタートです

―――――――――――――――――――――――――――


 昔からエイミー・キャニングの事は少し苦手だった。


 レイナと出会ってしばらくして、彼女を介してエイミーとも顔を合わせるようになった。その時は彼女に対して、レイナの友達の女の子の一人くらいの認識しか抱いていなかった。それほど話したこともなかったし、大人しめで普通の令嬢だと思っていた。その認識が変わったのが、十一歳の時の西部諸侯会議だ――。


 オレはあの年の会議へ意気揚々と父上について行った。レイナと数日一緒に過ごせるのが待ち遠しかったし、また彼女を題材に一枚の絵を完成させようとも計画していた。


 そこで現れたのがあの女だ。オレがレイナと出会った会議には父親との関係が悪く出席していなかったらしいが、その年はついて来ておりレイナにベッタリとしていた。


 彼女はレイナに近づくオレを警戒していたのか、やれ一緒に風呂に入っただの、やれ一緒に寝ただのと、決してレイナの事を離さずボクの邪魔をするように煽り立てた。


 レイナと出会って以降、ディランやルークと会う時は強い貴族を演じていた。しかしまだ今の様な性格に変わり切っていなかったオレは、一週間にも及ぶ会議の間ずっと強い貴族でいることは難しかった。


 だからエイミーにボクを知られてしまった。オレの元々の性格を知るのはレイナただ一人だったのに。彼女がオレやレイナと同じく西部貴族だったゆえに知ることになったオレの秘密。それ以来どうも彼女のことが苦手だ。


 同じインドア派だが、それでも性格が合わない……というよりボクが苦手だと思っている。エイミーが何を考えているかよくわからないのだ。それに彼女と会うと、どうも弱虫ライナスやナヨナヨライナスと煽り立てられた記憶が蘇る。成長期前の男女の身体だと彼女とオレとで体格に変わりはなかったのだ。


「来ないのですか? こちらからいきますわよ! 《烈風弾れっぷうだん》!」

「クッ……! 《大地の巨腕・黒》!」


 風の弾を打ち出す魔法《烈風弾》を、オレは巨腕を盾にすることで防ぐ。〈ロックピーコック〉は状況によってオレの魔法でパーツを変えるトリッキーな機体だが、基本は鈍重なパワーファイターだ。対してエイミーの駆る〈ブリーズホーク〉は、空を自在に舞って隙を見つけて攻撃するスピードタイプのようだ。どうしても後手後手に回ってしまう。


「さあナヨナヨライナス様、さっさと降参されたらどうですか?」

「降参するもんか。オレはあの頃のボクとは違うんだ……!」

「ならばそれを証明しなさいと昔から言っていましてよ! 《烈風弾》!」

「《土壁》!」


 飛んでくる魔法を今度は《土壁》の魔法で防ぐ。どうにかして攻撃に転じないと。このままじゃただの的だ。


「……昔から言っている?」

「そうですわ! あなたが強い貴族になってレイナ様の横に立ちたいのなら、私程度倒して見せなさいな。私は半端な男がレイナ様の隣に立つのを許しません。それが最初にして最高の友人であるレイナ様に対する私の友情ですわ!」

「エイミー、それがお前の戦場に立つ理由か?」


 それこそ彼女がこの戦場に立つ理由。そして幼い時からオレを煽ってきた理由。


「そうです。あなたはレイナ様に変えて頂いたと思っているかもしれませんけれど、あなただけではなく私もそう。寂しい納屋で過ごすだけの日々は、レイナ様に出会った時から変わっていった。だから私はここにいるんですの! その想いの果てに今があるのですわ! 上級魔法《烈風烈弾れっぷうれつだん》ッ!」


 先ほどより数段強力で迅い風の弾が飛んでくる。もはや避けない。避けない事でオレはこの戦いの勝利の絵図を描く!


「右腕もらいました! 今度は左腕!」

「させるかァ! 《大地の巨腕・青》!」


 衝撃で削られた地面から巨大な螺旋槍――レイナが言う所のドリルである、《大地の巨腕・青》を生成。失った右腕そのものに接続する。


「そして《大地の巨骨・青》!」

「青色の《大地の巨骨》!?」


 胴体から伸びるあばら骨の様なユニットを形成する《大地の巨骨》。黄色は磁力を捜査するが、青は――。


「青は魔力を分散させる! 食らえ!」


 金属の塊である魔導機を飛行させているのは魔力の他ならない。特にエイミーの〈ブリーズホーク〉は“そよ風ブリーズ”の名の通り、背中のユニットで魔力を集めて通常の魔導機以上の空戦能力を得ているようだ。


 ――機体の動きが止まる。


「そんな! 新型の性能をここまで引き出しているなんて!?」

「新型だろうとなんだろうと、オレ様の芸術に変わりはない。そしてレイナを想う気持ちにも変わりはない。ただオレ様オレ様を貫くのみ!」


 鋭く回転する《大地の巨腕》が、〈ブリーズホーク〉の魔導コアを貫いた。コアを失った機体が、まるで糸が切れた操り人形のように力なく地上へと落下する。


「……見事です、ライナス様。そして申し訳ありません、レイナ様――」

「エイミー、お前から託されたこの〈ロックピーコックV〉。このオレ様が鮮やかに扱ってみせる」



 ☆☆☆☆☆



「《大渦落とし》ーっ!」


 僕と〈ブライトスワローV〉は、渦潮に飲まれたような一本背負いで大地に叩きつけられる。激しいが、心地良い痛みだ。


「はあはあ、なかなかやるねリオ。まさか魔導機でここまで格闘戦をしかけてくるとは」

「お互い様だ。こっちだってもうボロボロだよ。それにあんたも遠くからチマチマなんて無粋な真似だと思うくちだろう?」

「ハハハ、違いない……!」


 まさに一進一退の攻防だ。彼女とは生身でも戦ったことがなかったが、まさかここまでとは。相変わらず自分の不明を恥じるばかりだ。


「さあリオ・ミドルトン、そろそろ決着をつけようか!」

「おう、イケメンチャラ男!」


 次の動きで決着がつく。そんな緊張感が二人の間を漂い……。


 …………。

 …………?


「ねえ、少しいいかいリオ?」

「なんだ?」

「君って僕の名前ちゃんと覚えているよね?」


 この戦いが始まって――いやそれよりもずっと前から、彼女の口から僕の名前が呼ばれたことがない気がする。


 幼い頃からレイナを通じて会うことが多かった。けれど学院に入学する前から、レイナがいない時にも会ったこともある仲だ。さすがに友人と言えると思う。


「もちろん覚えているさ。あまり私を馬鹿にするなよ?」

「……いや、それならいいんだよ。じゃあ試しに僕の名前を言って見てくれるかい?」

「お安い御用だよ。……えーっと、パトロール・アデル!」


 僕はそんなに警備中みたいな名前じゃない。


「違うねえ……」

「えーっ!? じゃあ、パンナコッタ・アデル!」


 レイナが作ってくれたマネリアのデザートがそんな名前だった。


「違うねえ……。えー、問題です。この国の第二王子の名前は?」

「イケメン王子の事か。えーっと……、ディナー・グッドウィン!」

「夕食じゃないねえ……。じゃあその従兄弟のお料理研究会部員は?」

「ルール・トラウト」

「惜しい!」


 やっぱりだ。どうも彼女は人の名前を覚えないタイプのようだ。彼女の口からレイナとエイミー以外の名前を聞いたことがほとんどない。とりわけ男性名は特に。


 これでも彼女は演劇部の花形女優だが、セリフを覚えるのに支障はないのだろうか? そして彼女は伝統のエンゼリアで現役の生徒会長でもある。


「さっきから何のクイズなんだよ?」

「リオ、君って人の名前を覚えるの苦手かい?」

「……うーん。考えたことないけど、そうかもしれない」


 自覚なしか。それでも家名は正解しているあたり、最低限貴族としての無礼はないらしい。イケメンチャラ男という彼女の脳内通称は、喜ぶべきか悲しむべきか……。


「まあ……、女性に名前を憶えてもらえていないというのは悲しいねえ……」

「気にすんなよ。私は別にあんたのことどうこうないし、お嬢の事が好きなあんたもそうだろう?」

「それはそうなんだけれど、男として女性に名前を憶えてもらえていないのはやっぱり悲しいな。よし、僕が勝ったら君は僕の名前を覚えるように」

「私が勝ったら?」

「好きに決めていいよ」

「わかった。なら今度の公演用の大道具造るのを手伝いな」

「了解したよ」


 まあ、それくらいだったら勝負の勝ち負けなしに手伝ってあげてもいいけど。楽しそうだし。


「さあ、ご褒美も決まったところで終わらせようか。《光の加護》よ!」

「来な。《流水脚》!」


 先に仕掛けたのは僕だった。一手、二手、三手、隙の無い攻防。四手目、僕の読み間違いから一手不利になる。五手目、こちらの読み勝ちにより五分に。


 戦い慣れた者同士の戦いは、こういう細かな読みあいだ。有利を多くとって、とどめの一撃につなげる。


「《光子大剣》最大出力ッ!!!」

「《乱流乱打らんりゅうらんだ》ッ!!!」


 受け流されるなら受け流せない一撃を。彼女もそれがわかっているから最大の連撃をぶつけてくる。激しい衝撃。打ち震えるお互いの魔導機。まさに互いの力と技の全てをかけた攻防だ。


「やるね、パドック・アデル……」


 力尽きて倒れるリオの青空色の〈ブレイブホーク〉。だから僕はパトリックだって……。

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