第211話 乙女の秘密は邪神の微笑み
「ほう、こいつらが例の機体ですかい、タッカーの旦那?」
「ああ、これを使って諸君らには一働きしてもらいたい」
並んでいるのはアスレス王国製の〈エクレール〉、ドルドゲルス王国製の〈シュトルム〉――それらの
「襲撃目標はここだ」
私は集めたチンピラ共に地図を渡す。マヌケなこいつらにはわからないだろうが、地図と一緒に渡した指示書には、レンドーン公爵が裏にいるという情報が巧妙に仕込まれている。
「約束は本当なんですかい? この作戦に従事すれば山賊をしていたころの罪は許され、市民権も仕事も得られるって?」
「ああ本当だとも。諸君らの作戦は、王国に反旗を翻したレンドーン一派を鎮圧する正式な任務だ」
――まあ、地図に記されているのはレンドーン派の拠点ではないのだが。こいつらにはレンドーンに協力する外国勢力を演じてもらう。そしてその外国勢力を我らビアジーニ子爵の一派が鎮圧するのだ。つまりは
それが描かれたシナリオ。レンドーン公爵家の失墜、アスレス王国との蜜月関係の終焉。そのどちらもを一挙に引き起こす。ビアジーニ殿の知略によって引き起こされたレンドーンの反乱は、終局に向かいつつある。もちろん王家側の勝利でだ。
レンドーン亡き後ビアジーニ殿がこの功をもって実権を握り、アスレスへと侵攻して大陸に領地を得る算段だと聞いている。死に体のアスレスを蹴散らして勲功も立て放題であるし、これで我らも大領持ちだ。
「何を悩んでいる? 騎士である私本人が来ているのがその証拠だろう?」
「そうなんですが……」
信用させて最後に盛大に燃え散ってもらう。今まで多くの人間を介して伝えていたが、そのために直接来たのだ。
「理解したならさっさと行け!」
「へ、へい――うっ……」
「なんだ? おい、どうした!?」
男が突然倒れた。どうしたんだ。持病か何かか? ――だが見渡せば目の前にいた男だけではない。周りにいた山賊崩れその全員が眠るように倒れている。
「どうもこんにちは」
この場に不似合いな少女の声が聞こえて振り返る。
「誰だお前は?」
「私の名前はアリシア・アップトン。初めましてタッカー騎士爵殿」
アリシア・アップトン……? 確か前大戦で戦場に出た、エンゼリア生徒の平民の少女。どうしてここに。警備兵は何をしている?
「あら? 私がどうしてここにいるのか疑問ですかあ? 大丈夫、皆さんには眠ってもらいました」
これだけの人数を眠らせた? 「あのお姉様方の魔法、結構使えますね」と、アリシアは訳のわからないことをつぶやく。
「どうして――」
「どうしてここがわかった、何が目的だ、ですかあ? 簡単ですあなたには私の魔法がついています」
魔法がついている……どういう意味だ? いや、その前にこの女とは初めて出会うはずだ。いつだ。いつどこでつけられた?
「《
レイナ……“紅蓮の公爵令嬢”のことか。そうか、あの時に。だが――。
「そ、それが本当にできるのなら、禁術の類じゃないか!?」
「ええそうです。前の戦いでレイナ様を一度失った私は、もう一度魔法というものを学びなおしたんです。
正気じゃない。影から集まる無限にも思える情報なんて、とうてい人間では処理できない。
「さあ、あなたもお眠りなさい。本当はレイナ様を陥れた罰を受けさせたいのですけれど、あなたの身柄は必要ですから。せいぜい醒めない悪夢だけにしておきます」
「ま、待て!」
「待てません。私はレイナ様と約束したあの空をまた飛びたいのです。
意識が混濁していく。だめだ。眠ってはだめだ。この事をビアジーニ殿に――。
「サリアちゃーん。終わったよー」
「わかったわ……ってうわっ!? あんたこれどうやったの?」
「うふふ、内緒。さあ、情報をお知らせしないと」
誰かがこのアジトに入ってきた気がする。これが悪夢なのか現実なのかもはやわからない。ただ一つ言えるのは、あの可憐な少女は我らにとって
☆☆☆☆☆
「ルーク、今なんと言ったのですか……?」
「お前に決闘を申し込むと言ったんだディラン。当然受けるよな?」
これは……、起こっていなかったルークとディランの決闘イベント? 突然反旗を翻したトラウト家一門。これって運命の収束?
「では問います。どうしてこんな時に?」
「こんな時だからだ。俺は自分の意思で王家と決別し、お前に決闘を申し込む。いつかお前を超えたいと思っていた。今がその時だ!」
とてもじゃないけれど、「私のために争わないでー!」と茶化せる雰囲気じゃない。ルークは本気だ。
「おいレイナ!」
「ひゃ、ひゃい!」
「なんだ? まあいい、というわけでディランは俺が相手をする」
「わ、わかりましたわ!」
ここはバッドエンド的に考えて、変に口出しせぬが吉ね。となると私は……。
『レイナ、聞こえるかい?』
「あ、はいお父様!」
『トラウト家がこちら側についた。今レオナルドの軍勢と合わせて中央線戦に向かっている。レイナはこのまま戦線を突破して王都へ向かってくれ』
「わかりましたわ。それではお父様、どうぞご無事で」
『君もね』
なるほど。この落ち着きよう、私が知らされていないだけでお父様の頭の中には、既に勝利への絵図が描かれていると見た。であれば言われた通り、戦線を突破するのみ。
「そういうことでパトリックにライナス。あなたたちは味方になってくれたりしないのかしら?」
「アデル家は王国に忠義を尽くす騎士の家系。であれば僕の戦場に寝がえりの文字はないよ」
「悪いがレイナ、オレも退く気はない。王家への忠義ではなく、オレ自身の為に」
ま、そう簡単にはいきませんわね。背負う物なくして貴族はやっていけませんし、剣は握れませんもの。みんな生半可な覚悟でここに立ってはいませんわ。もちろん私も。
「わかりました。ではシリウス先生、未来の
「ああ、背中は任せたぞレイナ。いや、“紅蓮の公爵令嬢”!」
これで2対2。さあ〈ブレイズホークV〉、暴れてやりましょうか!
☆☆☆☆☆
「いまなんと……?」
「ウ、ウォルター・トラウト公爵以下トラウト家一門、ことごとく裏切った模様です!」
「馬鹿な……」
我が妻の妹が嫁いだ――つまり義弟にあたるウォルター・トラウトは、私がもっとも信頼している人間だ。よもやレンドーンに引き続き、ウォルターまで裏切るとは。一体何が起きているんだ……!?
「申し上げます! 日和見をしていた南部諸侯ことごとく賊軍に協力する模様!」
「何だと!? 街道は封鎖していたはずだぞ。どうして無数の南部貴族をまとめ上げるようなことができる!?」
「そ、それが、サンドバル男爵家を通じて商人の連絡網を利用したようで……!」
サンドバル家は商人との結びつきが強い。そして商人たちは有事の際も使えるような独自の連絡網を持っている。元々レンドーン寄りだった故にあちらにつかぬなら良しと思ったが、まさかこうなるとは……!
「西部よりの領地を持つ諸侯は、既にバットリー卿を中心としてアレクサンダー・アデル将軍の軍勢を挟撃する構えです!」
この動き。バットリーの奴らめは最初からこれを狙って動かずに待っておったか! アデルの事だからこういう事態も想定して軍を配置しているだろう。だが身動きはとれまい。これで北と南で戦線が崩壊した。中央が一気に食い破られるぞ。
「陛下、私は自分の軍をまとめて防衛にあたりたく存じ上げます!」
「……ビアジーニか。わかった、よろしく頼む」
ビアジーニ一派の若手たち……。やる気は十分のようだし、レンドーンをどれだけさばけるか見るのも一興か。まだ兵力ではこちらが勝っている。動揺せずに為すべきをなさねば、グッドウィン朝は終わりぞ。
「陣立てを整える! グレアムの軍を中心に――」
「ご報告申し上げます!」
「今度は何事だ!」
「そ、それが……、『トラウトの叔父上に同心して、陛下とその
「な、なんだと……!」
今度こそ全身から力が抜け、手にした杖がカランと音を立てて転がる。息子が……第一王子グレアムまでもが裏切っただと……?
「陛下、ここは王都まで兵を引きましょう!」
「陛下! お気を確かに!」
「陛下――」
ルーノウが裏切ったように、レンドーンが裏切ったと思った。だからあの時と同じように討伐しようと思った。一体どうしてこうなったというのだ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます