第7章 Justice~内戦~

第195話 お嬢様は学生生活に希望を抱く

「レンドーン様、ごきげんよう」

「オホホ、ごきげんよう」

「レンドーン様、今日もお美しくあられますわ」

「ウヒヒ、そう言っていただけて嬉しいですわ」


 夏休みも終わり、帰ってきました麗しの我が母校エンゼリア王立魔法学院!

 実に以来の登校だ。戦争なんてもうこりごり。今日から私の真のスクールライフが始まるのよ。ビバ青春!


 というわけで、四年目を迎えた私の学園生活。すっかり我が家と化した寮の自室への荷物の運び入れは、クラリスを始めとした使用人の方々にお任せして私はさっそく挨拶周りよ。とくと見よ、この私の完璧な大貴族ご令嬢的な立ち回り!


「おっ、レイナ。お早いご到着だな」

「これはこれはシリウスお義兄……いえ、シリウス先生。お久しぶりですわ」


 優雅な立ち振る舞いで学園の敷地内を歩いていると声を掛けられた。先の戦争でも影に日向に私たちを引っ張ってくれたシリウス先生だ。


 私がもう一年学院に通うことになって、クラリスの結婚は延期となった。そういうわけで、このイケメンな先生をお兄様と呼ぶのも来年に持ち越しだ。


「ああ、久しぶりだな。えっと、ところで……」

「クラリスなら寮ですわ。荷物を運びこんでくれていますの。夕方には時間を作れるかと思いますよ?」

「そ、そうか。サンキューな」


 シリウス先生は隠しようもなくデレデレしている。マギキンの人気キャラである先生の心を射止めたのがクラリスじゃなかったなら、メアリー・スーキャラぶち込むなと熱烈なアンチになっていたところだ。


「そう言えばレイナ。今年からお前の従弟たちも入学なんだよな?」

「そうですわ。二人とも特待生で、男の子がルイ、女の子がルビー」


 エンゼリアの寮は大きく分けて三種類ある。

 ひとつめはアリシアやサリアが住んでいる、あまり裕福じゃない生徒向けの寮。

 ふたつめはエイミーやリオが住んでいる、一般貴族や裕福な商人の子弟向けの寮。

 みっつめに私が住んでいる、高位貴族かつ特待生向けの特別な寮だ。


 そしてそれぞれ男女で分かれているので、ルビーは私と同じ寮、ルイはディラン達と同じ寮になる。


「そうか、優秀なんだな。俺も来年にはレンドーン家の縁戚だし、世間の目では既にそういう扱いだ。うかうかしてられんな」


 シリウス先生、燃えていらっしゃる。なんと言っても名門レンドーン。その末席に加わるというのは相当なプレッシャーなんでしょうね。


 私はもうそんなの慣れてしまったわ。レンドーンの名を使って船単位で食材を買い付けるし、様々な特権を享受している。


 前世の記憶が戻って早九年。庶民感覚の欠如が著しい今日この頃です。前世だったらワイドショーに叩かれているでしょう。あな恐ろしや。



 ☆☆☆☆☆



「レイナ様、お久しぶりです!」

「戦闘をされたとお聞きしました。お怪我はありませんでしたか?」

「ええ大丈夫だったわ。みんなもお久しぶりね」


 テラスに集まったのは、私の他にエイミー、リオ、サリア、そしてアリシア。なんだかこのメンツでのんびり過ごすのも久しぶりな気がするわね。みんなは夏の間に起こった例の戦闘の無事を案じてくれていて、貴族であるエイミーやリオは増援を出せなかったことを詫びてくれた。


 でもまあ手出し無用っていうのは王命だったし、気に病むことはないんだけれどね。結果的に私やルビー、ルイはみんなピンピンしているわけだし。


「それにしてもレイナ様、先ほどのスピーチはお見事でしたわ!」

「ウヒヒ、ありがとうエイミー」


 なんのスピーチかというと、エンゼリア新入生を前にしたスピーチだ。

 今日はルビーやルイが晴れてエンゼリアの生徒となる入学式。そこで私は、沢山の新入生や来賓を前にスピーチをさせられた。生徒会長のリオはわかるけれど、何故私が? まあでも無難にこなせて良かったわ。原稿を添削してくれたクラリスのおかげでもあるけど。


「レイナ様は前期の間は何をされるのですか?」

「そうねえ……」


 今年の私たちはイレギュラーな四年生。戦争の影響でまともに受けられなかった講義を受けて、きっちり卒業するための一年間だ。つまりはみんな留年生。


 なので、既に受けている講義への参加は任意だ。つまり私の場合、本格的に戦争が始まり大陸へと渡った冬休みより前の講義は、ほとんど受講する必要がないわ。


 だから冬休みまでは暇。すごく暇。ずっと学院に残って講義を受けていたリオとサリアにいたっては、一年間ほとんど自由登校状態で過ごすことになるでしょうね。


「管理している領の仕事をしたり、お家の都合で王都に行ったり、あとはやっぱりお料理研究会の活動かしらね?」


 うん。暇と言ってもそれは講義だけの話よ。やりたいこともやるべきこともいっぱいあるわ。あえてみんなの前では口に出さないけれど、恋なんかも……!


「あ、お料理研究会! 終身名誉会長、今年の会長は誰が務めるのですか?」


 と、疑問を投げかけたのは現会長のサリア。言われてみればそうだ。旧三年生が卒業せずに四年生として居残るということは、役職をどうするか問題が発生する。


「リオ、生徒会長はどうなの?」

「選挙があるよ。私は……出馬しようと思っている。演劇部と二足のわらじだけど、やりがいのある仕事だからね」


 その顔はいつものアホなリオじゃなかった。志とか夢とか気力みたいな単語が溢れるオーラに包まれていて、役職放り出し人間の私には眩しい。何度も思うけれど、立派になったのね……!


「エイミーのところはどうなの?」

「代表は適当な人にお任せしますわ。私はやりたいことが沢山ありますので。ウフフフフフ」


 その顔は、いつもの魔導機に恋するエイミーだった。怪しく微笑む姿すらお上品に見える擬態令嬢の頭の中では、既に新しい魔導機のあれこれが巡っているんでしょう。何度も思うけれど、立派になったのね……!


「そうねえ。サリアが嫌じゃなければサリアが続投するのがいいんじゃないかしら? そして三年生にもいろいろ仕事を任せて、私たちはサポートに回る感じで」


 サリアの運営能力、指揮能力はかなり高い。組織としては彼女に任せる方が確実にまとまりが良い。嬉し悲しい。


「はい、そういうことでしたら謹んでお受けいたします」

「ありがとう。ルークや皆にも確認をとってからだけど、アリシアもいいかしら?」

「はいレイナ様。サリアちゃんなら安心です」


 今頃一年生はオリエンテーションとかそんなのだ。いよいよ明日からは新しい学院生活が始まる。私は爽やかな青春の予感に、希望で胸を膨らませた。



 ☆☆☆☆☆



 ある人曰く、この平穏が永遠に続くように思えた。

 ある人曰く、この時すでに予兆はあった。


 後世の私たちから見れば、正しかったのは後者だとわかるだろう。しかし、この時代の人々にそれをくのは酷な話だ。


 激しい大戦をくぐり抜けた“紅蓮の公爵令嬢”を始めとした多くの人々は、の事なぞつゆ知らず、それぞれの日常へと帰って行った。しかしその裏では、王国内に響く不協和音が静かに響き始めていたのであった。


 私はどちらに正義があったとも思わない。また、どちらにも正義があったのだと思う。私はただ、あの戦いの真実の記憶に迫るべく今ここに本著を記すのだ。


 エリオット・エプラー著、「内戦~我らが王国の忘れてはいけない不都合な真実~」序文より引用――。

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