第196話 嗚呼、麗しのエンゼリア

前書き

今回モブ視点回です

――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ここがエンゼリア王立魔法学院……!」


 やっとだ。やっとこの日がやって来た。厳しい受験戦争を勝ち抜いて、やっと憧れのエンゼリア王立魔法学院に入学できた。今日この入学式の日より、私――フィオナ・フレッチャーは、伝統のエンゼリアの名を受け継ぐのだ。


 フレッチャー家は祖父の代に事業で成功して財を成し、父の代でその事業を大きく拡大した。そして私が名門エンゼリアを卒業して稼業を継げば、もう成り上がり者なんて言わせない。三代続けば成金じゃなくて立派な名家だ。


「それにしてもカッコ良かったなあ……」


 入学式の式典で壇上に上がった超有名人。彼女が上がった瞬間大歓声が巻き起こり、喋り始めると海よりも静かに皆聞き入った。


 “紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーン様。この国で最も有名な人物の一人で、先の大戦での英雄。その復活劇と神の声を聴くと言う噂から、もはや扱いは生ける伝説だ。


 男はその戦場での活躍と美貌でとりこになり、女はその気高さとディラン王子を始めとした殿方達とのロマンスに憧れる。そんなお人だ。


王都の書店では明らかにレイナ様をモデルにした、通称レイナ様物の小説が飛ぶように売れている。新進気鋭の作家、バーナビー・エプラーなんかはその代表格だ。


 とにかく、レイナ様はすごい。レイナ様と一緒に勉学できるのは、私だけではなくてエンゼリアの生徒全員の栄誉だろう。


「えっと、次は学内案内とかのオリエンテーションだっけ?」


 私は渡されたパンフレットを見て確認し、割り当てられた教室へと入る。すでに結構な数の生徒が着席している。空いている席は……あそこだ。


「ねえ、ここ座っていいかな?」

「……どうぞご自由に」


 私が問いかけると空席の隣、窓際に座っていた女の子は不愛想に返事をした。


「私はフィオナ・フレッチャー、よろしくね」

「……ルビーよ」


 にこやかに差し出した私の手は握られることなかった。けれど無視されることもなく、女の子はまた不愛想に名を名乗った。ルビーちゃんか……。恥ずかしがりやなのかな?


 窓の外を見ているから顔はよく見えない。けれど実った稲穂の様な金髪は美しく、可愛らしい顔立ちみたいだ。


 もっとも、校内の案内を担当するという三年生が入ってくるまで、会話もなくただ気まずく過ごした。私の学院生活、早くもつまづいちゃったかも?


「私はみんなを案内する三年生のリリー・アンドリースよ。よろしくね」


 この校内案内は、当代の生徒会長リオ・ミドルトン様の発案によって昨年から始まったらしい。


 リオ様は演劇部の花形役者も務めている、凛々りりしい美人だ。実際先ほど在校生代表の演説をされていた時はカッコ良かったし、女の子のファンも随分多いらしい。きっと見た目にそぐわぬ知性も兼ね備えているんだろう。


「エンゼリアは広いからね~。ちゃんと道を覚えて授業に遅れないようにね」


 案内役のリリーさんは明るくわかりやすい説明が頼もしい女性だ。そんな彼女に、私たちはぞろぞろとついて学院を回る。となりには相変わらず仏頂面のルビー。そう言えば家名を聞いてないな……。


「ここが中央図書館よ。調べものがしたかったり、空いた時間に本を読みたかったらここね。エンゼリアに図書館は多いけれど、ここの蔵書が一番多いわ」


 エンゼリアは授業のレベルが高い。きっと図書館で一生懸命勉強しないとついていけないな。と、真面目な事を考えていたら、にわかに先頭の方が騒がしくなる。あのお姿は――!


「やあ、こんにちはリリー嬢。一年生の学校案内かな?」

「は、はい! そうれすディラン殿下!」


 我が王国の第二王子、“万能の天才”ことディラン殿下だ!


 すっごくカッコよくて人気の王子様。

 リリーさんも緊張しているのか


 キャーキャー言っている女子生徒たち。もちろん私もお会いできて嬉しい。こんな素敵なお方と学べるなんて、エンゼリアとはなんと素晴らしい楽園なんだろう。


「――!」


 ふとディラン殿下と目が合った気がする――いえ、隣?

 隣を見ると、相変わらず仏頂面のルビー。楽しそうにしていないから、お優しいディラン殿下は気になったのかな?


「……じゃあそれでは。皆さんが楽しく学院生活を送れることを祈っていますよ」



 ☆☆☆☆☆



 エンゼリア王立魔法学院には四人のがいる。この場合の王子様は一人を除いて比喩表現だ。


 一人目はさきほどの第二王子ディラン殿下。

 文武両道、品行方正、そして甘いマスクの“万能の天才”。


 二人目にライナス・ラステラ様。

 伯爵家嫡子にして著名な”天才芸術家”。その強気の性格にクラっとくる女性は多い。


 三人目にパトリック・アデル様。

 良く鍛えられた褐色の肌が美しい侯爵家ご子息。”神速の貴公子”と称される剣の腕は当代随一だ。


 私たちは幸運にも、学校案内の最中これらの三方にお会いできた。

 庭園で絵を描かれていたラステラ様。武術部の敷地で剣の腕を磨かれていたアデル様。どちらも素敵だった。


 ひとつ気になるのが、みなさんルビーを見ていた気がする。確かに可愛い子だけれど、まあ私の思い過ごしだろう。そして――、


「おっ、なんだアンドリース? 一年生の案内をしているのか?」

「あっ! はい、その通りですルーク様」


 ――残る四人目、ルーク・トラウト様だ。魔法の大家トラウト公爵家の生まれで、当代きっての魔法の使い手。吸い込まれそうな青い瞳に黒髪。その魔法の腕と性格から“氷の貴公子”と称される。


「ほーん。ちょうどいいや、ディランを見なかったか?」

「殿下なら中央図書館にご用があるみたいでしたよ」

「そうか。サンキュー」


 すごい、すごすぎる……!

 初日にして学院どころか王国の女子憧れの王子様たち全員にお会いしてしまった。


「じゃあ俺はこれで……お! おチビじゃねえか。元気になったか?」


 その言葉の先は――またしてもルビーだ。彼女は仏頂面のままスカートの端をつまみ上げると、頭を下げた。


「お気遣い感謝します。しかし私ももう十六。おチビではありません」

「ハハハ、そうだな。わざと堅苦しい言葉を使う程度には元気みたいだな。それじゃあまたな」


 ……ルビーとトラウト様は知り合いなの?



 ☆☆☆☆☆



 学院案内ももう終盤だ。一周した私たちは、もとの階段教室へと戻ってきた。


「それじゃあ最後にいくつか注意事項を伝えるわね~。まずは特待生寮の庭にあるパン窯を使う際は、届けを出すこと。もちろんイタズラなんかはしないように」


 ……パン窯?

 特待生寮にパン窯?


「次に魔導機格納庫には勝手に立ち入らない事。これも見学希望者は申請書を出すようにね」


 そう言えば王国魔導機開発で著名なエイミー・キャニング女史はここの生徒らしい。私も最近まで知らなかったけれど、入学を機に知った。まさかそんなに若い方だとは思ってもいなかった。


「最後に、レイナ・レンドーン様について」


 隣に座るルビーがピクリと動いた気がした。


「レイナ様はお優しいお方だけれど、しつこくつきまとわない事。不思議な闇の力が飛んできます」


 不思議な闇の力?


「特に男子は逆玉の輿なんて変な考えは抱かないように。消し炭になります」


 消し炭?


「レイナ様はお料理研究会の終身名誉会長を務めているわ。私も入っているけれど、初心者歓迎よ。ただしコネ目当てで料理に興味ない人は面接ではじくわよ」


 そこまで言うとリリーさんの役目は終わったらしく、挨拶をして教室から出て行った。暇になった私は、めげずにルビーに話しかけてみることにした。


「ねえルビー、ディラン殿下たちに会えて幸運だったね」

「そうかしら?」

「当然そうだよ。あ、そう言えばルビーはトラウト様と知り合いなの?」

「まあそんなところでしてよ」


 無視されないけれど、随分気の無い返事だ。


「ああ、レイナ様にお会いできないかな……」

「会いたいなら会いに行けばいいじゃありませんの」

「そ、そんな軽々しく会えないよ……」

「お姉様ならきっと会って話してくださるわよ。だってお優しいもの」


 気休めを言ってくれるの?

 不愛想だと思ったけれど、案外優しいところもあるみたいだ。私はルビーという子が少しわかった気がして嬉しくなった。


 ……ん? お姉様?


「レイナ様の事をお姉様ってどういう意味?」


 もしかして過激なファンかな?


「そのままの意味よ。言いませんでした? 私の名前はルビー・サイス・レンドーン。レイナお姉様とは従姉妹いとこの関係ですことよ」

「えええええええええっ!?!? 従姉妹おっ!?!?」


 私は驚いて叫びながら立ち上がる。


「……あ。すみません! すみません!」


 慌てて周囲に謝りながら席に戻る。まさかルビーがレイナ様の従妹とは……。私の学院生活、どうやら波乱に満ちたものになりそうだ。


 その後の自己紹介の時、クラスの皆がさっきの私と同じリアクションをした。

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