第194話 この世界は女神が蔑称になる感じでお送りしております

 誘拐されたルビーとルイの救出は無事に成功し、クリフ・プルーイットとその一味の捕縛は達成された。うじゃうじゃいた魔導機もほとんどぶち壊したし、作戦は無事に完了したと言って良いわ。


 クリフ一派への尋問は行われているけれど、「レンドーンへの恨みを晴らしたかった」の一点張りで、その背後関係や魔導機の出所などの情報はいまだに得られていない。私が撃破した“旋風”のイェルドが乗っていた〈フウジン〉や、ルビーとルイが奪った通称〈ツーヘッド〉など新型と見られる魔導機の見分けんぶんは、エイミーたち技術班が鋭意行っているわ。


 ――ま、とにかくそういうわけで、色々な方向から色々な人たちが頑張って深層の究明に励んでいるわけよ。


 レイナ・レンドーンの身に生まれて十九年、前世の記憶が戻って九年。当然私の中にはレンドーン一族の親戚に対する親愛の情はあるわけで、そんな皆を襲った連中は許せない。でもまあ事件の目的だとか魔導機やお金の動きみたいな調査は、プロフェッショナルな方々にお任せするわ。私にはやらなくちゃいけないことがある。


「それじゃあクラリス、いつも通り中には誰もいれないで」

「かしこまりましたお嬢様」


 というわけで私は諸々の事情をあのおとぼけ女神に問い詰めるべく、例によってレンドーン領最大の教会を訪れている。当然貸し切り。ビバ権力。


此度こたびの一件、レンドーンの御一族に死者が出なかったのはきっと女神様の恩寵によるもの。どうぞよろしくお伝えくださいませ」

「あー、うん……。まあ、わかったわ」


 そう言えば、クラリスは神様に祈る系の孤児院にいたから結構な信徒なのよね。冷静で合理的な判断ができる彼女でも、心の中での神様への比重は大きい。


 前世ではクリスマスの一週間後には神社に初詣へ行っていた私からすると、ちょっとわからない感覚。あんまり表立ってあのおとぼけ女神の事を悪し様に言うのは、気をつけた方がいいと感じさせられる。


「ま、とりあえず女神を呼びますか」


 神とのつながりが深い巫女は私、中央には回を重ねるごとにクオリティアップしていく女神像のある教会、そして供物として今回はルイのパンツを用意している。


 偶然見つけた書物――サティナ・ウルシェラ著の「神との対話、その崇拝」に書かれた条件は、時期が少し外れている以外は全てそろっているわ。


 それにしてもこの本の著者のサティナ氏は謎だ。どうも女性ということは読み取れるけれど、出身地や経歴はよくわからない。他の著作もないどころか、どの時代に活躍した人物なのかもわからない。謎ね。


「さあ来なさい! 女神!」


 謎はさておき呼びかける私。いつものように光輝く柱が降りて――、


「……あれ?」


 ――来ない。うんともすんとも言わない。


「聞こえなかったのかしら? では改めて、さあ来なさい! 女神!」


 今度はより気合を入れて叫んでみる。右手を天に掲げちゃったり、ちょっとした名シーン感がある。


 ――でも来ない。


 は? なんであいつ来ないの? ブッチなの、シカトなの、既読無視なの? は? ちかっぱムカつくんですけど。


「こうなったら直接聞きに行くしかないわね。神級魔法《紅蓮――」

『わわわわわ、ちょっとストーップ! 次元にひずみが起きるからそれはあんまり使っちゃダメって言ったでしょお~!』


 魔力を込めたところで女神登場。


「なによ、いるならさっさと来なさいよ。どうでもいいけど相変わらず神々しさの欠片もないご登場ね」

『失礼ねぇ~。ゲームしてたんだからちょっとは待ちなさいよぉ~』


 なんという俗物女神。母親から夕食と言われて部屋から出てこなかった中学生の文句かしら?


「はいはい。一応聞いとくけど、女神がなんのゲームしてんの?」


 この女神ならネトゲ―で姫プレイしていても驚きはないわ。


『乙女ゲーよ~。なんかあんた見てたらプレイしてみたくなってぇ~』

「なんと。逆に驚きだわ。悲しい結末にも負けず、きちんとバッドエンドのスチルも回収しなさい」

『人類滅亡世界破滅程度の悲しい結末なら、職業柄リアルに何度も見てるから大丈夫よ~』


 ……そんなポンポン世界破滅してんの? もしかしてハインリッヒの馬鹿の一件って本当に皮一枚だった?


『というわけで私は、ジュン君のルートを進めないといけないから帰るわ――ぐぇ!?』

「いや、待ちなさい」


 さも当然のように帰り始めたおとぼけ女神の首根っこを掴む。なるほど。薄くなる前なら魔力を込めると掴めるのね。それとも一回死後の世界に行ったことがあるからかしら?


『いった~、なにすんのよぉ~? 私はジュン君を攻略すると言う用事があるんだからぁ~』

「誰よジュン君。ゲームの話しで流されるところだったわ。聞きたいことがあんのよ」


 そう、私はこの女神に聞かなくちゃいけないことがある。


「あんたの信者を名乗る男の襲撃を受けたけれど、まさかあんたの差し金じゃないでしょうね?」

『私がわざわざそんなことするわけないじゃなぁ~い。私程の神格になると、いっぱい信者いるんですからね!』


 プンプンと女神は怒ったようなリアクションをする。まあ確かにおとぼけ女神には動機がない。また嘘つき女神の可能性もあるけれど、とりあえずはシロと見ていいでしょう。信者の管理不行き届けではあるけれど。


「じゃあこっちが本題よ。そいつが乗っていた魔導機、〈フウジン〉って言ったわ。前世での風の神様の名前よ。またこの世界に転生者とか転移者とか紛れ込んでいないでしょうね?」

『さあ~?』

「さあ? 適当すぎでしょ、あんたが管理しているんじゃないの?」

『よく聞きなさいレイナ・レンドーン』


 あ、真面目モードだ。


『あなた達人間のいる世界を例えるなら、沢山の魚が入った大きな金魚鉢なのです。そのような鉢を沢山管理している。それが神なのです』

「つまり何? 鉢の一個一個、金魚の一匹一匹のことはよくわからないってこと?」

『その通りです、か弱き人の子よ。大きく波を立てるとさすがにわかりますが、普段はその鉢が正常に機能しているならば、それでいいのです』


 ハインリッヒぐらい派手に暴れまわっていると気にも留めるけれど、それ以外は別種の金魚が混じろうがどうでもいいと。とんだへっぽこブリーダーね。


「はあ……、もう少しましな担当の神様に変えてくれないかしら?」

『はあ~!? どういう意味よ~!』

「わからないの? チェンジって言ってんのよ」

『い、言うに事欠いてチェンジですってぇ~!?』

「だいたいあんたのイメージが強いせいで”女神”って褒められてもいい気がしないのよ。もはや蔑称ね、蔑称」


 今回の一件でも、ルビーから『お姉様は女神様のように美しかったですわ!』とキラキラした目で言われたけれど、一瞬罵倒されたかと思うほどだった。ある種の病気ね。


『はぁ~、もう頭きたわ~! せっかくあなたの大好きな“マギキン”のが出るって話をしてあげようと思ったのに~』

「は? “マギキン”のファンディスク!? え? 私が転生したのが十九年前で……どう考えたって時系列おかしくない!?」

『平行世界の時間の概念は人間には難しいわ~。時系列的には製作が発表された段階よ~』


 なるほど、そういうことか。リメイクならともかく、十九年越しに出るとは考えられないし納得できる答えだ。ファンディスク……つまり今この世界で起こりつつある問題に対する予言の書になりうるわね。これは大きな情報だわ。


「わかったわ。今回はそれで納得してあげる。ただし、ファンディスクの新情報があったらちゃんと教えなさい。でないと《紅蓮火球》で乗り込むわよ」

『はいはい、わ、か、り、ま、し、たぁ~! まったく乱暴なんだから~。解散!』


 そう言って、女神は去っていった。パンツを持って。



 ☆☆☆☆☆



「失礼します旦那様、封書が届きました」

「ああ、ありがとうギャリソン」


 私――レスター・レンドーンは書斎にて、執事のギャリソンから封書を受け取る。差出人はレイナの友人でもあるエイミー・キャニング女氏からだ。


「ふむ、やはり……」


 中の資料にざっと目を通す。今回の一件で回収された敵魔導機の残骸や、ルビーたちが鹵獲した〈ツーヘッド〉と呼ばれる魔導機の解析情報について、専門的見地からの意見が書いてある。


 詳しくは後で見るとして、書類をパラパラとめくって最後の結論部分を読む。……やはりそうか。往々にして嫌な予感とはよく当たるものだ。


「厄介だね。これは厄介だよギャリソン」

「……いかがなさいましたか?」


 老執事のギャリソンは信頼できる人間だ。知識も広くよく相談にも乗ってもらう。そんな彼相手だからこそぼやいてしまう。


「どうやらエイミー・キャニングも私と同意見のようだ」

「ということはつまり、懸案されていた……?」


 残骸を見るにあの〈フウジン〉という魔導機や鹵獲した〈ツーヘッド〉という魔導機は、改造機などではなく新規に設計された機体であると見るのが妥当だということだ。しかしその設計の随所に、が設計した特徴がみられたそうだ。


「そうだ。あの男の影が見える」


 爬虫類染みた笑みを見せたあの男。大陸を戦乱の渦に陥れたあの男。そしてレイナ一度はを死に追いやったあの男。あの男は死んだはずだ。しかし遺体は見つかっていない。 レイナは生きていた。ではあの男は? クリフの裏には間違いなく黒幕がいる。思いつく限り最悪の男の存在が、不気味にも見え隠れしている。

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