第193話 お嬢様は双子を信じる

「なーにわけわかんねえ事をゴタゴタぬかしてるんだい?」

「わからないのなら見せて差し上げると言っているのですわ。まずは弱火で《火球》!」


 まったく物分かりの悪い相手ね~。きっと禿げているわ。たぶんそう。〈ブレイズホーク〉の右手から超高熱のビームが飛ぶ。弾速も威力も今までの約二倍よ。


「効かねえよ! たしかに早いがこけおどしだな!」

「これも弾きますか。次は中火で《大火球》!」

「ぐおっ!?」


 いくら下級魔法の《火球》とはいえ、フルパワーレイナ状態の魔法を弾くなんて。やっぱりこの相手ただものじゃないわね。これは本人の実力以上に魔導機の性能かしら。そんな高性能機――しかも名前が異世界由来判定疑惑な〈フウジン〉なんてもの、いったいどこから湧いて出てきたのやら。


 切り替え切り替え。脳を戦闘に切り替えた私は、次に中級魔法の《大火球》をお見舞いする。直撃を受けた〈フウジン〉は風のバリアをまとったままノックバック。これでも破れないあたり本当に異常な強さよね、相手。でもたぶん禿げ。


「そおら、カモン《旋風》!」


 相手の反撃。凄まじい勢いの竜巻が迫る。けれど今度は避けない。避ける必要がない。


「こっちも――《旋風》!」

「何ィ!? 打ち消しただと!?」


 相手の《旋風》は異常な威力の初級魔法。――なら、こっちも異常な威力の《旋風》を打ち込めば相殺できるのは道理よね?


「ぐ……“紅蓮の公爵令嬢”が、この俺と同等の《旋風》を撃てるだと!? 得意属性は火じゃないのかよ!?」

「ごめんあそばせ。あまり知られていないけれど、私の得意属性って風属性なんですの」

「ば……、馬鹿な!? 風の女神に愛されているのは俺のはず!?」


 ……私は別にあのおとぼけ女神に愛されていないし、愛されたいとも思わないわよ。


「あー、もうそこら辺は死後におとぼけ女神から聞いてちょうだいな。強火で《獄炎火球》、《獄炎火球》、《獄炎火球》!」

「ぐおおおおおおっ!?」


 私は終わらせるつもりで上級魔法の《獄炎火球》を連打する。けれど風のバリアを破れなない。まったくなんて硬さ。コイツ本当におとぼけ女神の回し者とかじゃないわよね?


「しつこいわねこの禿げ!」

「禿げじゃねえ! スキンヘッドだ!」


 あら当たってた。でもあと一手。あと一手何かないと倒しきるまで行けそうにないわね。魔力切れを待つ? まさか。この相手の実力を考えたら、追い詰めて逃げられると厄介だわ。ここで決めないと。


『レイナお姉様!』

「この声……ルビー!?」

『僕もいますよ』

「ルイまで……! あなた達その魔導機は一体!?」


 通信が発せられた方を見ると、見たことのない黒い魔導機が向かってくる。頭が二つに腕が四本。パワー系かと思いきや妙に細いフォルム。類似した機体の記憶はないわ。敵の機体を鹵獲した? たぶん二人はあれに乗っているんだわ!


 ……いや、え? なんで救出対象の二人が魔導機に……、でもそう言えばクラリスが別行動をって……。今更ですけどなんなのこの世界!? 名ありキャラはみんな魔導機に乗る法則でもあるの? ありそうで怖い。そのうちお父様達も乗り出す? 怖っ!


「二人とも下がっていなさい、危ないわよ!」

「大丈夫ですお姉様。この〈ツーヘッド〉、中々の性能みたいですよ」


 あの〈ツーヘッド〉とかいう機体、複座式なのかしら? いえ、動作の不安定さを見たら普通の機体を二人で分担操縦しているようね。たぶんメインをルビーが、魔力操作の補助をルイが。


 そんなことが動きからわかるくらい、私も魔導機について詳しくなってしまった。さらばロボットアニメのロの字も知らなかった前世の私。フォーエバー。


「それはこちらの〈レト〉じゃねえか? 鹵獲されたか。まさか動かせる奴がいるとはな。だが、そんなフラフラした動きで俺の戦場に出て来るたあただのよ! カモン《旋風》!」

「逃げて、ルビー! ルイ!」


 迂闊だったわ。のほほんと話をしている暇はなかった。敵の攻撃がルビーとルイの乗る魔導機に放たれる。この位置からじゃかばうことができない!


「《闇の壁》よ!」

「《光の壁》よ!」


 二人の乗る魔導機――たしか〈ツーヘッド〉とか言ったわね。頭が二つだし――は四本の腕を展開し、二つの防御魔法を張る。


 ひとつは光魔法の《光の壁》。私もよく使う魔法で、光の魔法力を固めた壁を発生させて、強固な防御力を誇る魔法。もうひとつは闇魔法の《闇の壁》。たしか壁に触れた相手を弱体化させる魔法だ。その二種の魔法に護られた〈ツーヘッド〉に《旋風》が直撃し、激しい閃光があたりを包む。


「何ィ!? 耐えただと!?」


 完全に無傷とはいかなかったみたい。けれど二人の乗る〈ツーヘッド〉は、目だった損傷もなく健在だ。


「二人とも大丈夫!?」

「はいレイナお姉様、ガンガンいけますわ!」

「姉さん、そう何発も耐えられるとは思わない方がいいよ」


 よかった。二人とも無事みたいね。原作レイナがイレギュラーなだけで、レンドーンの血筋は魔力が強い系統だし、二人の魔法の腕も私が知らない間にかなりのレベルになっているとみていいかしら? それなら――


「いいかしら二人とも? 戦場に出た以上甘い言葉は使わないわ。貴族としての義務を果たしなさい」


 ――撤退を指示するよりも、二人を信じてこの場を切り抜ける。


 私が初めて実戦をしたのもエンゼリア入学前だった。それに二人は高位貴族だ。ここで私たちが引くとレンドーン領民、ひいては王国国民の命が危険に晒されるかもしれない。


 貴族たるもの、いざとなれば民の盾になって率先して戦わなければいけない。それが普段を得、民から税を搾取している者に課せられただから。


「もちろん、そのために来ましたから。初陣が“紅蓮の公爵令嬢”レイナお姉様と一緒なんて嬉しいですわ」

「レンドーンの名のもとに、姉さんと共に戦い抜いてみせます」

「覚悟は決まったようね。それなら二人にはお願いしたいことがあるのだけれど?」

「だいたい状況はわかりました。あの敵に隙をつくればいいんですよね? 任せてください」


 さすがはルイ。こういう状況でも頭が回るみたいね。私が初陣の時は――ひたすらあたふたしていた。少しお腹が痛かった記憶もある。


「ちょっとルイ、あんただけレイナお姉様の評価を稼ぐんじゃないわよ!」

「大丈夫だよ姉さん。これは姉さんの力が必要なんだ」

「何をごちゃちゃと。今度は受けきれねえよ! カモン《旋――」


 攻撃を防がれたからか様子見をしていたけれど、しびれを切らした“旋風”のイェルドが攻撃態勢に入る。私は助けには入らない。二人を信じて自分が攻撃するタイミングを見極める。


「姉さんは物理攻撃を。《影の矢》よ!」

「わかったわ。突っ込むわよ!」


 魔導機〈ツーヘッド〉はルイの《影の矢》を放ちながらも、ルビーの《光子拳》を叩き込むべく敵に急速接近する。


「なんの!」


 相手はさすが手練れと言うべきかしら。攻撃に入ろうとした体勢を立て直して、素早く防御に転じる。あの風のバリアだ。


「オラああああああああ! 《光子拳》!」

「その程度の攻撃でダメージをもらう〈フウジン〉じゃねえ!」


 イェルドの言う通り、ルイの《影の矢》も、ルビーの《光子拳》も弾かれる。


「それはどうかな? あなたは今、三つの弱点を晒した。一つ、攻撃と防御を同時にできないこと。二つ、物理を防ぐ風の速度と魔法を防ぐ風の速度は違うこと。そして三つ、それらを切り替える時に若干のラグが存在すること。お姉様!」

「ええ、見えたわ!」


 ついに見えたわ。敵の風のバリアのが! 風を集めてまとっている以上、どこかに切れ目みたいなのがあるはずだと思っていた。けれど見えなかった。それが今、二人の攻撃で速度が落ちて見える!


「超級魔法《火竜豪炎》、燃え上がれ〈フレイムピアースドラゴンフレイム〉!」


 私は腰の〈フレイムピアース〉を抜き放ち、竜のそれのように猛烈な炎をまとわせる。そして剣を滑らせるように風のバリアの縫い目にいれる。


「ば、馬鹿な! 風の女神よご加護をッ!」

「あいつはこの場面で信者を助けるなんて、殊勝な心掛けはもっていないわよ! 必殺《神なんかに頼らないで自分の道は自分で切り開きなさい斬り》ッ!」

「ハハッ! ”紅蓮の公爵令嬢”! 例え俺が死んでも、巻き起こる嵐はもう誰にも止められ――」


 一閃、爆発。イェルドは最後に何か言おうとしていた。それが意味のある脅迫なのか、悔し紛れの断末魔なのかはわからない。でもまあ、みんなが築き上げた平和を脅かす奴は消えた。今はそれでいいわ。


「オーホッホッホッ! これがレンドーン家の力! 私たちの勝ちよ!」

「…………」

「…………」


 あれ? 返事がない。苦戦からの逆転大勝利だしかっこよく決めようと思ったんだけれど、こういうのって嫌いなお年頃だったかしら?


「二人とも?」

「――え!? あ、はい。お姉様、私感動しました!」

「――僕もです! まさかこれほどとは!」


 な、なによう。いきなり褒めてくれるなんて照れるじゃない。ウヒヒ。


「ウヒヒ、まあそのつまり……おかえりなさい。二人とも無事でよかったわ」

「「はい、ありがとうございますレイナお姉様!」」


 その直後、クラリスから賊の首魁と見られるクリフ・プルーイットを逮捕したという連絡が入った。こうして、レンドーン一族連続襲撃事件を端にした一連の動乱は、首魁クリフの拘束及び敵主戦力の壊滅をもって一応の終結を迎えた。

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