第191話 風の女神の信奉者

「炎が効かないのなら……《石の礫》よ!」

「ふうん……、だがそれも俺の風には効かねえ!」


 私が魔法で放った石の弾丸は、またしても敵の魔導機〈フウジン〉がまとった風――言うなれば風の鎧に全て防がれてしまう。


「そして反撃を受けてもらおうか! カモン《旋風》!」

「くっ……! 《光の壁》よ!」


 あのわけわかんない威力の竜巻の直撃を受けるのはマズいわ。私はあらん限りの魔力で防御用の魔法を唱える。けれど――


「――! 損傷を受けた機体は本陣に帰還しなさい」

「ぐっ……、申し訳ございませんお嬢様……」


 ――並の防御魔法しか張れない味方の〈イグナイテッドイーグル〉は、戦場を根こそぎ吹き飛ばしてしまうような《旋風》を耐えることはできない。まったくもう、なんて威力なの!?


「私の事はいいですから、各機は敵魔導機の攻撃に気をつけつつ他の魔導機の掃討を。ここは私が受け持ちますわ」

『『『了解いたしました、お嬢様!』』』


 あーもう、結局一人。この世界に転生してこの方、なるべく楽して生きたいと思っているけれど、常に貧乏クジを引いている気がするわ……。本当に厄介なお相手ですこと……レイナ困っちゃう。けれどこれまでの攻防で一つ分かったことがある。


「凍りなさい! 《氷結》!」


 私は全速力で敵の魔導機へと接近し、対象を凍らせる水属性魔法《氷結》を放つ。狙いは敵魔導機の上半身。長い腕の可動部だ。


「何ィ!? 貴様、気がついて!?」

「オーホッホッホッ! やはりそうみたいね。あなたが攻撃する際、その長い腕をさながら竹とんぼみたいに回転させているわ。それがあの《旋風》のカラクリの一つであることは間違いないようですわね!」


 それならその上半身を動かないようにしてしまえばいい。私の無尽蔵とも言える魔力なら、魔導機一機をフローズンにすることも容易いのよ。オーホッホッホッ!


「竹とんぼ……はわからないが、ご名答だ。さすがは“紅蓮の公爵令嬢”。だがッ!」


 イェルドの異世界人判定はシロと……。それよりもイェルドがそう言った瞬間、〈フウジン〉を覆わんとしていた氷が砕け散る。なんで!?


「俺は風を操る。そうなら温かい風を操作して、氷を溶かすなんて朝飯前なんよ」

「……何よ、《旋風》しか使えないなんて大嘘じゃありませんの」

「嘘は言っていないさ。全ての風の道は《旋風》に通ずるってやつよ。とくと見よ! 風の女神シュルツ神の恩寵を受けた、この“旋風”イェルドと魔導機〈フウジン〉の風の妙技みょうぎってやつをなあッ!」


 …………。拝啓、おとぼけ女神こと風の女神シュルツ様。私は今、あんたの厄介信者と戦っています。責任取って早く引き取りにきなさい。敬具。


 というか「恩寵」とか言ってるけれど、まさかのまさかチート持ちじゃないわよね? いやいやいやそんなまさか……。おとぼけ女神の部屋をぶち壊した腹いせに送り込まれた? さすがにない……ないわよね? 転生者って感じでもないですし。


 というか、私の魔法コイツに通用しなさすぎでは? なんだかんだ役に立ってきたチート魔力が通用しない、しかも援軍が望めないなんて結構なピンチでは?


 みんながそれぞれドルドゲルス十六人衆と戦ったグッドウィン本土防衛線の時、ディランが相手をしたのは決め打ちで送りこまれた、メタメタに対策した敵だったというわ。炎も効かない、物理も効かない、動きも封じれない。おまけに崇拝しているのはあのおとぼけ女神。もしかして私、メタられている?



 ☆☆☆☆☆



「――! 誰か来るわよ、隠れないさいルイ」

「わ、わかったから押し込まないで姉さん!?」


 私――ルビー・レンドーンは通路の奥から人の気配を感じ、どんくさいルイを物陰に押し込んで自分も隠れる。一人二人ならぶちのめすこともできると思う。けれどここは敵の本拠地。増援を呼ばれるなんておマヌケな事になるといけないし、隠れてやり過ごすのが最上だ。……というのは考えるのが苦手な私でもわかる。


 数は……三、いや四。一人は女みたいね。規則的な足音、迷いのない動き。これまで会ったザコ戦闘員とは違うプロフェッショナルな動き。もしかして敵の精鋭かしら?


「…………!」


 まずい……、こちらの気配に気がつかれたみたい。数は倍だし、まともに戦っても勝ち目はない。それなら不意打ちで敵の一画を崩して、せめてルイだけでも……。


 ――よし、決めた。私はルイの顔を一瞥して覚悟を決める。そして敵が近くに迫ってきたのを見計らって、注意を引くべく勢いよく飛び出した。


「うおおおおおおおりゃあああああっ!!! 覚悟おおおおお――あれ? クラリス?」

「――! ……ルビーお嬢様ですか?」


 私の飛び蹴り強襲。それを見事に防いだ銀髪の女性には見覚えがある。この洞窟のアジトに不似合いなメイド服姿――レイナお姉様のお付きのメイドであるクラリスだ。


「ルイお坊ちゃまも! 良かった、ご無事で……!」

「クラリス、助けに来てくれたのね。ありがとう、礼を言いますわ」

「お礼なんてよろしいのです。当然レンドーン家の総力をあげてお探ししておりました。……ところでどうしてこちらに?」

「逃げ出したのよ。で、隠れながらここまでやってきたってわけ」

「なるほど……。さすがはお二人。では、外の本陣にご案内します。レオナルド様もお待ちですよ」


 お父様が! たった数日会ってないだけなのに、もう何年もお父様にお会いしていない気がする。


 ルイなんて味方と会えた安心で泣き出しちゃっているかもしれないわ。そう思ってルイの方を見た。けれどルイは予想に反して冷静に何かを考えている顔で、クラリスに問いかけた。


「クラリス、敵の首魁は?」

「はいルイお坊ちゃま。クリフ・プルーイットという男のようです」

「やっぱりそうか。クリフならこの奥にいるはずだよ」

「本当ですか!? すぐに捕縛に向かいたいと思います。あ、でもお坊ちゃまたちを本陣にお連れしないと……」


 クラリスは悩んでいるみたいだ。私たちを保護して本陣に送り届けるのは最優先事項だけれど、敵の首魁も捕縛したい。どうやら突入部隊は別の班を合わせても人数がカツカツみたいね。攻勢に回す人数を減らして、包囲に隙をつくりたくないのは当然だわ。そんなクラリスの悩みを見抜いた様に、ルイが口を開いた。


「僕たちの事はいいから、クラリス達はクリフの捕縛を。僕たちはまだやることがあるからね」

「やること? お坊ちゃまたちはどうするので?」

「そうよルイ、早く本陣に行ってお父様に会いましょうよ」

「姉さんは僕がお土産をもらっていこうかって言ったのを覚えていない?」


 お土産……、そういえば言っていわね。何かの比喩ってやつなのかしら? でも私はそんなまどろっこしい表現嫌いなのよね。


「それに僕の予想通りならレイナお姉様がピンチだ。助けに行かないと」

「助けに……!」

「そう、そのさ」


 ルイは少し悪そうな顔でニヤりと笑った。弟がこの顔をする時、普段破天荒と言われる私よりも無茶をするのを姉の私は知っている。

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