第190話 あのお方


「巻き起これ嵐! 食らえよ《旋風》!」


 またしても全てを薙ぎ払うような竜巻が吹きすさんで、避けた私の足元にあった木々が薙ぎ払われる。とんでもない威力だ。相手の魔導機、当然のように飛行もしているし〈ブレイズホーク〉と同じく第五世代の機体というのは間違いないわね。まったく、どこからそんなもの持ってきたのかしら?


「攻撃はいいけれど防御はどうかしらね? 《火球》!」


 私の一番得意の魔法。今まで全てを焼き払ってきた自慢の魔法を、相手の攻撃後の隙をついて放つ。超高熱のビームとして右手から発射されたは、一直線に敵へと飛んでいき――


「弾かれた!?」


 ――モスグリーンな敵の魔導機がその身に風をまとうと、私自慢の《火球》は受け流されるように弾かれた。


 うそ!? あのおとぼけ女神からもらったチート魔力な私の魔法を弾くなんて、今まで十六人衆のモグラのお姉さんくらいだったわよ!? ……ということは、少なく見積もっても十六人衆並の強さを持った機体、もしくはあの“旋風”のイェルドとかいう男が私並の魔法の使い手ってこと!?


「フフフ、ハハハッ! 噂の“紅蓮の公爵令嬢”の火炎もこの俺には通用しないか!」

「……確かにあなたお強いみたいですわね。でも私の手の内はそれだけじゃありませんわ!」

「ほーん、ならその手の内とかいうのは、この“旋風”のイェルド様と魔導機〈フウジン〉が全て吹き飛ばしてやるぜ!」

「――ッ!?」


 ――〈フウジン〉!?


 聞き間違えかしら? いえ、確かにあの魔導機の名前を〈フウジン〉と言ったわ。フウジンはたぶん風神のことでしょうね。でもそれは私の前世世界での風の神様の名前だ。


 この世界の風の神様の名前は、風の神シュルツ。あのおとぼけ女神の名前だ。他にもいろいろ別名はあるけれど、フウジンなんて呼ばれることはないわ。つまり風の神の名前を名乗るなら、相手の機体は〈シュルツ〉になるはずよ。それが〈フウジン〉……。


 ――あのイェルドとかいう男のバックには、異世界人がついている?


 ない……とは言い切れないわね。現にハインリッヒなんて迷惑ロボットオタク異世界転移者はいたわけだし。それともここは私が前世で遊んだ「マギキン」に近い平行世界。前世日本の要素が見え隠れしてもおかしくはない……かしらね?


「ほらほらどうした“紅蓮の公爵令嬢”!? 来ないのならこちらからいくぜ。カモン《旋風》!」

「気安くその名前で呼ぶな! 《火球》五連!」

「ハハハ! 効かんねえ!」


 今度は五連の《火球》をぶつけるけれど、さっきみたいに風に弾かれてしまう。これでも無理か。単純な火力じゃ押し切れないのかしらね? となると次の手は――


 …………………。

 ……………。

 ……。


 ……なんで私は真面目に能力バトル的な考察をしているのかしら。いえ、ルビーとルイを助けたい気持ちでいっぱいなんだけれどね。だいたい“旋風”だとか“紅蓮の公爵令嬢”だとか、少年漫画みたいな二つ名の飛び交う戦場なんてやっぱりごめんだわ。


 そう、ここは愛と夢に包まれた乙女の為の魅惑の楽園、乙女ゲームの世界。何が楽しくてたぶん禿げてそう(予想)な相手とロボットバトルしないといけないのよ! 私に必要なのはエル、オー、ブイ、イーだわ。ラブプリーズ!



 ☆☆☆☆☆



「いたか?」

「いや、こっちには……。まったく、どこ行きやがったあのガキども!」

「急いで探し出せ!」


 物陰に隠れて僕たちを探す兵士をやりすごす。監禁されていた部屋から脱出した僕たちは、野性的感が冴えわたるルビー姉さんの先導の下、慎重に基地内を進んでいた。


 正直運動方面はとろくさいところもある僕――ルイ・レンドーンだけれど、姉さんのおかげでなんとかなっている。そんな感じで隠れ潜む僕たちの頭上を、ズドンズドンと振動が響き渡る。


「ルイ、これって……?」

「戦闘の音だろうね」


 この音と振動。間違いなく外で魔導機戦が行われているものだろう。助けが来てくれたのか。


「タイミングが良いのか悪いのか。これだったら大人しく待っていた方が良かったかもね」

「今更何言っているのよ。それに私たちが人質のままだと、レイナお姉様が思う存分賊をぶちのめせないじゃない」

「そうか、それもそうだね」


 レイナお姉様は責任感が強く、そしてお優しいお方だ。きっと今頃は無私の精神で僕たちを助けるために奮闘していらっしゃるだろう。ならば僕たちも今できる事をしなければいけない。


「じゃあ進もうか、姉さん」

「いえ、ちょっと待ちなさい。また誰か来るわ」


 僕が物陰から出ようとすると、さっと手を差してルビー姉さんが制止した。少し経って、コツコツという足音が響いて人がやってくる。数は四人。その内三人は先ほどの兵士と同じ感じの服装をした若い男。最後の一人は初老くらいの男だ。


「“旋風”イェルドはどうしている?」

「は、迎撃に出られまして、“紅蓮の公爵令嬢”と交戦中のようです」


 姉さんが声こそ出さないが、満面の笑みでこちらを振り向く。たぶん僕も同じ顔だ。やっぱり来てくれたんだ……!


「必ず捕獲を成功させろ。はそれをお望みだ。例の二人はまだ見つからんのか?」

「も、申し訳ございません。現在鋭意捜索中であります!」

「まったく……。“紅蓮の公爵令嬢”と〈ブレイズホーク〉の捕獲は難しいからと保険で捕らえておいたのに。これではの怒りを買うではないか……!」


 ……


 男たちの会話を聞く限り、中心の初老の男が僕たちを誘拐した集団のトップ――ないし上位者なのは間違いないだろう。じゃああのお方とは?


「クリフ様、やはり我々はこのような暴挙を働かず、地道にルーノウ派の復権を願い出るのがよろしかったのでは……?」

「お家亡き後、憎きレンドーンの家に取り入った裏切り者達のようにか? それでは子々孫々まで奴隷の身分ぞ。肉体的にではなく精神的にだ。そんな我らには手を差し伸べてくれたのだ。それに、例の奴等もいる」


 この発言を聞く限り、クリフと呼ばれた初老の男はやはりルーノウ派の残党か。クリフ、クリフ……確かクリフ・プルーイットという名の国外追放されたルーノウ家の老臣がいたはずだ。それがこの男である可能性は極めて高い。


「ですがあの要求は……!」

「無茶か? まあそうであろうな。しかし国外追放を言い渡された我が身にこれだけの魔導機を与え、“旋風”と例の機体を送り込んでくれたのはあのお方だ。ならばあのお方が望む、レイナ・レンドーンと〈ブレイズホーク〉を絶対に引き渡さなければならない。できなければ我々に待つのは死だ」


 ここでクリフを捕らえることができると、戦局は有利に進行すると思うが、いかんせん相手の数の方が多い。僕たちは静かに息をひそめ、クリフたちが立ち去るのを待った。


「ねえちょっとルイ、あいつら何を言っていたの?」

「……詳しくはわからないよ。あいつらのバックにあのお方と呼ばれる人間や、他にも協力している連中がいるとしか……」


 クリフたちが立ち去った後、ルビー姉さんはいかにも大混乱といった感じで僕に問いかけてきた。けれど僕にもどういう状況か完璧に理解するのは難しい。推論の材料が足らなさすぎる。けれど少なくとも分かったことがある。


「ひとつだけ言えるのは……」

「言えるのは?」

とかいう奴がレイナお姉様と〈ブレイズホーク〉を狙っていて、僕たちはその代用兼おびき寄せるためのエサとして捕まった。つまり……」

「つまり?」

「つまり、レイナお姉様が危ない。これはお姉様を捕らえるための罠だ!」

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