第187話 お嬢様はそんなこと言う

「それで、敵の拠点は特定できたのかしら?」

「はいお嬢様。敵はどうやらイヴァネスの森の内、山のふもと側のエリアに拠点を設けているようです」


 クラリスが地図を指さして説明してくれる。敵がどうやら広大なイヴァネスの森近辺に潜伏していると判明して以降、レンドーン家はその総力を挙げてエリアの絞り込みをしていた。


「敵の魔導機の総数は不明ですが、少なくとも十機以上。その上、最低一機の未確認機を含みます」

「……多いわね。その未確認機を含めて、残党が用意できる数とは思えないわ」


 クリフ・プルーイットなる人物を首魁とする敵は、それらの魔導機を天然窟てんねんくつを利用した拠点に隠しているみたいだ。たとえ山野の拠点でも、魔導機は整備運用可能だ。私とルークが二年生の時に潰した拠点もそんな感じだったしね。


「作戦としてはお嬢様率いる魔導機部隊が陽動を行い、その間に突入部隊が人質のルビー様、ルイ様ご姉弟きょうだいを救出。といったところです」

「なるほど。突入部隊はSP部隊の皆さんとして……、あれ? じゃあ私以外の魔導機部隊は?」


 レンドーン家の魔導機部隊の主力と言えば、私について大陸へと渡ったSP部隊の皆さんが乗る〈イグナイテッドイーグル〉の部隊だ。それ以外にも一応いるけれど、練度の関係もあって警備任務が精一杯だったはず。現にサイス領の部隊は一蹴された。


「護衛の者達を二班に分ける必要があります。ですがご安心を、突入部隊には私も加わりますので」

「クラリスも?」

「あら? お嬢様は私の魔法の腕はご存じでしょう?」

「それは……、そうだけど……」


 むむむ、まったくもって人が足りないわ。いつからレンドーン家は人数不足で回すブラック企業になり果てたのかしら?


 それにしても気がかりなのは援軍が望めないことよね。私の感覚だとレンドーン家と王家の関係は悪くなかった……いえ、むしろかなり良かったはずよ。国王陛下はお父様の献策によく耳を傾けてくれていたし、お父様も誠心誠意尽くしていたわ。


 それが今回の非常時にレンドーン家単独の作戦? 敵は下手な小国の魔導機部隊ぐらいいるのに? それも私の〈ブレイズホーク〉があるとはいえ、レンドーン家は先の大戦でも大きな痛手を負って魔導機部隊の再編制は終わっていないのに……。まあでも――、


「ただ待つだけの女に栄光は訪れませんものね。これは好機。全力を尽くして必ずや二人を救い出す。それこそが私、レイナ・レンドーンですわ! オーホッホッホッ!」

「レイナお嬢様、その意気でございます」


 つまるところこの作戦の成功は、私の双肩にかかっていると言って過言ではないわ。魔導機に乗ってドンパチするのは嫌だけど、二人の為にも頑張らないとね! うう、ルビーもルイも心配だわ……。二人ともどうか無事でいて……!



 ☆☆☆☆☆



「だーしーなーさーい! ここから出せー!」

「うるさい! いいかげんにしろ!」


 私――ルビー・レンドーンが力いっぱいドアを叩き、声をあげると、扉の外に立っているだろう番兵らしき人物がドンっと扉を叩いて怒鳴りつけてくる。


「こんな粗末な部屋、貴族である私に相応しくない! ちゃんと淑女として扱いやがれですわ!」


 サイス領を謎の魔導機部隊が襲撃し、不逞ふていやからにさらわれて、窓もないこの部屋に放り込まれてから数日が経った。


 食事は日に三度、金属製のドアについている細長い穴から渡される。味は最低だ。レイナお姉さまの作るお料理と比べたら、豚のエサと言っていいレベルだわ。


「ルビー姉さん、いいかげん大人しくしとこうよ……」

「ああん!? 何言ってのよルイ! だいたいあんたは不逞の輩から施しまで受けて、レンドーン一族としての誇りがないの!?」


 一緒の部屋に入れられている双子の弟のルイは、初日に要求して数冊の本を獲得して以来ずっとおとなしくそれを読んでいる。私は無理だ。本なんて数行……数単語読んだら眠くなりやがりますの。


「失礼な。これは施しではなくて交渉により勝ち取った正当な成果さ。それに現実的に考えて、現状どうすることもできないし、体力を温存して助けを待つだけさ」

「フン、もやしのあんたに聞いた私が馬鹿だったわ」


 まったく、なんでこんなに根性の無い男が私と血を分けた姉弟どころか双子なのかしら。でもそうね。私たちを大切にしてくださっているお父様やレスター叔父様、そして何よりレイナお姉様が大軍を率いてすぐに助け出してくださるはずだわ!


「見てなさい! あんた達なんてレイナお姉様が来たらすぐに消し炭なんだから!」

「うるせえぞ!」


 またドンっと外に立つ番兵が扉を殴る。まったく、粗野な輩は困るわ。


「レイナお姉さまが本気で魔法を撃つと、僕たちも消し炭なんじゃ……」

「馬鹿ね。素晴らしいレイナお姉様のことだから、きっと私たちの想像を超えた魔法で助けてくれるに違いないわ……いや――」


 ――いや、違う。


 私は助けてもらうことばかり考えていた。でもそれはレンドーン家の人間として、敬愛するレイナお姉様を目標とする人間として、間違った選択じゃないだろうか?


 レイナお姉様も、十歳の頃王都で誘拐された事があったそうだ。当時まだ小さかった私たちは、事件が解決してしばらく経ってからその事を聞かされた。その際、レイナお姉様はただ助けを待つばかりではなく、味方を呼び込むべく夜空に《火球》の魔法を放ったという。わずか十歳の女の子がだ。


「――いえ、レイナお姉様ならこう言うわね。『ただ待つだけの女に栄光は訪れない』って……」

「言うかなあ? 言うかも?」

「ええ、きっと言うわ。ルイ、耳をかしなさい。あんたの無駄にため込んだ知識を活かすときが来たわよ!」

「……つまり?」


 ルイは不安そうな顔で私の顔を覗き込む。でも大丈夫。あんたが沢山本を読んでいることは、伊達じゃないのを私は知っているわ。そこに私の運動能力が合わされば……!


「つまり、脱出するのよ! 私たち二人の力で!」

「脱出……!」


 いくらレイナお姉様とはいえ、十歳の女の子一人にできたことが十六になる私たち二人にできないわけがないはずですことよ。所詮相手は下賤な輩。この私たちの能力の前にぶちのめしてやりますわ!

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