第186話 要求と疑惑
レンドーン一族への襲撃事件と、ルビーとルイの誘拐が発生して三日が経った。二人の安否が心配だけれど、何らかの要求をのませる人質ということでしょうし、とりあえず命は大丈夫……のはずよね。
サイス領を襲ったのはグッドウィン王国製、アスレス王国製、ドルドゲルス王国製、バルシア帝国製と多種多様な魔導機が雑多に混じった部隊と、一機の見慣れぬスペシャルな魔導機。
その機体は長い手が特徴的で、サイス領の騎士団を瞬く間に壊滅させたと言う。敵がこれだけの戦力を用意できた理由がわからない。そして、いかなる勢力によるものかもわからない。
お金の流れ、人の流れ、そして捕縛した襲撃者からの情報。懸命に調べるけれども敵の足跡一つつかめない。当初は
「クラリス、犯人からの要求が届いたって本当ですの?」
「ええお嬢様。本日早朝、行商人伝手で持ちこまれたそうです」
聞けば王国東部、イヴァネスの森を進んでいたさる行商人が怪しげな仮面の男達に遭遇。脅され、書状を王都まで届けるように言われたそうだ。
かくして届いた要求を確認するべく、お父様と叔父様は朝から王都へと赴いている。イヴァネスの森……。あの辺りは高い山や深い森が多いわ。隠れるにはうってつけってわけね。
「……あれ、でもなんで王都に? レンドーン家から人質をとったのなら、レンドーン家に要求をつきつけるのではなくて?」
「それがどうも、要求の内容に関連するようです」
☆☆☆☆☆
「改めて、本日届いた要求の内容を確認したいと思います。『一つ、旧ルーノウ派閥の名誉の回復と所領の回復が行われること。一つ、現在王国が所有する全魔導機の引き渡しが行われること。一つ、現グッドウィン国王ジェラルドは退位し、アルフォーク公ダグラスが即位すること。以上三点を、真の忠臣であるクリフ・プルーイットの名によって要求する』以上になります」
トラウト公爵によって要求文が読み上げられ、集まった貴族達は要求者に対する怒りよりも要求内容に対する困惑に支配される。
――要求内容がてんでバラバラだ。
まずクリフ・プルーイットなる人物は見当がつく。かつてルーノウ公爵に仕えていたクリフ・プルーイットなる人物だろう。追放を言い渡され大陸に渡ったと聞いていたが、まさかこんな事をしでかすとは。
となれば一つ目の要求は納得いく。死したルーノウ公爵に未だに忠誠を誓う彼は、一派の復権を夢見ているのだろう。このような反乱どころか犯罪行為で、それが達成できるとは思えないけどね。だが残りの要求は……。
「して、一つ問おうかレンドーン。何故クリフ
王は
それが王の退位? 全魔導機の明け渡し? それらとレンドーン一族の子女が何故釣り合うと思うのだ。――いや、もちろん二人は良い子だし、将来はレイナを支えてレンドーン一族の柱となってしかるべき才能を持った子たちなのだが。
「はっきり申し上げれば、クリフは錯乱しているかと。そう答えるほかない要求かと思います」
「なるほど。しかし、その錯乱した男が未確認機を含めた魔導機部隊を指揮していることをどう見る?」
「それは……」
「まあいい。ダグラスは何か心当たりがあるか?」
「い、いえ! 私としても、まったくもって寝耳に水の話でして……。何故私の名前が出ているのか不思議に思い困惑しております……」
王の質問に額に汗を浮かべながら答えているアルフォーク公ダグラスは、ジェラルド王から見て従弟にあたる人物だ。反乱前のルーノウ公爵とは親しくしており関与を疑われたが、連判した証拠は見つからなかった。しかしそれ以来、誅殺を恐れてか自分の領地に引きこもっており、あまり王都で見かけることはない。
汗をぬぐうばかりのこの反応……、ダグラス殿は白と見える。大方ルーノウ公爵と親しくしていたことを知っていたクリフが、勝手に名前を出しただけだろう。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「なんだビアジーニ」
発言の許可を得たビアジーニ子爵は、こちらに対して不敵な笑みを浮かべた。なんだ、何を言おうとしているんだ?
「この一件、
「何を馬鹿な! 口を慎みたまえ!」
「待てレンドーン。ビアジーニ、言ってみろ」
言うに事を欠いて自作自演だと? ビアジーニ子爵はもう一度こちらに「フフン」とでも言いたそうな顔を向けると語り始めた。
「ご説明しましょう。まず、一連のレンドーン一族襲撃事件ですが、襲撃者はいずれも素人同然だったと聞いています。これは被害の出ないことを前提にレンドーン公爵が仕組んだことでは?」
「な、何を根拠に……!」
「レンドーン!」
「くっ……、失礼しました」
何故ジェラルド王はこのビアジーニ子爵のデタラメな妄言を許可するのだ。ビアジーニは急進的な若手貴族の中心として頭角を現しつつある。いくつかの先進的な献策も王にしているようだが、その信頼はここまでのものなのか?
「しかしサイス領だけは違った。魔導機部隊が襲撃し、二人の跡取りがさらわれた。何故か? 答えは簡単です。レンドーン公爵としては、愛する娘の地位を盤石にするために、年の近い二人の事が邪魔だったのです」
口だけは回るビアジーニの妄言は続く。隣で弟のレオナルドが、「兄上、誰も信じないでしょうから落ち着いてください」と私の肩に手を置いた。
「レンドーン公爵はルーノウ一派の没落後、旧ルーノウ派の人間を多く登用しています。彼らの伝手を使えば、旧ルーノウ派閥の犯行に見せるなど容易いこと。そう考えれば要求内容も納得できます。王家の力を削ぎ、魔導機戦力を削げば、独自の魔導機開発技術を持つレンドーン公爵は優位に立てますからなあ。まあ要求がのまれるとは考えていないでしょうが、その時は邪魔者を処刑することができるだけです」
旧ルーノウ派の人間を多く登用したのは、優秀な人間を遊ばせておくのがもったいないからだ。全ては国の為を想って……それをこの生意気な青二才は……!
「仮に私がそれらを仕組んだとして、いったい何の得があると言うのだ?」
「知れたこと。これまで謀略の限りを尽くして勢力を拡大したレンドーン公爵のことです。次に狙うのは王位では? 今回に関しても討伐軍が編成されれば、その指揮権はレンドーン公爵にあります。そのまま王都ウィンダムへと雪崩れ込むおつもりでは?」
「ふんっ、馬鹿馬鹿しい。噴飯ものの妄言です。いや、暴言とまで言っていい!」
まるで根拠の無いデタラメだ。こちらは一族をさらわれて救出方法に頭を悩ませているというのに。
「陛下、このような妄想に付き合うのは時間の無駄です。敵の根拠地はイヴァネスの森近郊である可能性は高い。周辺地域での軍事行動の許可をいただきたく思います」
「……よかろうレンドーン。我が退位を望む
「はっ!」
私と王。そして、レンドーン家を覆う近頃の空気は明らかにおかしい。魑魅魍魎が蠢く貴族界とはいえ、誰が味方かわからなくなる。
謎の魔導機の件もあるし、敵の戦力規模もわからない。だが話の流れ上、他家や騎士団の援軍は望めずにレンドーン家単独での作戦になる。レイナには頑張ってもらわないといけないな……。
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