第185話 見えざる敵の本命

「ええっ、戦われたのですか!? お父様が!?」

「そうだよ」

「お母様も!?」

「そうよレイナさん」


 血相変えてレンドニアに戻って来てみれば、予想通り両親も襲われたという報告。予想外だったのは両親がその刺客と自ら戦い、捕縛したということだ。


 なんという、なんということなの……!

 まさかお父様とお母様がこんなに強いなんて夢にも思わなかったわ。


 考えてみれば、私は両親が魔法を使っているところを見たことない。家事をしないから火を起こす必要は無いし、小さな頃私が転んでけがをした時はクラリスに治癒魔法をかけてもらった。でもそうよね。高位貴族なのに魔力が微々たるものしかなかった原作のレイナが異常なだけで、これが普通なのよね。


 でもまさか温厚なお父様と、私が決闘をすると聞いたら倒れたお母様までバトル展開になるとは思わなかったわ。お願いだから私の大切な両親まで魔導機に乗る展開はやめてちょうだいね。


「でも良かったですわ。お二人ともご無事で」

「ああ、レイナも無事で何よりだよ。しかし……」

「しかし?」

「……レイナ、君はこの襲撃犯をどう感じた?」


 どうってどういうことかしら? 私が質問の意味を測りかねていると、お父様はいつになく真剣な表情で、


「聞き方を変えようか。彼らの仕事はのものだったかい?」

「言われてみれば襲撃犯や暗殺者というよりも、なんだか素人ぽかった気がしますわ。つまりプロではなくですね」


 襲撃者は対象である私に気がつかれる程度の潜伏能力で、いくら精鋭ぞろいとは言え護衛部隊の方々に一瞬で制圧される程度の戦闘力だった。程度で言えば、この前リオが相手をした街のチンピラ程度だったわ。はっきり言って“紅蓮の公爵令嬢”を相手にするどころか、並みの貴族一人を相手取るにしても力不足な連中に思えた。


「そう、彼らはだ。それに手口も乱雑、多少謀略の真似事はしてきたが幼稚と言って良い。彼らにしっかりとしたバックボーンがあるのなら、魔導機の一つでも運用すればよかったはずだ」

「確かにそうですわね……」


 例えば以前戦ったイロモノ忍者なら、私を一人で誘い出して食事に毒を入れ、死角となるところで魔導機を使って襲撃してきた。アリシアが来てくれなかったら危なかったわ。


 例えば私を誘拐した双子の姉妹なら、町全体に催眠かけるという大規模な魔法を使って、差し入れのケーキに遅効性の睡眠薬をいれるという準備を経て誘拐を実行してきた。これもアリシア達が来てくれなかったら危なかったわ。


 そして何よりお父様の言う通り本気で暗殺を狙うのなら、この世界には魔導機なんて物が存在するのだからそれを使うはずよね。


「まだ取り調べを始めたところだけど、彼らは訓練された暗殺者というわけではない。そこらのゴロツキと呼ばれるような連中を雇って、思想を植え付けただけの存在にすぎないみたいだね」

「思想?」

「『レンドーンが富を独占している』『レンドーンを打倒すれば生活は楽になる』そういったものさ」


 貧困に喘ぐ人間に金をチラつかせ、鬱屈を抱いている人間に使命感と安易な敵をってことね。それで出来上がったインスタント正義の戦士ってところかしら。


「裏にいるのはルーノウ派閥の残党、もしくはドルドゲルスの僭称帝派なのでしょうか?」

「それはわからない。仮面していた理由も、ルーノウ派の成果と誇示したいのかそう錯誤させたいのか。いずれにせよ一つだけ言えることがある」

「……それは?」

「私たちへの攻撃は陽動だ。本命――連中のは別にある」


 そうか、そうよね。『レンドーンの家の者はことごとく死んでもらう』という言葉に引っ張られて、狙いはレンドーンの象徴である私たちだと思っていたけれど、その言葉が言わされたものだとしたら狙いは別にあるってことか。


 その時、コンコンとノックの音が聞こえた。間隔の短いその音からは焦りが読み取れる。


「入りたまえ」

「――ご報告申し上げます!」


 お父様が許可を告げるとバタンと書斎のドアが開け放たれ、額に汗を浮かべた執事のギャリソンが駆け込んできた。


「今しがた入った急報によると、ショーン様ご夫妻、トレイシー様、ハンフリー様も襲撃を受けた模様。いずれも賊はしりぞけられ、皆様軽症とのことです!」

「――お父様!」

「……ああ!」


 ギャリソンが読み上げたのは、いずれも遠縁にあたるレンドーンの一族だ。肥大したレンドーン領の一部を治めてもらっている。


 ショーン様ご夫妻は人の良い老夫婦だし、トレイシー様はカッコいい素敵な叔母様、ハンフリー様は少しカッコつけたがる癖があるけれど、面倒見の良いお兄さんだ。私の前世の記憶が戻った十歳の誕生日に勢ぞろいしていた一族の方たちであるし、新年の挨拶なんかで顔を会わせる。最近だとレンドーン領での戦勝記念パーティーでも顔を合わせたばかりだわ。


「ギャリソン、その襲撃の規模は伝え聞いているかい?」

「はい。旦那様を襲った賊と同じく、素人に毛の生えた程度の集団だったとのことです」


 つまり敵の本命はこれでもない。を排除したいという植え付けられた使命感に駆られた者達による、稚拙な襲撃ということだ。


 じゃあ敵の本命は何なの? こちらに目を寄せておいての王族の襲撃? もしくは単にレンドーン領に混乱を引き起こしたいだけ? そして、次のノック音が聞こえた――。


「入りたまえ」

「――失礼いたします!」


 飛び込んできたのはクラリスだ。不本意ながらトラブル続きで最近結構見ることになっているけれど、それでも珍しい血相を変えたといった顔色だ。


「レオナルド様が馬車でご到着されました! 負傷されています!」



 ☆☆☆☆☆



「レオナルド叔父様、大丈夫ですか!?」

「やあレイナ。治癒魔法を使ってもらったから、僕は大丈夫だよ……」


 叔父様は客間に寝かされていた。治療を済ませた後とは言え、見てわかるほどのボロボロっぷりだ。叔父様は叔父様で魔法の使い手だし、あの程度の襲撃者に後れをとったとはとても思えないわ。


「レオナルド、何があった?」

「襲撃です……! サイス領は魔導機の襲撃を受けました。迎撃の部隊を出しましたがその中の見慣れぬ魔導機に返り討ちにあい、屋敷は焼かれ、田畑も焼かれ……、そして何より――」


 ――見慣れぬ魔導機!? だとすると敵の狙いはサイス領だったの!?


 語る叔父様の目には涙が浮かぶ。一瞬言葉が詰まり、そして――


「――ルビーとルイが、私の愛する子どもたちが敵に連れ去られました……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る