第184話 レンドーン一族連続襲撃事件

「お、お父様達の今日のご予定は!?」

「レンドニアの劇場にてそろってご観劇のはずです!」


 正直血の気の引いて震えている私の早口の質問に、クラリスは努めて冷静に装いながら――けれど焦りを隠せない表情で返す。観劇中なんて一番無防備だわ。ただ殺すだけが目的の暗殺ならいくらでもやりようがある。


「すぐに馬車の準備を!」

「かしこまりました。さあ皆、お家の大事です。腕が千切れるくらい早く動きなさい!」


 あの時みたいに〈ブレイズホーク〉を呼び出す? ――無理だ。試しに魔力を込めて念じてみたけれど、反応はない。あんな奇跡みたいなこと、しょせんヒロインではない私には一発限りのボーナスゲームだったんだ。遠い奇跡より近くの現実。駄々をこねてみるより馬車の方が確実だ。


 レンドーン公爵領の中心都市レンドニア。この辺鄙な飛び地からはかなりの距離がある。けれど私は間に合わないといけない。絶対に防がないといけない。


 お父様もお母様も、私が十歳の時に前世の記憶を取り戻して以来、最大限の愛情を注いでくださった。大暴れし過ぎて“紅蓮の公爵令嬢”なんて異名をもらったり、中身にいたっては前世の記憶なんていうものがあるトンデモ存在なのに、いつも心配してくれていつも信頼してくれた。


 前世での私は、親孝行をする前に親より先に旅立ってしまった親不孝者だ。だから今世では前世の分もあの素敵な両親に親孝行をしたい。だから間に合って。だから無事でいて。レイナは今、参ります――!



 ☆☆☆☆☆



「素晴らしい舞台だったね」

「ええ、そうですねあなた」


 私――レスター・レンドーンの言葉に、隣を歩く最愛の妻のエリーゼも美しく微笑む。


 我が領地レンドニアでこれほどの舞台を見ることができるのは実に感動だ。文化と言う名の美酒を浴びると、平和を勝ち取ったのだと実感することができる。


 ルーノウ公爵の目論んだクーデター、そしてそれが呼び水となったドルドゲルスの侵攻、そして大陸への逆侵攻。ここ数年私は実によく働いたと思う。――いや、働き過ぎだ。


 エリーゼは私の留守をよく務めてくれたし、寂しい思いも沢山させてしまった。だから平和になった今、その埋め合わせ以上の事をしたい。こうして夫婦そろって観劇に出かけるというのもその一環だ。


 ――ドン、ドン


 劇場から外に出た瞬間、何度かそんな音が聞こえた。爆発音だ。見ればレンドニアのいくつかの区画から、黒煙が立ち上っている。


「な、なにかしら? 怖いわ」

「心配しないでエリーゼ、私がついているさ」


 しかし何だ? 何が起こっている?

 

 事故――いや、その線は薄いか。煙は複数個所から上がっている。魔法の暴発などを考えても、同時に複数の事故が起きたとは考えづらい。


 だとすると――攻撃。これは攻撃なのか? 我がレンドーン領を狙って? 何者が? 魔導機による攻撃はあるのか? いくつもの疑問が思い浮かぶ。同時に思い浮かべたのは我が最愛の娘の顔だ。


「ギャリソン、直接状況を確認してきてくれ」

「は、いえしかし、かく状況で旦那様と奥様を置いては……!」

「私たちは大丈夫だ、エリーゼのメイドもいる。しかしこれはギャリソンにしか頼めない」

「かしこまりました。それでは」


 執事のギャリソンは、長年仕えてくれている信頼できる男だ。下手に虚実入り混じった情報を集めるよりも、彼の見聞きしたことを参考にした方が対処しやすい。それに――


「あなた、避難しましょう」

「そうだね。じゃあ――」

「公爵様、こちらへ! ギャリソン様から仰せつかって、馬車を用意しております!」


 タイミングを見計らったように、使用人の服を着た糸目の男が声を掛けてきた。


「まあ! あなた、行きましょう!」

「……そうだね。案内してくれたまえ」

「かしこまりました」



 ☆☆☆☆☆



「こちらです、こちらでございます」


 私とエリーゼ、それにエリーゼ付きのメイドの三人は、糸目の男に先導されて路地裏を進む。観劇の為に着飾った、私たちのような貴族にはあまり似つかわしくない場所だ。


 通常であれば馬車は劇場の前に回されていた。しかしこの混乱した市中では、人混みに邪魔をされ馬車の移動が阻まれたようだ。いや、あの煙の昇った方向を鑑みると、で爆発が起こっているようだ。つまりこれは――。


「本当にこちらで合っているの?」

「市中は混乱しております。人混みを避け、こういった路地を進むのがよろしいかと」


 なるほどね。混乱した人混みの中では、はぐれてしまう可能性がある。さらに人混みの中に刺客がいた場合、対処できない可能性が高い。しかし逆に考えれば、、とも言えるね。


「奥様、大丈夫ですか?」

「少し歩くのが辛くなってきたわ……」

「まあ大変。まだ馬車にはつかないのですか?」

「はい、もう少しで到着します」


 お付きのメイドが支えているけれど、エリーゼもヒールで歩くのに疲れているだろう。では、そろそろ茶番に付き合うのは終わりにしようか。


「ひとつ質問があるんだけど、いいかな?」

「なんでしょうか、公爵様?」

「……君は一体誰だい?」


 動揺したのか、前を行く男の足が止まる。


「だ、誰とはどのような含意の質問でしょうか?」


 ゆっくりと振り向いた男の顔には微笑みが張り付いているけれど、政治の世界を生き抜く私の目は誤魔化されない。薄らと開いたその瞳には焦りの色が見える。


「確認するけれど、君はレンドーン家の使用人なのかい?」

「当然でございます。ゆえにこうやって旦那様と奥様をご案内申し上げているのです」

「いいや、君はレンドーン家の使用人じゃない。だとすると、君は一体誰なんだい?」


 今度こそ隠し切れない焦りの色が、男の張り付いた微笑みの上に浮かび上がる。


「何をおっしゃいますか、私はレンドーン家に仕える――」

「君の顔を私は見たことがない。今日が初めてだ」

「最近お仕えし始めた新入りでして――」

「私はレンドーン家に仕える人間は全て記憶している。たとえそれが新人でもだ。皆大事な家族だからね。温厚篤実で生きてきたレンドーン家をあまり舐めないでもらいたいな」

「……くっ!」


 執事、メイド、庭師、コック。その他レンドーン家に仕える人々のだいたいのプロフィールを私は把握している。それが我がレンドーン家の生き残ってきた篤実さであるし、それが上に立つ者の義務であり礼儀であると思うからだ。


「まあ、そうなんですの? 見慣れないとは思いましたが、私はてっきり新しい使用人かと」


 エリーゼ、君はもう少し人の名前を覚えた方がいいね。まあ君はお付きのメイド以外の使用人と接する機会が少ないからな……。


「レンドーン家の使用人は多いですから、私もてっきり……」


 君も同僚の顔と名前を覚えようか……。


「クソッ! バレちゃあしょうがねえ……!」


 男はそんな事を言いながらそれまで張り付いていた笑みを捨て去り、凶悪な顔で懐から何かを取り出した。仮面だ。


「その仮面のデザイン、ルーノウ派閥の手の者かな?」

「さあね。どちらにせよ、ここに誘いこまれたお前らは終わりだよ!」


 威勢よく叫ぶ男の後ろから、同様の仮面をつけた十数人の男たちが現れる。


「誘い込まれた? 不思議な事を言うね。なぜ私がギャリソンに別行動をとるよう命じたかわからないのかな?」

「なんだと……!?」

「あの爆発が陽動と言うのはすぐにわかった。そして使用人を名乗る見慣れない顔の男。私は誘い込まれたのではない、誘いこまれてやったのさ」

「へっ、強がりを。レンドーン家の者は死にやがれ! 《火――》」

「《熱線》」

「――グウ!?」


 魔法を放とうとした糸目の男の右肩を、逆に私の魔法が貫く。


「《水流砲》! あなた、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。君も気をつけてね、エリーゼ」

「な、なんだお前ら……!?」

「君たちは暗殺対象の強さもしらないのかい? 私もエリーゼも学生時代の成績は優秀でね。高位貴族の家系だし、当然魔法も得意ってわけさ。君は暗殺対象の能力も把握していないのかい? 杜撰なものだ……いや、使というわけか」


 愛する娘のレイナが決闘と聞くと失神してしまうエリーゼだが、自分が戦うのは別だ。昔から微笑みながら的確な魔法を放つ。


 目的も背後関係もわからないが、この男の口ぶりからして今頃レイナも襲撃を受けているかもしれない。その行為は許されざる蛮行だが、レイナの事なら大丈夫だ。彼女は私たち夫婦の予想を超える素敵なレディに成長した。


「“紅蓮の公爵令嬢”の両親が弱いと思ったかい? だとしたら酷い考え違いだ。さあ、懺悔と後悔の時間だよ?」

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