第182話 立ちふさがる難問

前書き

今回はディラン視点です

―――――――――――――――――――――――――


「ぬわんですってぇぇぇぇぇぇっ!?」

「うおっ、どんな雄叫びだよ……」


 僕――ディラン・グッドウィンが普段いかに冷静沈着とはいえ、心の底からの叫び声もあげたくなるというものだ。その原因である従兄弟いとこのルークは、まるで自分は関係ないとでも言うように落ち着いている。


「トラウト領に! レイナが! 泊まりに来るなんて! 聞いて! いませんッ!」

「言ってなかったからな」


 実の兄弟同然に育った従兄弟からのなんという裏切り行為……!


 はっきり言って油断していた。戦争という非日常的な空間を共に過ごし、レイナとの絆が深まったと安心していた。――けれどそれはみんな一緒だ。それならばお料理研究会という未知の領域でアドバンテージを稼ぐ人間が、強力なライバルにならないはずがない。


「まあ安心しろ。お前の想像するようなことは……なかった。うん」

「ぬわんですか今の間はあああっ!?」

「おちつけおちつけ」


 おちついてなんていられない。ルークは嘘のつけない男だ、となれば今の間は何かあったに違いない。確定的に明らかだ!


「レイナと言えば王都近郊の魔導機格納庫に行った時、たまたまパトリックと一緒になったらしいな」


 ――なんと! おのれパトリック謀ったな!?

 それならば僕も専用魔導機の改修案とか理由をつけて行けばよかった。


「でもキャニングもいたからろくに話はできなかったそうだ」

「さすがは魔導機開発の天才!」


 さすがはエイミー・キャニング女史。魔導機開発の天才は恋愛アシストの天才でもあったか。よし、魔導機予算の増額を進言しよう。


「それで思い出した。俺達が行けなかった戦勝なんとかのオープン記念パーティー、レイナとライナスは出席したらしいな」


 ――な、なんと! 戦勝記念パーティーは終戦後すぐにあったので、こちらは形式的なもので兄上が出席するからと僕とルークは別件を言いつかって出席を見送ったのに……!


 パトリックも自領の都合で欠席したと聞く。まさかライナスとレイナ二人きりにさせてしまうとは……!


「だけど途中でミドルトンがレイナを連れ出したから、ろくに話はできなかったらしい」

「さすがは生徒会長!」


 さすがはリオ・ミドルトン女史。伝統のエンゼリアで生徒会長になる者は相応の器があったか。今度彼女が主演を張る公演に花を贈ろう。


「しかしこうしてはいられません! ウィンフィールド、すぐに出発の支度を!」

「はっ、かしこまりました殿下」

「おーい、どこ行くんだよ。おーい」


 ルークが呼び止める言葉すらもう耳には入らない。善は急げだ!



 ☆☆☆☆☆



「まことに申し訳ございません。レイナお嬢様は昨日レンドーン公爵領に帰られて……」

「そ、そうですか……、いえ、お気になさらず……」


 レンドーン家の王都の屋敷。意気揚々と来たはいいものの、そこにレイナはいなかった。留守を預かる執事が、ひたすら申し訳なさそうに謝る。


 なんと間の悪いことだ。かくも運命は僕の前に立ちふさがるのか。明日以降のスケジュールを考えるとレンドーン領へと行くことはできない。万策尽きた……。


「なんという……、なんということだ……。ん? あれは……」

「ディラン様!」

「アリシアにサリア、どうして王都へ?」


 失意のまま馬車へ乗り込もうとした時、目に入ったのはアリシアとサリアだった。王都ではあまり見かけない二人だ。何か用事があるんだろう。


「お久しぶりですディラン様。私が王都にいくつかの用事があって、ついでにアリシアも誘って遊ぼうかと」

「はい。それでレイナ様にも会えたらと思ったのですが、ご不在みたいで……」


 なるほど。つまり僕と一緒というわけか。


「これも何かの縁です。少し話をしましょう」



 ☆☆☆☆☆



 メインストリートには面していないが、落ち着いて話すには丁度いいのでよく訪れるカフェテラスに腰を落ち着けた僕たちは、近況報告という名の雑談に興じていた。アリシアは元よりサリアも昔は僕と話す際ひどく緊張していたように思うが、今ではそれなり以上には打ち解けた仲だ。


「――それで、レイナ様の下を訪れたと」

「その通りです」

「ディラン殿下はレイナ様の事めちゃくちゃ好きですよねー!」

「そ、そんなことは……!」

「え? 嫌いなんですか?」

「いいえ、違います。好きです……」


 いや、サリア。打ち解けたと言ってもグイグイ来すぎではないだろうか? しかし、ここは――


「お二人とも、相談があります! はっきり言って僕は恋愛に未熟です。何か女性目線からのアドバイスをいただけないでしょうか……」

「え……」


 何故かサリアが気まずそうにアリシアの方を見る。当のアリシアはというと、それまで黙って紅茶を飲んでいたティーカップを置き、静かに顔をあげた。


「己を知り、自分を知れば百戦危うからず……。ディラン殿下はレイナ様の事をいかほどお知りでしょうか?」


 どうだろう。レイナとは長い付き合いだ、良く知った関係と言える。しかしそれは十分なものだろうか?


「アリシアはそれを熟知していると?」

「当たり前です。私は卒業後、レイナ様お付きのメイドとして仕える者。生半可な愛の御仁にレイナ様は渡せませんね」

「……それをどう証明するのですか?」


 僕の問いかけに、アリシアはニヤリと笑った。普段の花が咲いたような笑みとは違う、どこか暗い笑みだ。


「私の出すレイナ様クイズに答えていただきます」

「面白い。このディラン、見事答えて見せましょう」

「わかりました。では第一問、レイナ様が昨年食べたアイスの中で、一番多く食べた味はなんでしょう?」


 ――わ、わからない!

 なんという難問だ!


 これを聞くということは、アリシアは答えを知っているということ。それほどの愛がなければレイナにはたどりつけないか……!?


 視界の片隅で、サリアがため息をつきながら頭を手で押さえた。



 ☆☆☆☆☆



「――第七十八問の答えは1862回でした。はずれです」

「くっそおおおおおおおおお!」


 これまで一問も正解していない。所詮僕の愛はこの程度だったのか!?


「あの、これ知らなくていいことですからね」


 そう声をかけてくれるのはサリアの優しさか同情か。


「やれやれ、ディラン様はまだまだ勉強不足のようですね」

「そのようです……」

「いや、だから知る必要のないことしか聞いていませんからね?」


 昨年の誕生日にクラリスへ何をあげたか。芋を焼こうとしたら火力が高すぎて炭になった話。レイナが昨年食べたパンの数。僕は何一つ知らなかった!


「悔しがっているところ悪いですが、知らなくていい、むしろ知っていたらおかしいことですよー」


 サリアの気休めの言葉すら僕には受け取る資格は無いのかもしれない。片やアリシアは得意気な顔だ。


「レイナ様が欲しければ私よりレイナ様に詳しくなることです。レイナ様を幸せにするためにも……!」

「はい、精進します!」


 この敗北を謙虚に受け止めなければならない。そして示すんだ。僕こそがレイナを幸せにしてみせると!


「自分マニアが増えるって、それレイナ様幸せかなー?」



 ☆☆☆☆☆



「あ、兄上!」


 王宮に帰ると、たまたま兄上――グレアム・グッドウィン第一王子とお会いした。お互い忙しい身の上なので、久しぶりに顔を会わせる。


「おおディラン、またレンドーン家にか?」

「いえ、レイナには会えずじまいで……兄上! 僕はまたと言われるほどは言っていませんよ!?」

「ハハハ、隠すな隠すな。お前の青い心なんぞお見通しよ」


 ……立場の事もあり隠しているともりだったが、お見抜きとはさすがは兄上。


「“紅蓮の公爵令嬢”か……。延臣の中には俺との婚姻を勧めてくる者もいる」

「なっ!?」


 いや、ありえる話だ。レイナの実績とレンドーン公爵家の力を考えれば、妥当とも言える。


「ハハハ、心配するな。俺はかねてより進められているフィルトガの第一王女との婚姻を破棄するつもりはない」


 フィルトガはランゲルの隣にある大陸南方沿岸の国家だ。海を隔てて接する我が国との連帯の意味は大きい。


「ディラン、我ら高位の者に市井しせいの者のような恋愛など存在しない。しても辛くなるだけだ」


 兄上の言う通りだ。だが――、


「だが、兄としてこれだけは言っておく。後悔しない選択肢を選べ。それだけだ」


 それだけ言うと、グレアム兄上は立ち去った。さすがは兄上。次代の王になる男だ。いくら”万能の天才”と僕が褒められようとも、兄上の上に立とうなどとは考えもしない。


「後悔しない選択肢、か……」

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