第181話 変わらないもの

「どうだレイナ、大きいだろう?」

「ええライナス。その……、すごく大きいわ……」


 マジマジと近くで見ると、改めて大きさがわかる。それを見上げると、私は正直威圧される。だってこんなに大きな物、恥ずかしい。


「恥ずかしくなんかないさ、立派だろう?」

「ええ……、その……、立派ですけど……」

「けど……? オレの腕前に不満でもあるのか?」

「不満もないですけど……」


 不満なんてない。でも恥ずかしい物は恥ずかしいし、ちょっとも恐怖心がないかと言えば嘘になる。今の私はそんな複雑な乙女心と羞恥心に支配されているわ。ドキドキと胸の鼓動が早くなる。


「じゃあどうした?」

「どうしたもこうしたも……やっぱり大きすぎでしょこの!!!」


 私たちの目の前には、デデーンと効果音がつきそうなくらいとてつもなく大きい私の肖像画!


 この肖像画の正体、それは私がこの世界へと帰って来た時に行われていた、「レイナ・レンドーンを偲ぶ会inエンゼリア王立魔法学院」で飾られていたライナス渾身のだ。


 そうこれは遺影!

 いぇーい!


 うん。おバカな事を考えることができるだけ私はまだ冷静だわ。


「これ本当に……飾るんですの?」

「当たり前だろう。オレもそれがこの作品に相応しい舞台だと思っている」


 私が生きていた今、この巨大な遺影は必要ないし、いくら広いからってレンドーン邸に飾りたくもないし、はっきり言って持て余していた。


 破棄しようか……けれどライナスが私のために描いてくれた渾身の大作を破棄するなんてもったいない。その甘さが私にとって命とりだったわ。


 私たちが完成祝賀会に出席しているこの施設――このたびオープンする王立戦勝記念館なる建物。そのメインとして私の遺影は飾られる。しかも“王国に栄光をあたえし英雄にして勝利の女神、紅蓮の公爵令嬢の肖像”なんて大層な題名までついてだ。こんなことになった犯人について、私は心当たりがある――。


「いやあ、私も父として誇らしいです。勝利の女神としてレイナが永遠に記録される。うん、実に素晴らしい!」


 と、少し離れたところでテンション高く談笑しているレスター・レンドーンお父様だ。普段権力を振りかざさないのに、こんな時ばっかりゴリ押ししてくれちゃって! 未来永劫私の巨大肖像画が王都に飾られるなんて、なんという地獄。私はそんなに自己顕示欲強くないわよ!


「オレはそんなに謙遜することはないと思うがな」

「……謙遜?」

「そうだ。あの大戦を勝利に導いたのは、間違いなく“神の使徒”であるレイナだからな」


 そう言ってライナスは、思い出すように目を細めて少し上を見上げた。


「私は……あまりそうは思いません」

「そうか?」

「はい、あの戦いが終わったのはみんなの力のおかげです。本当は心優しくて絵を描くことが大好きな男の子が、勇気を振り絞って戦ったのを私は知っています。そんな一人一人の純真な願う心が平和をもたらしたのよ」


 苦労していないかと聞かれれば嘘になる。私もこの世界を愛する一人としてドンパチの中を必死に生き抜いたわ。それに同じ世界出身者として、ハインリッヒの暴挙を止める責任が私にはあった。


「ボクはそんな勇気を振り絞ってなんて――いや、オレは……」

「ウヒヒ。ほら、ライナスだって謙遜しているじゃないの。みんなが頑張って責任を果たした。だからこの平和をみんなで守っていきましょう」

「……そうか。そうだな。平和じゃないと落ち着いて絵も描けない。オレが描いたこの肖像画を見てみんながそう思ってくれたらな……」


 え、あ、うん。なんか結局いい話っぽくまとまったけど、私の肖像画にお願いしても私はご利益とか授けることはできないわよ? 自称女神の知り合いはいるけれどなんかロクなことしないし。



 ☆☆☆☆☆



「あ、いたいた。お嬢ー!」

「あれ、リオ? 珍しいわね、あなたがこういうパーティーに出席しているって」


 他の展示作についての打ち合わせがあるとかでライナスと別れた後しばらく壁の華をしていた私に、スカイブルーのドレスを着たリオが駆け寄ってきた。


「名門エンゼリアの生徒会長ともなれば、こういった催しには出ないといけなくなるものなんだって」

「大変ね~」


 あんなにお貴族様的な事が嫌いだったリオがパーティーでの挨拶回りとか頑張っているのを見て、お姉さんはその成長に涙が出るわ。


 生徒会長か……。いまだにリオがその役職にいる違和感すごいけど、立派にこなしているみたいだし就活とかに有利っぽいわよね。いえ、この世界の就活が履歴書片手に走り回るものじゃないのだけれど。


 私が履歴書に書けるような事……。お料理研究会の創設と世界を救った事くらいかしらね? “神の使徒”って役職かしら?


「なあお嬢、パーティーも飽きたし抜け出さねえか?」

「ウヒヒ、それもいいかもしれませんわね」


 お料理は一通り食べた。挨拶もある程度済ませた。そうすると、自分の超巨大肖像画があるこの空間に長居は無用ね。お父様とは後で合流すれば良いし、食後の散歩でもしますか!



 ☆☆☆☆☆



「こうして歩いていると思い出すわね~」

「何を?」

「昔もよくあなたの案内で王都を探検したじゃない」

「そうだったねえ」


 というわけで会場を抜け出して王都の裏路地。今までいたパーティー会場とは180度違う別世界。世界に名だたる我らが王国の王都ウィンダムと言ったって、一本路地裏に入ればこんなものだ。そんなところをうら若き乙女がパーティードレスに包まれて、二人だけでうろついていたら――、


「おいおい姉ちゃん達、俺達と遊んでいかねえか?」

「ヒッヒッヒ……」

「楽しいことしようぜ~」


 ――こんな連中が寄ってくるわけだ。デブ、ノッポ、チビ。ものの見事に悪党モブな連中ね。


「私たちは食後の散歩をしているだけですわ。悪いけれどあなた達に用はないからどいてくれるかしら?」

「ツレないこと言わねえで遊んでこうぜ?」


 交渉決裂。ドレス着たままカモがネギしょって鍋とIHコンロも持ってきたみたいな感じで歩いている私たちも悪いけれど、まあでも仕掛けてきたのはあちらさんですし……。


「仕方ないですわね。《火――」

「――ちょっと待った。お嬢の魔法だとこの狭い路地裏じゃあ威力が強すぎる。ここは私に任せな」


 と、さえぎってくるリオ。まあ確かに、私が撃つと下手したらこの区画ごと吹き飛ぶしね。


「私が相手だよ。かかってきな!」

「世間を知らないお嬢様ってか? わからせてやるぜえええ!」

「わからせられるのはあんたらだよ。《流水脚りゅうすいきゃく》!」


 ナイフ片手に突っ込んできた小柄な男に、魔法によって水をまとったリオのキックが炸裂する。


「こいつ、ケンカ慣れして……!」

「遅い! 《激流掌げきりゅうしょう》!」


 次は掌底がノッポに叩き込まれる。リオの魔法は水と体術を組み合わせる。拳の勢いに水のジェットの勢いが加わるわけだ。


「ヒ、ヒイイ……!」

「これに懲りたら真面目に働くんだね。《大渦落おおうずおとし》!」


 最後は投げ技だ。自分の倍は体重がありそうな相手を、目にも止まらぬ速さで地面に叩きつける。食らったデブは一発でノックダウン。悪党モブ三人衆は一瞬で片づけられた。


「ありがとうリオ!」

「いいってことよ。抜け出すのを誘ったのは私だしな」


 リオは昔からケンカが強い。エイミーも含めた三人でうろついている時に絡まれたら、いつもリオがこうやって私たちを護ってくれた。


「それにしても裏手の治安は相変わらずねえ。こういう事を考えたら、私たち貴族の統治はまだ頑張らないとね」

「私とお嬢が出会ったのも人攫いの馬車の中だったしな。あの時も思ったけれど、お嬢は抜けているのに、なんか大人びているよなあ……」

「え? え、そうかしら? オホホ」


 大人びているというか、前世で二十云歳まで生きていたからね。単純に経験の差かしらね。


「すぐに責任を一人で抱え込もうとするところがさ。もう少し周りを頼りな」

「え? じゃあリオにいっぱい頼っちゃおっと」

「おう、どんどん頼りな」

「ウヒヒ、頼りにしているわ」


 変わっていくものもある。変わらないものもある。リオは出会った時から私の頼れる友人だ。きっとこれからも、いつまでも――。

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