第179話 消えた魔導機
前書き
今回はレスター・レンドーン(レイナ父視点です)
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「我々はドルドゲルスとの和平交渉が弱気だったのではと言っているのです!」
「そうだ!」
「その通りだ!」
御前会議は例によって
我がグッドウィン王国を中心とした連合国軍は、大ドルドゲルス帝国との大戦に勝利した。苦しい戦いだったが、我が娘を始めとした多くの人間の力によって成し遂げられた。
戦争の終わり。それは政治的に、当事者国による平和条約が締結され発効された段階のことを言う。今回で言えば、擁立させた新国王率いるドルドゲルス王国との平和条約だ。
「なぜ領土を獲得しなかったのです!」
そう、今しがた若手貴族の一人が叫んだ通り、我が国は領土割譲を要求しなかった。要求した物と言えば賠償金くらいなもので、後は各国と協議して軍備に関するいくつかの注文をつけたくらいだ。
「それは何度も説明した通り、大陸に飛び地が発生することの国防上の難点を――」
理由は今ラステラ伯爵が説明している通りだ。
大陸国家のドルドゲルスから領地を割譲させるとなると、必然的に我が国は大陸に飛び地を持つことになる。そうすれば周辺各国は我が国の大陸への野心を疑うだろう。国防上の観点から見て、害の方が大きい。しかし不満を持つ連中は、アスレス王国や小三ヵ国は領土を要求していることを引き合いに非難する。
「であれば、何故賠償金をもっと多く請求されなかったのです!」
「それは関係各国とのバランスを――」
「それが手ぬるいと言っているのです!」
若手貴族の中心人物、ビアジーニ子爵の鋭い舌鋒が飛び賛同する者達から拍手が起こる。先代は温厚な人物だったが、どうやら当代の当主はかなり毛色の違う人物のようだ。
さて賠償金だが、これ以外に答えはないのだけどね。確かに領土占領の憂き目にあった国――アスレスや小三ヵ国は当初、新生ドルドゲルスに対して無茶な賠償額を要求していた。だがそれを、我が国が主導的な立場をとることにより制止した。何故か?
ドルドゲルスの返済可能額を大幅に超えた無茶な額の賠償金を要求すれば、かの国の復興は難しくなり、ドルドゲルスの民たちは必ず大きな不満を抱く。
そうなれば強硬的な政権の誕生、そのまま再び大陸に戦火の嵐が吹き荒れるまであっという間だ。アデル侯爵が先日「勝ち戦しか知らん連中はいかん」とぼやいていたが、なるほどこういう状況を言うらしい。
「皆様落ち着きください、王の御前であることをお忘れなきよう」
「レンドーン公爵は多くの土地を持つゆえ落ち着いておられよう。ご息女は戦争の英雄であられるし、その名は高まるばかりですな。“王国の金庫番”が次に狙うはどちらですかな?」
「……ビアジーニ子爵、軽率な発言は慎まれるよう」
「おっと失礼。しかし――」
ルーノウ一派の反乱を鎮圧して以降、我がレンドーン一派は王国の最大勢力となった。とはいえ王国貴族が全て私の意のままということはなく、また私もそのような差配をするつもりはない。
――だが、誠に野心無きことを証明するのは難しいことである。
我が領地のいくらかを返納し、此度の戦争で戦功をあげた者に配すことを進言しようかとも思った。しかし大勲功をあげたのは我が娘レイナであるし、主だった活躍はラステラやアデルなど我が派閥に協力的な者達だった。
(王は……)
「…………」
ジェラルド王はやはり沈黙を守っておられる。あらぬ嫌疑で攻め立てられる私に助け舟を出す気はないということだ。年上の王に信頼されているという自負はあった。“王国の金庫番”として誠実に仕えている自信があった。だが、今の王との関係は――
☆☆☆☆☆
「災難でしたなあ、レンドーン公爵」
「これはトラウト公爵。まあ、やっかみを受ける立場と言いますか……」
若手貴族の不満を一身に受ける御前会議が終わり家路につこうとしていたところ、トラウト公爵から声を掛けられた。
「貴方に野心がないことは知っています。私からも国王陛下にとりなしておきましょう」
「助かります」
助かる。本当に助かる。トラウト公爵の妻と王妃殿下は姉妹だ。その彼からとりなしていただけるのはありがたい。
「してレンドーン公爵、少しお耳に入れていただきたい事が」
「ほう、なんでしょう?」
トラウト公爵が顔を寄せ、声を潜めて話してくる。このパターンはまた……、きっと難題だな。
「我配下の者が調査したところドルドゲルスの旧魔導機工廠のいくつかで、あるはずの資材が存在しないことがわかったのです」
なるほど。資産隠しか。古今東西、敗戦国がその軍事機密や資産を易々と明け渡してなるものかと、重要書類を焼いたり設備を破壊したりということはよくある話だ。
だが今回は少し訳が違う。魔導機――それも技術的に一歩先を行くドルドゲルス製魔導機の部品、もしくは開発中機体の消失が世界にどれほどの影響を及ぼすか。工場、機械部品といったこれまで未知であったものの管理接収が遅れたことは否めないな。加えて、すでにかの国は足りない賠償金の一部を魔導機で支払っており、それらの流出問題もある。
「事態は妻との関係のように厄介なのものです、レスター・レンドーン公爵閣下」
「ほう、学生時代浮名を流した貴公でもですか、ウォルター・トラウト公爵閣下」
若き時分、地味な学生生活を送っていた私と派手な学生生活を送っていたウォルター殿。学生時代それほど付き合いがあったわけではないが、それでもこれくらいの冗談は言い合える仲だ。
「ハハハ、致命的な事態にならぬよう我らが目を光らせねばなりますまい」
「物資の動き、人の動き、また地道な作業が増えますね。……ところでトラウト公爵、レイナがここしばらくそちらの領地にお伺いしているとか?」
レイナは数名の供を連れて、トラウト公爵領に一週間ほど滞在すると言っていた。まさか……、まさかとは思うがまさかなのか? いや、うちのレイナに限ってそれはなさそうだが。
「ええ、そう聞いております。何でもお菓子を作るとか。レイナちゃんさえよろしければこのままルークと結婚、我が領地で暮らしても大丈夫ですよ?」
「ハハハ、ご冗談がお好きで」
「ハハハハハハ」
いや、笑っているが今のトリスタン殿の目は本気だったな。レイナのエンゼリア卒業。私とエリーゼもそろそろ子離れする時が近づいているのか……いや、まだまだ私たち夫婦の可愛いレイナでいてほしい。
いかに戦場で大活躍し、“紅蓮の公爵令嬢”として敵に畏怖され味方に称賛される存在であっても、私とエリーゼの大切な娘に変わりはないのだから――。
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