第174話
「うわっ!? ごめんなさいお母さん!」
「誰があんたのお母さんよ! 私は女神よ~! め! が! み!」
おとぼけ女神……?
見渡してみればここは懐かしの不思議死後空間だ。
「いい? 面倒だから取り乱さないでね~。あなたは死にました」
あっ、そっかー。私は死んだのだ。ハインリッヒと相打ちになって魔導サーバーの大爆発に巻き込まれて。
前世では死ぬ寸前に
「で、死んじゃったから転生するためにここにいるってわけ? 今度も記憶の引継ぎはあるのかしら?」
「あら、意外に冷静ね? 記憶の引継ぎはないわ~。一般の
「世界を救ったボーナスとかは?」
「当店ではそのようなサービスを行っていまっせ~ん」
女神はにこやかな笑顔でそう言いながら、手でバッテンを作る。こいつ……、いったい誰に命を護ってもらったかわかってんのかしら?
「……これだけは言っておくわ~。ありがと、世界を救ってくれて。あなたが輪廻転生で忘れてしまっても私は忘れないわ」
「当たり前よ! はっきり、まるっと、真剣に覚えておきなさい!」
「はいはい、じゃあさっさとこっちに進んでゲートくぐって~。死者蘇生はゴネても無理だから。さっさと終わらせてイケメン
「くっそ腹立つわね……って
「当たり前じゃな~い! ネット回線は通っているし公共放送だって見られるわ~」
いやいや、こんな不思議ファンタジー空間にネット通っているなんて誰も思わないでしょ!? というか回線工事した業者どこよ。そして公共放送はここまで集金に来るのかしら?
「まあもろもろはどうでもいいから、ネットがあるなら私にちょっと貸しなさい!」
「なんでよ!? さっさと転生なさいよ~!」
「ちょっと気になることがあるのよ。さあ早く! ハリアップ!」
急かす私に女神はしぶしぶと言った感じで承諾し、腕を一振りした。すると私の前に、五角形でクリアカラーが特徴の妙に古いパソコンが現れた。
「ちょっと借りるわね」
一応、
さてと、私が目指す先は一つよ。それは乙女ゲーム攻略サイト大手のマギキン攻略ページ。私の心の片隅にあった、残り四枚のスチルの謎を解くためだ。
「えっと……、隠しルート! やっぱり。それで内容は――」
私はルートの内容、分岐方法、そしてルートの名称を読み進めていく。そこに書いてあったのは意外な真実だった。
「――レイナルート……?」
紅蓮の公爵令嬢 第174話
『レイナルート』
一枚目のスチル。アリシアに嫌がらせをしていた令嬢を
二枚目のスチル。アリシアにパン作りを教えてもらうレイナ。レイナが不器用にも上手く作れていないところは違うけれど、その光景は何度もこの目で見てきた。
三枚目のスチル。レイナの窮地に駆けつけるアリシア。そして共同戦線を張る二人。状況はまるで違う。けれど私たちのピンチにアリシア〈ミラージュレイヴン〉で駆けつけた時を想起させる。
そして四枚目のスチル。エンディングだ。
お互いを認めたアリシアとレイナが、卒業式の後で星空の下に語りあう。二人の関係は身分を超えた友人として、もしくは良いライバルとして今後も続いていくと示唆する内容だ。これは記憶には無いわ。
「な、なによこれ……」
ページを移動してネタバレ感想欄を見る。「シナリオは良いんだけれど何故レイナルート?」「シリウス先生ルートを期待していたからがっかり」「乙女ゲームで女の子攻略する必要ある?」「スタッフの趣味か酷い目にあうレイナの救済か」非難というよりも困惑の方が色濃い内容だ。まあそうよね私もびっくりだわ。
その中の一つの「これって友情エンド?」というコメントを見て、私は腑に落ちた気分になった。
友情エンド。それは主に男性向けの恋愛ゲームで、どの攻略対象キャラとも結ばれずにエンディングを迎えると、主人公の親友ポジションのキャラが「お前との学園生活、すごい楽しかったぜ!」とか言って慰めて終わるエンドだ。
良い光景だけど恋愛ゲーム的にはバッドエンド。このレイナルートは少し特殊だけれどこれに当たると思う。まあスタッフがレイナというキャラを気に入っていたのは間違いないでしょうね。
「というかこれって……!」
私があの世界で歩んできた道を、おおむねなぞっていると言っていいわ。結局死んだし、デッドエンドを回避しようと私があれこれ頑張っていたのはまるで無駄なあがきだったってこと?
「私は……運命を何一つ変えることができなかったの……? 自分の意志で進んでいると思って決められた運命の道を歩んでいただけ?」
「それは違うと思うわよ~?」
「……どこが違うの?」
「星を見て語るシーン、あなたこの前似たような事してたじゃな~い」
言われて思い出す。帝都ロザルス攻略戦の前にマクデルンの街で、星空の下ディランと話した事。
「その時はアリシア・アップトンと二人だけだったかしら~?」
「いいえ、違うわ」
最初はディランと二人だけだった。けれどこっそりついて来ていたみんながいた。そして私はみんなに「エンディングの向こう側の物語を
「レイナ・レンドーン。あなたは多くの事を成し遂げ、多くの人間と関係を築いたはずです。その歩みは大きな螺旋となって、ついには世界を救った。残念ながら命を散らしてしまいましたが、あなたは運命を乗り越えたのです」
おとぼけ女神の言葉は実に女神っぽいもので、何より力強かった。
「ウヒヒ、ありがと。さあやり残したことは終わったわ、さっさと私を転生させなさい。今度こそ平和な世界ね。のんびりスローライフを送らせなさいよ」
ロボなしはマストだ。みんなとの生活は楽しかったけれど、ゴネても死者蘇生は無理っぽいし新しい人生を歩みましょうか。前世で二十数年、今世で十八年。足して五十年も生きれば私的には上々の人生だったわ。
「じゃあオマケもつけてあげるわね~」
「いらないわよ。もらったら最後、どうせまたろくでもない事をさせるつもりでしょ」
「……チッ」
舌打ちをした!?
人が感心した後にまったくこのおとぼけ女神は!
「……転生、本当にスローライフな世界でいいのね?」
「何言ってんの? 私の望みは前死んだ時から一貫してるじゃない。それにレイナ・レンドーンとしてあの世界に戻ることはできないんでしょ?」
「それはそうね~。まあいいわ~、これを見なさい」
そう言って女神は何かを私に投げてよこす。
「これは……私の手鏡?」
「あなたの部屋から拝借してきたわ~」
「で、なんでこの
「覗き道具って……。これにはちゃんと『見通しの手鏡』って由緒ある
私のお楽しみ道具に、まさかそんなちゃんとした謂れがあったとは思わなかったわ。
「魔力を込めて見て見なさい。あなたが望む世界が映るはずよ~」
「そんなの悠々自適のスローライフ生活が映るに決まっているじゃない。あんな危険な目二度とごめんだわ」
私は魔力を込めて手鏡を覗き込む――。
「みんな泣いてる……」
――みんな泣いてる。お父様もお母様もクラリスもディランもルークもライナスもパトリックもシリウスお義兄様もエイミーもリオもサリアも……そしてアリシアも。みんなみんな泣いている。私が死んだことを嘆き悲しんでくれている。
「私があの世界へ生き返ることはできないんでしょ?」
「その通りです」
「じゃあどうしてこんなもの見せるのよッ!」
私はこみ上げてきた感情のままに、手鏡を足元へとたたきつけた。神器だというそれがパリーンと砕け散る。
「私だって会いたいわよ、みんなに!」
「安全なスローライフの世界と未だ危険のあるマギキンの世界、あなたはどちらを望むのですか?」
「それは……」
あの世界は危険がいっぱいだ。なんか魔法の火力はおかしいし、戦いはつきものだし、極めつけは魔導機なんてロボットが大暴れしている。ほんと命がいくつあっても足りないくらいだわ。
対して、私が前死んだ時から一貫して求めているのは平和なスローライフ。ゆるゆるほのぼの田舎暮らしをするの。森の素材でお料理なんかして、贅沢じゃないけれど楽しい暮らし。
「レイナ・レンドーン、あなたは本当にスローライフなんて
おとぼけ女神の言い方はどこか挑発的だ。――でも私は私自身に嘘をついていたのかもしれない。皆との思い出が蘇る。心の中の皆が呼んでいる。ああもうわかったわよ……!
「スローライフなんて望んでないわよ! ゆるゆる? ほのぼの? もふもふ? そんな暮らしをしていたらすぐにボケたお婆ちゃんだわ。私はなんだかんだみんなと過ごすあの刺激的な毎日が楽しかった。たまにバトル展開したっていい。みんなと分かち合った日々が私にとっての宝物だったの。だって私はあの世界が大大大大大好きだから。あの世界に恋をしちゃっているから!」
それに田舎は田舎でいろいろ大変でしょ。はいはい、定年後はのんびり田舎暮らしなんて都会に疲れたサラリーマンの幻想でした。病院だってなんだって都会の方が多いし、アホの言い分でしたごめんさい!
「だからおとぼけ女神、今すぐ私を私が愛するあの世界に戻しなさい! みんなが待っているわ!」
「うん、それは私には無理~」
「こんんんのクソボケ嘘つきおとぼけ女神いいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
私の怒りの
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます