第172話

「オーホッホッホッ、愛は勝ーつ!」


 いやー素晴らしいわ。今、私は私を猛烈に褒めたい。喉に刺さった魚の小骨がとれた気分。転生して苦節十八年。やっとお気に入りの乙女ゲーム世界を謎のロボットワールドに仕立て上げた神様気取りの変質者を始末しました。今日は世界の祝日にしましょう!


 さーて、後は魔力サーバーをどうにかして破壊もしくは機能停止させましょうか。魔力をふんだんに蓄えた魔力サーバーは、言わば取扱い注意の危険なダイナマイト。うかつなことをすればドカンよ。ここはルークあたりに相談してついでに――、


「レ、レイナ様……!」


 ――もう軽く祝勝会のお料理の事を考えていた私の思考は、後ろから響くアリシアの声で強烈に現実へと引き戻された。アリシアの声には緊迫感が含まれている。何かあったのよ。イレギュラーな何かが。


「どうしたのアリシア!?」

「敵魔導機の反応がまだあります!」


 一瞬、彼女の言っていることがわからなかった。だけど響き渡るもはや聞き飽きた癇に障る声が、私に否応いやおうなく現実を叩きつける。


「ハッハッハ、コアロボットがなければ即死だった。いや、この場合はこんなこともあろうかとが正しいか。〈レーヴェカイザー〉が倒されたのは屈辱の至りだが驚きでもある。まさか私がこの世に生み出した魔導機がそれほどの進化をたどるとは!」


 眼前に現れたのは、巨大な魔導機だった〈レーヴェカイザー〉と打って変わって通常サイズの魔導機だ。コアとか言っているのを考えたら、あれが中に格納されていた本体? それで脱出を?


 まさかのまさかよ。ハインリッヒ、私たちの愛のこもった必殺技を受けて生きているなんて。憎まれっ子世にはばかるとはよく言ったものね。ゴキブリなみにしつこい生命力だわ。


「あんたいい加減にしつこいのよハインリッヒ。大人しく永遠の眠りにつきなさい。世界に対する迷惑防止条例違反よ!」

「フフフ、夢の為に諦めない姿勢を評価してほしいね。そこの小娘には説教されたが、私は夢の為には努力するタイプの人間なのだよ」

「結構な事ですけれど、それが大多数の人にとって迷惑って言ってんのよ。主に私に迷惑!」


 夢や目標を持つことは良いことだ。ライナスの良い絵を描く夢を応援しているし、リオの役者人生だって応援している。けれどハインリッヒのやっていることは、世界を自分のおもちゃ箱みたいに弄んで、人を人とも思わずに利用するような事。そんな傲慢な所業――つまり野望を、彼ら彼女らの夢と一緒にされるなんてごめんこうむるわ。


「俗人には理解できぬのならまあいいさ。ここで君にコアロボの素晴らしさと歴史をとくと語ってもいいが、私にはやるべきことがあるので失礼するよ」

「待ちなさい! 逃げるの!?」

「逃げる? そんなことはないさ。神を殺すという私の目的は一貫している。これから起動するのだよ、神殺しの魔法を!」

「起動!?」

「そうさ、特別に教えてあげよう。この城全体が神殺しの魔法の発生装置なのさ。戦闘の間にチャージは整った。あとは起動するだけだ。というわけでさらばだ」


 それだけ言い残して、ハインリッヒの乗る魔導機は上空へと飛び去ってしまった。すごい加速能力だ。きっとあの機体も並の性能じゃない。


「魔力反応は王宮の尖塔へと向かっています。レイナ様、追いかけないと!」

「そうね。……でもアリシア、あなたは退却しなさい」

「どうしてですかレイナ様!?」

「あなたもう魔力が限界でしょ? 私がわからないと思ったの?」


 激戦に次ぐ激戦で消耗し、先ほどの必殺技が決め手になった。アリシアからはもう微弱な魔力しか感じない。これ以上無理をすると命に関わるわ。


「きっとお役に立てます、どうか私をお連れください!」

「ダメよ――合体強制解除」

「レイナ様!」

「いいアリシア? 先に落下したみんなを回収して、できるだけ遠くに離れるの。なんだかとても嫌な予感がするわ」

「でしたらレイナ様もご一緒に!」

「私にはやるべきことがある。忘れないでアリシア、世界はあなたを中心に動いているの。きっと穏やかで幸せな日々をみんなに。じゃあね、ごきげんよう」

「レイナさ――」


 合体解除された〈ミラージュレイヴン〉が落下していく。あの状態でも飛べるから大丈夫なはずだ。〈ブレイズホーク〉の各部に装着されていた〈ミラージュレイヴン〉のパーツも、ボロボロなのでパージ。〈バーズユニット〉も壊れちゃったし、今の状態は初めて乗った時の〈ブレイズホーク〉に近い。


「〈ブレイズホーク〉、あなたはもう少しだけつき合ってね。さあ、行きましょうか」



 ☆☆☆☆☆



 王宮で最も高い塔の付け根部分。そこにハインリッヒはいた。魔導機に乗りながらも外壁に露出したなんらかのパネルをいじっている。


「《獄炎火球》! ――はじかれた!?」


 私が放った魔法は、再び見えない壁に阻まれる。どうして? あの魔法はみんなの魔力をぶつけて無力化したはず!


「おや、来たのかいレイナ。でももう遅い。魔力サーバーと〈レーヴェルガー〉を有線で接続している。おかげで君たちに破られた魔法も再び使えるというわけだ」


 そんな、じゃああの見えない無敵バリアをずっと張ってるってこと!? ずるいわよそんなの! まさしくチートじゃん!


「作業もすぐに終わる。そこで神が死ぬ瞬間を、指をくわえて見ているがいい」

「そんなわけないでしょ! 《火竜豪炎》、〈フレイムピアース〉! ――そんな!?」


 私の最大火力の超級魔法をまとった攻撃もむなしくはじき返され、これまで幾多の敵を斬り捨ててきた〈フレイムピアース〉が折れる。まさか……これほどの強度なんて……!


「無駄だと言っているだろう。しかし君は何故こんなにも邪魔をする。救世主メシア気取りかい?」

「それこそ前にも言ったでしょ! 私は勇者でも救世主でもなく、。レイナはマギキンの悪役キャラ、それも全部のルートで主人公の前に立ちはだかる極めつけのね。嫌がらせに謀略、他人の邪魔がなにより大好きな性格最悪女がこの私。だからあんたのくだらない野望に最後まで嫌がらせをしてやるわ。レイナの前で悪役気取りなんてナメんじゃないわよ!」


 役割ロールを果たす。それがここに私がいる理由。勇者でもなく救世主でもなく、ただひたすら誰かの邪魔をする悪役令嬢としてこの場に立つ理由。


「実に興味深い話だが、悪いがお喋りはここまでだ。作業は完成した」

「完成!? ああもうおとぼけ女神! 世界を救うついでにあんたを助けてあげるから力貸しなさい!」

『わかったわ~』


 女神降臨。うわマジで来た。というか来れるんならもっと早く来なさいよ。っていうか女神が来れるくらいに、この王宮は宇宙に近づいているってこと?


「ほう、それが女神か。しかしここで得意気に語って隙をつくるほど私は愚かではない。後はこのスイッチを押すだけだ」


 そんなお約束全否定の事を言ってハインリッヒはスイッチを押し――


「《闇の加護》よ、そして《光の加護》よ!」


 《闇の加護》は周囲の流れを遅くする。《光の加護》は肉体を強化し加速させる。その二つを私のチート魔力全開で同時に使うとどうなるか?


 ――時が止まった。


 答えはこうだ。私は一定空間の時間を疑似的に支配できる。


『驚いたわ~、あなた亜神くらいの所業をしているわよ~?』

「ごたくはいいからさっさと力を貸しなさい。すぐに切れるわ」

『はいはい、女神の祝福をあなたに~』

「よし、これならいける!」


 ちょっと癪だけれど力がみなぎるのがわかる。これならこの無敵バリアだって破れる確信がある。


 私は残った魔力全てを《旋風》の魔法に注ぎ込む。貫け、貫け、貫け。インチキバリアを貫いて、この世界に明日の朝日を灯す!


「お嬢様のドリルに貫けぬものは無し! 《真レイナドリルアタック》!」


 私の魔法は無敵かと思われたバリアを破り、そして――、


「――! なんだこの状況は!? 何が起こった!?」


 ――時を操っていた魔法が解け、ハインリッヒがうろたえる。


「その魔法で私を貫くと!? そんな事をすれば臨界状態の魔力は暴走する! 君もただでは済まない!」


 やっぱりそうか。なのか。運命なんて陳腐ちんぷな言葉を乗り越えようとやってきたけれど、結局私の行きつく先はそこなのね。


 マギキン三年目の卒業式、レイナにとっての運命の日は近い。辻褄つじつまは合う。結局私は死から逃れられない。でも――、


「ウヒヒ、それで私の愛するマギキンが戻ってくるなら安いものよ」


 原作だとみんなに散々嫌がらせをしたあげく死ぬレイナが、世界の平和と引き換えに散るのだ。大出世の大往生だいおうじょうじゃない? きっとカッコいいイベントスチルがあるわよ。間違いないわ。道連れが変質者ってのがなんだけどね。


「わ、私は……! 世界の神になる男なんだ――」


 ――そして空に閃光が走った。



 紅蓮の公爵令嬢 第172話


 『デッドエンド』



 ☆☆☆☆☆



 激戦の続く帝都ロザルスの上空が光り輝いた。激しい爆風と閃光の渦が、敵も味方もなく地上を襲った。そしてそれがおさまった時、見上げた空にそれまで飛翔していた王宮の姿はなかった。


 皇帝を僭称せんしょうしていたハインリッヒ・フォーダーフェルトは死亡あるいは消滅したと判断され、残るドルドゲルス帝国軍は“第一の剣”クリストハルト・ベルンシュタインの指示もあり武装解除。こうして長きにわたる戦いは、我が王国率いる連合軍の勝利となった。


 周知の事実だと思うが、世界を破滅に陥れようとした悪逆なる僭称者ハインリッヒを打ち倒したことを記念して、献身的な活躍をした英雄“紅蓮の公爵令嬢”の名をとって紅蓮の公爵令嬢の日と祝日にしている国は少なくはない。


 ともかく、王宮は塵ひとつ残さず消滅し、後に残るのはかつて王宮があった巨大なクレーターだけであったという。英雄の消滅に、多くの人々が涙したと伝わる。


 エリオット・エプラー著、「我らが王国の栄光ある歴史」より引用――。

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