第170話 異世界転生者VS異世界転移者

前書き

レイナ視点スタートです

――――――――――――――――――――――――――――


 王宮地下にある謎の巨大空間。心臓の様に脈打つ魔力サーバーが怪しい輝きを放つこの場所で、私たちはにやけた顔のハインリッヒと対峙していた。


「同郷のよしみで最後の警告をしてあげるわ。今すぐあんたのバカげた行いをやめなさい」

「バカげた? この崇高なる目的がかい? レイナ、君はいよいよ神の使徒に堕ちたみたいだね」

「おとぼけ女神の使いっパシりなんかに私はなってない。いいわ、もうわかった。それなら死にな――」

「消えてください! 《影の爪》よ!」

「――アリシア!?」


 私が魔法を放つよりも早く〈グレートブレイズホーク〉を動かした人間がいた。アリシアだ。彼女はサブシートから操縦し、《闇の爪》を展開して突っ込む。ハインリッヒとは接点のないはずなのに、並々ならぬ怒りを感じるわ。これが世界を汚されたゆえの主人公の怒り……!


「(レイナ様の寝室に侵入した)あなただけは許さないハインリッヒ!」

「そうよアリシア! (世界を我が物のしようとする)ハインリッヒは許せないわ!」


 私とアリシアの想いは一つだ。加速のついた鋭い一撃はハインリッヒが魔法を唱えるよりも早く、魔導機の上に生身でいるあいつに迫り――、


「はじかれた!?」


 何が起こったのかわからない。けれど私たちの攻撃は、何かの様なものに防がれた。魔法かしら? でも少なくとも私は知らない魔法だ。《光の壁》なんかとは違う魔法だと思う。


「フフフ、驚いているようだね? これは私のオリジナル魔法《インヴィジブルウォール》だ」

「どの系統にも属さない……!?」


 私も《魔法式ミキサー》を編み出したりしたように、魔法の改良や応用は一般的なものだ。けれどそれは元があってのもの。例えば《魔法式ミキサー》は《旋風》の派生だ。どの系統にも属さないということは、私たちが普段慣れ親しんでいる、火、水、地、風、光、そして闇属性の、六大属性に属していない魔法ということよね?


 つまりあいつが使った《インヴィジブルウォール》とかいうオリジナル魔法は、まったくの無からあいつが造り上げた魔法……!?


「神になろうとする人間が、既存の神が司る魔法を使うというのはお笑いだろう? そして――」


 ハインリッヒはパチンと指を鳴らした。すると地下空間全体を、強烈な振動が襲う。


「じ、地震!?」

「君たちに歴史の――いや、神話の終わりと始まりの物語を見せてあげよう」



 ☆☆☆☆☆



「彩れ《七色水刃》! コリンナ、しっかりしなさい!」

「《光子剣》! このままじゃ埒が明かない」


 僕たちが相手をしているのは樹海そのものだ。ツタや根を斬り払うだけではいつまでたっても終わりは来ない。そうしている間にもゾンビ兵の操る魔導機に囲まれて終わりだ。


「本体の所在はわかっている。一気に断ち斬らせてもらう」

「アデル、コリンナを殺すの!?」

「そうじゃない、僕は女性に涙を流させない主義だ。必ず助ける。彼女も、そして君も!」

「……わかったわ、あなたを信じる」


 そうだ。僕――パトリック・アデルはレイナと決闘してから何を学んだ? 女性の強さ、美しさ。そして彼女たちの信頼を勝ち取る為に己自身も強くあれと。


「輝け〈ジャッジメントソード〉! 《光子剣》最大出力!」


 自分を信じろパトリック。武門の名門アデル家の血を継ぎ、今日まで鍛錬に励んできた自分を信じろ。そしてその想いを全て剣に乗せる――!


「怨念を斬り裂けえええ!!! 《光子大剣》んんんんんんッ!!!」


 巨大な帆船のマストよりもさらに大きい光の剣。その剣で樹木に覆われた区画ごと、コリンナの魔導機を両断する。斬るのは人ではない。憑りつく怨念のみだ。


「死体が操縦する魔導機が動きを止めて……。コリンナ!」


 ヨハンナが魔導機から降りて駆け寄る。コリンナの魔導機に損傷は見当たらない。だが機能停止はしている。


「コリンナ、しっかりしてコリンナ!」

「ううっ……ヨハンナちゃん……?」

「コリンナ!」


 どうやら一世一代の大勝負は上手くいったようだ。僕は剣を教えてくれた父上と心の強さを教えてくれたレイナに、心の中で礼を言う。


「さて、レイナの救援に行かないと――地震!? ……あれは!?」


 ――浮いている。城がだ。

 レイナが突入したであろう王宮が、今まさに飛行している。天を舞う王宮の下部には不気味な心臓のようなものがついており、なおさら非現実的な光景だと思いたくなる。なるほど、先ほどの地震はあれが大地を離れる振動。


「最終決戦の舞台ってやつか……」


 〈ブライトスワロー〉のダメージは大きい、だが行かなければ。あそこにはレイナがいる――!



 ☆☆☆☆☆



「《火球》、《氷弾》、《旋風》、《岩石砲》!」

「手数で押し切ろうと? そうはいかん! 」


 なにかしら効くかと淡い期待を抱いて多様な魔法を放つが、その全てはクリストハルトの一刀の前に散る。


「そして――!」

「――クッ!」

「――我が秘剣《竜舌》、初見でここまで受けられたのは初めてに。お見事」

「そ、それはどうも……」


 受けることができたのが奇跡だと思うほどの鋭く、重い一撃だ。さすがは帝国最強の騎士……!


「しかし正直言いまして、私を導くなど殿下の実力では力不足ですな」

「力不足……。例えそう思われても、僕はあなたに膝をつかせねばならないのです!」

「ハインリッヒ皇帝陛下を王と認めない意地のためですかな?」

「その通り。ここで僕が膝を折れば、僕の後ろにいる何万という王国の民が傷つくことになる。ならば僕の剣には何万という命がかかっているのと同義!」


 遊びでここに立っているわけではない。戦士として、王子として、そして男としてここに立っている。


 ルークなら今の僕にこう言うだろう『折れてんじゃねーぞ、ディラン』と。パトリックならこう言うだろう『王国貴族の何たるかを示すんじゃないのですか、殿下?』と。ライナスならこう言うだろう『王子がそんな体たらくならレイナはオレが貰いますよ』と。


 心の中の友に叱咤激励され、今の僕は立っている。背負うのは万民の想いだ。


「……そう仰るのならば、私の後ろにも数多のドルドゲルスの民がいる。こちらも負けるわけにはいかない」

「果たしてそうかな?」

「……何!?」

「今のあなたの後ろのいるのは、私欲に歪んだハインリッヒただ一人です。本当にドルドゲルスの民がいるのですか?」

「ならばどうしろと!? 強すぎる力が争いを生まぬように私は――我が一族は時の皇帝に忠義を尽くすことにした! それがドルドゲルスの為であると!」


 この男も縛られているのだ。自分の生まれに、才能に。ならば――、


「あなたが仕えるのは悪しき皇帝か、それともドルドゲルスの民なのか!?」

「どういう意味だ!」

「自分で選ぶのです。無限の選択肢の中から、たったひとつの正解を。そうして僕もここにいる。そうして人々は生きている。選びたまえクリストハルト・ベルンシュタイン。一人の皇帝を護る剣となるのか、真に民を護る剣となり未来を支えるかをッ!」


 ――沈黙。長い沈黙が時を支配した。


 そして魔導機〈ドラッヘ〉はカランと大剣を地面に捨てた。それが答えだった。魔導機から降りたクリストハルトは地面に片膝をつき、首を垂れた。


「見事な言葉の剣でした。このクリストハルト、見事な太刀をいれられました。いかようにも処しください」

「処しなどしません。あなたにはこれからドルドゲルスの民を護る重要な使命があるのですから」


 最強の騎士はこれからは真に民の為に生きるだろう。となると僕は――、


「――地震!?」

「あれは! 王宮が宙に!?」


 それまで王宮としてそびえたっていた物が、何故か今は上空にある。まるで幼き日に読んだおとぎ話の様な光景だ。


「僕は行きます。ベルンシュタイン殿は?」

「私は行けません。一度は皇帝陛下にお仕えした身ですから」

「なるほど、その通りだ。ではシュタインドルフ殿らの介護をお願いしても?」

「承知しました。命までは奪う一撃を与えていないから大丈夫だと思います」

「ではお任せします。それでは!」


 最強の騎士との戦いは、〈ストームロビン〉に少なくないダメージを与えた。だが今は行かなければ!



 ☆☆☆☆☆



「ちょっとどういうことよハインリッヒ!?」


 宙に浮かび始めた王宮。それとともに上昇していくハインリッヒを追いかけるように、私たちは空中戦を演じていた。


「これも魔力サーバーの力。そして神殺しの魔法の為の第一段階さ」

「神殺しの!? そうはさせないわ《獄炎火球》!」

「いかな火力でも、当たらなければどうということはない」


 私ご自慢の火力を、〈レーヴェカイザー〉はひらりとかわす。くっそー、こいつ巨体のくせに機動力もあるわね。


「〈レーヴェカイザー〉よ力を示せ、《インヴィジブルアロー》!」

「――今度は見えない矢の魔法!? アリシアお願い!」

「はい! 《闇の加護》よ!」


 見えない攻撃を、《闇の加護》で遅くしてなんとか回避する。けれどこのまま続ければアリシアの魔力のほうがもたないわ。


「ハハハ、神話の終焉、そして黎明だ!」


 もうすでに神様になったかのような調子でハインリッヒの高笑いが天に響く。異世界転移者は野望に満ちて神の座を欲し、今その手に掴まんとしている。


 それなら異世界転生者である私はどうする? どうやって止めたらいい? ――いえ、悩む必要なんてないわ。立ちふさがる壁は全て火力で吹き飛ばす。それがこの私、ブラック企業の社畜****改め”紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーン様よ。オーホッホッホッ!

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