第169話 お嬢様とお友達

前書き

レイナ視点スタートです

――――――――――――――――――――――――――――


「アリシア、敵の動きを!」

「はいレイナ様、《影よ縛れ》!」


 アリシアの魔法によって地面から伸びた影が、敵の魔導機複数を縛り――、


「《火球》十二連打ァ!」


 〈ブレイズホーク〉の両手、両肩に備え付けられた四本のサブアーム、そして六機の〈バーズユニット〉から放たれた計十二本の熱線が敵を焼き尽くす。


「それで勝ったつもりか!」

「――クッ!」


 親衛隊を名乗るだけはあるわね。高性能機の〈レオパート〉部隊は一人一人が手ごわいし、倒してもその穴を埋めて連携をしてくる。魔力サーバーによる強化もあるのか、ヴェロニカ自身も以前戦った時よりもはるかに手ごわいわ。


「あなたは知らないでしょう!? ご主人様がいかに私を絶望の淵から救ってくださったか!」

「ええ知らないわよ。それにあんたの身の上話を聞く気もないから!」


 異常な魔力を王宮から感じる。明白に、確実に、世界に死の運命が迫っている。こうしている間にも本来の世界では死ななくてよかった人が死んでいるし、非道のハインリッヒによって魔力を吸い上げられている人もいる。


 おとぼけ女神が言うところの、生命のバランスを欠いた世界だ。生と死の理が破壊され尽くされようとしているわ。


「こんなところであんた達と遊んでいる暇はないのよ!」



 ☆☆☆☆☆



 王立エンゼリア魔法学院。生徒たちが集められた大ホールの壇上に、私――リオ・ミドルトンは立っている。


 緊張はまるでない。生徒会長という役職をこなせるか始めは心配だったけど、意外にもこの役職は私に向いているようだ。壇上に立ち、生徒会長という役を演じるのは演劇と一緒。要は必要とされる役を演じるのだ。後は度胸。


「生徒諸君。みなも知っているように、現在ドルドゲルス帝都ロザルスにおいて激戦が行われている。この中には家族が戦地にいるという者も多いだろう」


 ホールにいる生徒の数はまばらだ。戦地へと赴いた当主に代わって所領で政務を行っている者もいる。


「そして第二王子ディラン殿下を始めとする、本校の生徒のうち何名かと教員もその激戦に身を投じているのは周知の事実だと思う」


 もう半年以上も会っていない学友たちの顔を思い浮かべる。みんなどうか無事でいてくれ。毎日戦死の急報がくるんじゃないかと心配で、そういった悪夢も頻繁に見るぐらいだ。


「戦場から遠く離れた私たちにできることは何も無いのか、いやせめて祈るくらいはできる」


 安心しろお嬢。あんたたちが帰ってくる場所は必ず私が護ってやる。お嬢に出会う前は粗野な非行令嬢だった私が護っていてやる。だから――、


「共に祈ろう、戦士たちの無事を、そして王国の勝利を!」


 ――だからお嬢、一発ぶちかましてこい!


 大丈夫だ。あんたならやれる。そう信じてる。だってあんたは出会った時から強くて、優しくて、そんな最高の女で友達だから。


 だからお嬢――いやレイナ、私を救ってくれたように今度は世界を救ってくれ。



 ☆☆☆☆☆



「次の〈バーニングイーグルⅡ〉来ます!」

「右腕の換装準備よろしくて? 魔導コアの異常チェック急いで!」


 運び込まれてくる損傷した魔導機の状態をすぐに分析。最短時間で前線に送り返せるように作業を急がせる。ロザルス攻略の後方基地であるマクデルンの街で、私――エイミー・キャニングは魔導機整備の陣頭指揮を執っている。


 主力機の〈バーニングイーグルⅡ〉は私が中心となって開発した。ノータッチだった元の〈バーニングイーグル〉に比べれば勝手知ったる我が子ですわ。


「百二番機は完了しましたわ。八十七番機の作業を急いで!」


 同型と言っても一機一機に癖はあるし、なにより操縦者に合わせたカスタマイズがしてある。魔導機とはそういうものですの。一心不乱。無我夢中で作業に没頭する。少しでも気がそれると、レイナ様の事が心配過ぎて動けなくなってしまいそう。


 レイナ様と出会ってから幾年が経った。レイナ様は取り巻きを求めず、対等な友人をお求めになった。だから私は努力した。レイナ様と並ぶにふさわしい令嬢になる為に。そして、自分の得意な魔導機分野でもお役に立とうと心血を注いだ。


 安心してくださいレイナ様。魔導機好きの変わり者令嬢だった私にもできることはありました。貴女に出会って変わることができたから。だから――、


「この作業は私が三十分――いえ、十五分で片づけますわ。皆さんは次の準備を!」


 ――だからレイナ様は突き進んでください!


 大丈夫です。レイナ様ならやれます。だってレイナ様は出会った時から憧れで、高貴で、そんな最高の女性で友達ですから。


 だからレイナ様――いえレイナ、私を導いてくれたように今度は世界を導いてください。



 ☆☆☆☆☆



「《獄炎火球》! アリシア、合体して一気に決めるわよ!」

「わかりました、《闇の加護》よ! 合体開始!」


 魔法で牽制して、合体シークエンスを開始する。アリシアの乗る〈ミラージュレイヴン〉がバラバラに分解し、〈ブレイズホーク〉の各部に装着されていく。最後にマントの様に黒翼が装着されて、その鋼の巨神は完成する。


「合体完了〈グレートブレイズホーク〉! さあ、お料理の時間よ!」

「こけおどしを!」

「こけおどしかどうかはあんた自身で確かめなさいなヴェロニカ!」


 二刀で攻め立ててくるヴェロニカを、〈フレイムピアース〉ではじく。うん、パワーが段違い。これならいけるわ。


「感じるアリシア? みんなの想いを!」

「はいレイナ様、みんなの願いが、レイナ様を信じる心が魔力となって流れ込んでくるようです」


 そうよね。ヒロインのアリシアならみんなの想いを力に変えるなんて朝飯前よ。それが主人公補正というもの。言葉を力に変えるのはヒロインの特権。ありがたく利用させてもらうわ!


「ヴェロニカ、あんたにもいるのかしら? 支えてくれる人が!」

「私の心も体も全てはご主人様のもの。私の全てはご主人様の為に捧げている! 私には支えなど無用!」

むなしいわね。主人と下僕の関係じゃ決して為しえないことがあるのよ。人って一人だとなんにもできやしない。支えあう関係になって初めていろいろできるのよ!」


 エイミーもリオも、他の子たちだってそうだ。彼女たちは私の取り巻きではない。私は彼女たちを支え、私も彼女達に支えてもらう。それが友達。私の最高の友達たち。


 ヴェロニカが抱いているとは、脆く危ういものだ。だから私は取り巻きではなくて友情を求めた。力を崇めるのではなくて、力が無いからこそみんな協力しあうのよ。


「エイミー、リオ、力を貸してちょうだい! 《友情のお嬢様ファイヤー》!」

「ハインリッヒ様、例え死んでも我が魂はあなたと――」


 王宮前の広場を焼き尽くす激しい炎。溢れる魔力を炎に変換した〈グレートブレイズホーク〉の一撃が、親衛隊の〈レオパート〉を一気に灰燼かいじんに帰した。


「恨んでくれて構わないわヴェロニカ。けれど私には為すべきことがあるの」


 もはや消し炭と化した機体に向かって言葉をかける。ヴェロニカにとってはあの男が救いだったのかもしれない。けれど私はこの世界の終焉を防ぐために、あいつをどうにかしなくちゃいけない。


「……アリシア、王宮地下への侵入経路は?」

「探索……ありました。南西方向、それらしき空洞を発見。ウルブリヒ様らの資料とも合致しています」


 最悪王宮を吹き飛ばすことも考えていたけれど、アリシアの探知魔法で無事に発見できたみたいだ。魔力サーバーなんて危険物、取り扱いを間違うと大爆発を起こしそうだったから、まずは一安心と。


「誰もいませんね……?」

「不気味なくらいにね。ヴェロニカたちが最後の門番……だとするとあの男は……」


 ロザルスの王宮は広大な造りになっており、合体して大型化した〈グレートブレイズホーク〉でも搭乗したまま侵入できた。無人の王宮は、激戦の続く外とうって変わって不気味なほどに静かだ。


「あ、ありましたレイナ様。この竪穴のようです」

「これか……」


 まるで地獄の入り口みたいだ。魔導機が十分に通れる漆黒の大穴は、そう形容するのが相応しいほどの不気味さをたたえている。


「さあアリシア、最後の戦いよ。覚悟はいい?」

「レイナ様とならどこでも怖くはありません」


 後ろの席から緊張が伝わってくる。私は一つ呼吸をいれて心を落ち着かせると、果て無き闇を降りて行った。



 ☆☆☆☆☆



「もうずいぶんと降りていますよね」

「そうね。それに何もない……」


 ここに来るまで激しい攻防があったというのに、この王宮に入ってからは何の迎撃も出てこない。逆に不安ね。それにこの竪穴、資料によるとどうも作業用の魔導機の運搬ルートみたいだけれど、一体いつまで続くのかしら……?


「レイナ様、終点みたいです」

「どうやら……、そのようね」


 永遠に続くかのように思われた長い縦穴にも終わりがあった。ご丁寧に備え付けられた魔導機用の扉を開けると、広大な空間がと共に私たちを出迎える。


「こ、これは――!」


 とても地下とも思えない広大な空間にあったもの。それは宙に浮かぶ脈打つ心臓のような不気味な物体だ。紫に怪しく輝くは、生物的でも機械的でもあり、異様な雰囲気を放っている。


「もしかしてこれが魔力サーバーだとでも言うの!?」

「ご名答」


 私の言葉に答えるかのように男の声と拍手が響いた。


「ハインリッヒ……!」

「まさかここまでやってくるとは……。いや、不思議でもないか。お久しぶりレイナ、それに……アリシア・アップトンだったかな?」


 声の主は私が今ひっぱたきたい男ナンバーワンの変質者ことハインリッヒだ。見慣れない大型魔導機の手の上に乗っている。


「この魔導機は〈レーヴェカイザー〉、新たなる神の玉座だよ」

「聞いてないのに答えなくていいわよ気持ち悪い」


 赤・青・黄のトリコロールに金色をアクセントとしたその機体は、〈グレートブレイズホーク〉をも超える大型の体躯で、胸には勇壮な獅子の顔を持つ。そして世界の終焉をもたらすというのに嫌にヒーロー染みたその魔導機からは、強大な魔力の波動がほとばしる。間違いなくあれがラスボスね。


 天を裂き大地を割るような激しい最後の戦いの予感がした――。

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