第168話 汝の誇り、何処にあらんや

前書き

今回はパトリック視点スタートです

――――――――――――――――――――――――――――――


「ヨハンナちゃん、魔導機本体の位置はわかるかい!?」

「わからないわ……。どこにいるのよコリンナ!」


 迫るツタを切り払い、飛んでくる根を叩き切る。まさに樹海。街中にいるはずなのにまるで森の中にいるみたいだ。そして厄介なことに、その森全てが敵意を持って襲ってくる。いかに僕――パトリック・アデルの剣技が優れているとはいえ、こうも波状攻撃を受けるとどこかでほころびが生まれそうだ。


 だがこれだけの大規模魔法。魔力サーバーによる強化を受けているとはいえどこかに魔導機本体が潜んでいるはず。そしてそれはそう遠くない位置にいて、こちらを狙っているはずだ。


「――!? 魔導機まで来たか! 輝け《光子剣》!」


 植物相手に時間をかけ過ぎたか、敵の魔導機〈ブリッツシュラーク〉が迫ってくる。僕は《光子剣》を展開し、神速の剣技で迎撃する。


 それにしても、この帝都ロザルスを守る魔導機の数は尋常ではない。いくら敵の本拠地と言えども、それでは説明がつかないほど数が多すぎる。魔導機はともかく、操縦者の数をこれほど用意できるとは思えないのだ。帝国中から年齢を問わず操縦適格者をかき集めたのか?


「申し訳ないが手心を加える余裕は現状まるでないんでね。戦士として立ち向かってきた者達はせめて戦士として屠らせてもらう!」


 両断、両断、両断。《光の加護》で強化された神速をもって、迫りくる魔導機を次々に両断していく。しかしこの感触は……!


「ヨハンナちゃん、気づいたかい?」

「彩れ《七色水刃》! ……何がよアデル!?」

「ロザルスに入った時からおかしいと思っていた。こいつらの一部は斬った感触を感じない」

「……それってどういうことかしら?」

「直接確かめるのが早いさ」


 僕は両断した魔導機、その操縦席の部分を引きはがす。通常なら当然操縦者がいる位置だが、中から出てきたのは違う存在だった。


「こ、これはミイラ化した死体!? まさか死体が操縦を?」

「そのまさかだろうね。そして付着しているのはキノコ……菌類だ。ある種の菌類は寄生した宿主を操作する力があると聞いたことがある」

「まさか、そんな……!? コリンナがこんな美しくないことをするわけないわ!」


 おそらくだが、このミイラ化した死体は魔力サーバーの犠牲者だろう。元は帝国内の反逆者や敵国の捕虜だった人物たちだ。


 そしてそれを操っている菌類。この生ける死者リビングデッドは毒と薬の専門家であり、これだけの植物魔法を操るコリンナ・ファスベンダーの手によるものだろう。


「こうなるとなおさら止めないと――手下では止められないと自ら出てきたか!」


 まるで樹海がうねっているような魔導機だ。これが本体。コリンナ・ファスベンダーの操る機体ということか。


「コリンナ!? 私よ、ヨハンナよ! こんなことやめてちょうだい。あのハインリッヒに従ってどうなるというの!? こんな美しくないことは神様もきっとお許しにならな――くっ!」


 コリンナはヨハンナの呼びかけに答える気配はない。いや、植物と複数の魔導機による攻撃はよりいっそう激しさを増す。


「聞こえないのコリンナ!?」

「もしかしたら操られているのかもしれない」

「操られて!?」

「皇帝ハインリッヒは禁書の知識を持つという。精神に干渉する闇属性の魔法には、そういった洗脳の類の魔法もあるらしい」

「そう……、そういうことなら私の芸術アートでコリンナを止める……!」


 ヨハンナの声には悲壮感が漂っている。だが――。


「友と友で殺しあうなんて僕が許さない。女性同士ならなおさらだ」

「邪魔しないでアデル。友達だから……、こんな美しくないことをさせられているコリンナは……!」

「そうじゃない。もし仮に彼女が操られているというのなら、その怨念を断ち切る。それこそ真に美しいものであり、それこそが強さだ」


 強さにもいろいろある。力の強さ、心の強さ、そして信念の強さ。僕は今頃王宮にいるだろうレイナの強さを信じる。彼女の強さがこの争いの世に光を差すと――。


「だからヨハンナちゃん、そんな悲しい顔をしてはダメだ。友達を助けるんだろう?」

「……そうね。コリンナ、この私が――ヨハンナ・ピッケンハーゲンがあなたを縛る全てを彩ってあげるわ!」

「その意気だ。可憐な女性を縛る皇帝の怨念、このパトリック・アデルが断ち切ってみせよう!」



 ☆☆☆☆☆



「《雷霆剣》!」

「踏み込みが甘い!」


 機を見てはなった僕――ディラン・グッドウィン得意の一撃は、帝国最強の騎士“絶対最強”クリストハルト・ベルンシュタインにいとも簡単に弾き返される。


「中々の腕前であられる。だがこのクリストハルトに膝をつかせるには……力不足!!!」

「――クッ!」


 返しでくる高速の一撃をなんとか受け止める。光属性の強化魔法で最大まで強化された一撃だ。パトリックとの模擬試合用に対策を練習していなければ、とっくに死んでいた。


「しかしわかりませんな。決して己惚うぬぼれるわけではないが、私の相手など臣下を、それも複数名当てればいいだけのこと。第二王子たる御身が何故一騎打ちを挑まれるのか?」

「なに、好きな女性に良いところを見せたかったとか、そういう単純な理由ですよ」

「ほう……」


 わからないか。まあそうかもしれないな。戦う理由なんてものは、自分でも吹き出しそうになるくらい青臭いものだ。


「むしろ僕の方こそ問いたい。これほどの高潔さを持たれる騎士殿が、なぜ皇帝パトリックの神殺しなどという道理の通らぬことへ加担されるのか?」

「知れたこと。私はドルドゲルスの守護神、政治には口を出さず一途にドルドゲルスを護るのみ」


 即座に神速の剣撃。――だが来るとわかっていればある程度は対処できるというもの。つまり単純化してみれば、前から切りつけてくるか後ろから切りつけて来るかだ。


「なぜ大局的な視野を持たれないのか!?」

「幼き日より神童と謳われ、強すぎる力を持てばこうもなります。切れすぎる刃は望むと望まざるとに関わらず、人を傷つけるのです」

「だからハインリッヒのクーデターを見逃し、今は皇帝となった彼に仕えていると!?」

「それがドルドゲルスの民の意志ならば……!」

「あなたというつるぎを振るう男として、ハインリッヒを認めているのですか!?」

「認める認めないの話ではないのです!」


 強すぎる力は争いを生む。クリストハルトから伝わるのは諦めだ。――そう、形は違うがかつての僕を見ている様な、己の生き方を変えることを諦めた感情。他者が羨む能力を生まれ持ちながらも、自分だけの未来を思い描けぬ閉塞感。


「そのようなものに縛られた生き方とは! 《雷の旋刃》!」


 雷によって形成された二枚の盤。弧を描いて飛翔する旋刃は、クリストハルトの駆る魔導機〈ドラッヘ〉の赤黒いボディを切り裂く。


「舌戦に虚をつかれたか……! だが、《光よ癒せ》!」


 腕を切り落としても再生するのだ。少しの傷なんて瞬く間に再生されてしまう。


「そして私にできるのは接近戦だけではない! 《光の矢》よ!」

「――クッ!」


 もはや幾条もの閃光とかした《光の矢》が、〈ストームロビン〉の全身を貫く。

 なんて速さ! なんて正確さ! なんて威力の魔法だ!


「無駄です第二王子殿。降伏をお勧めいたします」

「……降伏はしません。できない理由があります」

「仲間や誇りのためですかな?」

「それもあります。ですが最大の理由は、僕がハインリッヒを王と認めないからです」


 クリストハルトの答えは沈黙。僕はこれを、素直に話を聞く姿勢だと受け取る。


「この帝都ロザルスへといたるまで、僕は帝国内の様々な街を見てきました。どの街や村も度重なる侵攻に伴う重税に苦しんでいました。いいですか? どの街や村もです」


 大量生産される魔導機、度重なる戦争。勝利し拡大し続けた新興の列強国であるドルドゲルスの実情は、国内に内紛や貧困を抱えた瀕死の病人だった。成り上がりの前皇帝、そして現在皇帝の座にいるハインリッヒは、随分とまあ民をかえりみない政治を行ってきたようだ。


「王の形にもいろいろありますが、民から搾取だけをし君臨するだけの者は王の器にあらず。僕は民を護り、慈しみ、そして導く者こそが王であると思います」

「導く……」

「そうです。神殺しなどという自らの妄執に民を巻き込むのではなく、より良い明日へと民を導く。それが正しき王のあるべき姿! そして導かれるはあなたもです、クリストハルト!」

「私も……?」

「そうです。あなたは仕える者から正しい未来を提示されていない。このディラン・グッドウィン、剣の腕はあなたに遠く及ばないが、ノーブルオブリゲーションのなんたるかをご教示しましょう!」


 上に立つ者は優しさを持たねばならない。レイナ、君にはそれがある。友を大切にし、民を慈しむ。そんな優しさが君にはあるんだ。僕は彼女の優しさが世界を包むのを信じる――。

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