第166話 帝国最強の騎士

「この区画を抜ければ王宮ということで間違いないですか?」

「その通りだレンドーン殿。しかしそうなるとこの奥には……」


 強固な防衛線を突破して、私たちは目指す王宮まであと少しというところまで迫っていた。パーッと飛んでいきたいところだけれど、無尽蔵の魔力を持つ私はともかく、他のみんなは魔力配分的に無理だ。私一人で突っ込んだところで袋叩きにされるのがオチだし、地道に攻略していくしかない。


「――あれは?」

「……魔導機〈ドラッヘ〉……やはりここにおられたか」


 私たちの行く手を阻むように仁王立ちしている一騎の魔導機。ユリアーナさんの言によると名前は〈ドラッヘ〉。重装鎧を身に着けた騎士の様なフォルム。大剣を地に刺して待ち構えるその赤と黒に彩られた機体は堂々たる偉容で、おとぎ話の勇者――もしくは立ちふさがる魔王を想起させる。


 ユリアーナさんとヴィム君の動きに緊張が混じる――いえ、これは怯えているわ。二人は私やパトリックとやりあえるレベルの強者だ。その二人が怯える相手っていったい……?


「クリストハルト・ベルンシュタイン殿……」


 うめくように声を絞り出したのはユリアーナさんだと思う。不確かになるくらい普段の彼女のいかにも女騎士のような堂々とした口調とはまるで違う。


「よくぞここまで参られた、グッドウィンの戦士たちよ。中には見知った顔もいるがまあいい。道を違えば剣を交えるは世の常であるぞ」


 その堂々としたたたずまいに反して、思ったよりも若い声だ。シリウスお義兄様より少し年上くらい、せいぜい三十代前半くらいだと思う。ただその声には力を感じる。絶対の自信が溢れている。


「私は帝国鎮護の十六人衆、“第一の剣エアストシュベルト”にして――」

「ちょっと待って。はいはいはーい、質問がありまーす!」

「……何かなお嬢さん?」

「”第一の剣エアストシュベルト”ってなんですか? こういう最終局面でいきなり初出の設定を出されてもユーザーは困ると思います」


 いかにも私が最後の関門ですみたいに現れといて、”第一の剣”ってなによ? 倒したら私は所詮四天王の中でも最弱の男。第二、第三の剣が貴様らをお相手しようとでも言うのかしら?


「設定……? ユーザー……? 少し質問の要領を得ないが、お答えしよう。”第一の剣エアストシュベルト”とは、帝国を護る騎士にとって最大の誉れと言っていいものだ。選ばれし十六人衆、その中でももっとも強きものに与えられる。君がここにいたるまで相手をしてきた者達も、必ず数字を名乗っていたはずだ」


 なるほど。第一が最強で第十六まで続く感じね。でも――、


「そんなの名乗られたことありませんわ。オリ設定喋るのやめてもらえますか?」

「……オリ設定? そんなことはないはずだ。隣に居る者たちに聞いてみるといい」

「それもそうですわね。ヴィム君、ユリアーナさん、そういうのって本当にあるのかしら?」

「……はい。僕は十五番フュンフツェンです。けれど低い数字が恥ずかしくて名乗っていませんでした……」

「私は八番アハトだが、ボシュナー姉妹より評価が低いのが気になって名乗ることは少ない」

「ええー! 本当にあるの!?」

「たぶん本当ですよレイナ様。私もレイナ様が連れ去られた時に聞きました」


 あら、本当にあるのね。突然少年漫画染みたオリ設定語りおじさんかと思ってしまったわ。話を聞くに自分から名乗りたくない人も多いし、自分から名乗るタイプの人と会った時は聞く前に倒しちゃったかんじね。


「すみませーん、本当にあるみたいですね! 続きをどうぞー」

「オホンッ……。私は帝国鎮護の十六人衆“第一の剣エアストシュベルト”にして“絶対最強ぜったいさいきょう”の異名を――」

「はいはいはーい、質問がありまーす!」

「今度は何かなお嬢さん?」

「絶対最強って自分で名乗るのヤバくありませんか? 正直ドン引きなんですけど……」

「……。君は察するに“紅蓮の公爵令嬢”レイナ・レンドーン嬢であろう。君の“紅蓮の公爵令嬢”とは君が自ら名乗り始めたものかな? たぶん周りの者が呼び始めたものだろう。異名とはそういうものだ。そして私の“絶対最強”も、この私の勇姿を称えるべく呼ばれ始めたものだよ」

「それもそうですわね。わかりました、続きをどうぞー」


 中学生っぽいオリ設定からの、小学生っぽい謎に強そうな単語引っ付けただけの自称かと思っちゃったわ。


「ちょっとレイナ、騎士の名乗りをあんまり邪魔するのは失礼ですよ」

「いいですのよディラン、私って騎士じゃありませんし。それにみんなの緊張もとれたでしょう?」


 いろいろ気になったのは本当だけど、あのまま素直に相手に名乗らせてどシリアスモードで戦闘に突入したらまずかったと思う。相手のペースにのまれずに、自分のペースに巻き込む。スポーツでも何でも重要な事ですわ。


「オホンッ……。私は帝国鎮護の十六人衆“第一の剣エアストシュベルト”にして“絶対最強”の異名をもつクリストハルト・ベルンシュタインだ。さあどこから――」

「《獄炎火球》!」


 最後の方は良く聞こえなかったけれど、たぶん「どこからでもかかってこい」とかそんなんでしょう。お言葉に甘えさせてもらったわ。


「オーホッホッホッ! ごめんあそばせ。右手が吹き飛びましたわね。これでご自慢の大剣も握ることなく勝負ありでしょうか?」

「ぬぅ……、噂に違わぬ見事な魔法よ。――だが! 《光よいやせ》」


 クリストハルトは呪文を唱えた。光属性の治癒魔法だ。それはわかる。――けれど結果は私の想像を絶するものだった。


「――!?」


 通常では考えられない現象だ。だって光属性の治癒魔法は肉体を治療する魔法。それが機械の腕を生やすなんてありえないわ。


「魔導機とて人体とて、魔力の流れがあるのは同じこと。ならば魔導機を己の肉体と仮定すればいいだけのことだ。そして――」


 ガシャリと音がして、ヴィム君とユリアーナさんの機体が地に伏した。相手が何かしたの? 斬りつけた? 嘘、まるで見えなかったわよ……!?


 両断されたわけじゃないみたいだけれど、生死はわからない。唯一私が理解できるのは、同じ十六人衆を名乗っている二人を一瞬で倒したという事実だ。


「――秘剣《竜舌りゅうぜつ》。その名の通り伝説の竜の舌の如く敵をたいらげる。さて“紅蓮の公爵令嬢”よ、一手お手合わせ願おうか」


 静かな口調だけれど、ビリビリとしたプレッシャーを感じる。――わかってしまった。私の方へと剣を向ける男はまさに“絶対最強”だ。なんでハインリッヒの下にいるかはわからないけれど、この人と魔導機〈ドラッヘ〉が尋常ではない強さなのは間違いない。


「おっと、パートナーのいる女性にダンスを申し込むとは、いささか無礼ではありませんか帝国最強の騎士殿?」

「ディラン……?」

「ここは僕に任せてレイナはアリシアを連れて王宮へ。僕たちの最高火力である〈グレートブレイズホーク〉ならきっと魔力サーバーを破壊できるはずです」

「でもディラン……、あなたじゃこの相手は無理よ」

「無理ではありません。レイナはいつだって無理と言いたくなるような場面を覆してここまできたでしょう? 今度は僕の番です」


 いつもの穏やかで優しい声だ。聞くと安心感がある。ちょっと弱音を吐くこともあるけれど、ディランはやっぱり頼りがいのある完璧王子だ。このロボットバトルまみれな世界でも、私がマギキンを始めてプレイして恋をした時とまったく変わらない。


「話は終わったかな? 第二王子自らがお相手とは光栄の至りなれど、この私が素直に彼女らを行かせると思うのかな?」

「僕は第二王子としてではなく一人の騎士として、男として貴方に挑みます。それを無視して女子おんなこどもを後ろから斬りつけはしないでしょう?」

「フフ、しかり」

「そして貴方は、そこまで皇帝ハインリッヒに義理立てしないはずだ」


 クリストハルトは答えない。ただの無謀で挑むわけじゃないみたいだし、ディランはこの騎士がどうしたいのかわかっている?


「レイナ、頼みますよ。皇帝ハインリッヒにノーブルオブリゲーションの何たるかを叩き込んでください」

「ええ頼まれました。どうかご無事で」

「そうですね……、無事に帰った暁にはレイナのお料理食べ放題を所望します」

「ウヒヒ、腕によりをかけてお作りいたしますわ」


 美味しいお料理をもう王宮を埋め尽くすくらい作ってあげるんだから。けれど太らないように気をつけてくださいね。


「さあアリシア、行きましょう」

「はいレイナ様。殿下、どうかご無事で」

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