第164話 悪役令嬢転生の真実

『可愛そお~うな死に方をしたあなたを女神の慈悲で転生、でもその先で私の知らないトラブルがあったからがんばってね~ん……という筋書きは、もう通用しないのかしら?』

「しないわね。あんたのその言い分、まるっと嘘でしょ」

『……いつ気がついたの?』


 私の答えに女神は心底意外そうな顔をする。軽く見られたものだわ。


「いつ気がついたかと言われれば最初からだけど、確信を持ったのはつい最近かしら」

『最近?』

「あんたは『神は人の世界には介入しない、滅んでもそれは人の勝手』みたいに言っていたけれど、それにしてはハインリッヒを排除する方に誘導しているもの」


 このおとぼけ女神は適当に受け答えているように見えて、必ず私がハインリッヒに敵意を抱くように答えていた。意識の誘導ね。


『私があなたの事を純粋に助けてあげているとは思わなかったのかしら~?』

「思うわけないでしょ」

『そう、迂闊だったわ』


 あんたが迂闊なのは知ってる。


「あんたにとって、自分の管理する世界へと転移してきたハインリッヒはイレギュラーだったはずよ。レイナ・レンドーンが誕生するよりも前、つまり二十年以上前に転移してきたあの男をあんたは最初放置していた。取るに足らない存在だと思ったんでしょうね」


 ハインリッヒが自ら語った内容、魔導機の出現、ドルドゲルス国内の政治情勢。そこらを勘案すると、あの男はもう長い事この世界で生きている。私が宇宙に上がったら即接触してきたこの女神が、派手に動いているあの男を知らなかったとは思えないわ。


「けれどハインリッヒは魔力を数倍に高める魔導機なんてものを開発し、禁書の知識にさえ手を出した。そして神殺しの野望を抱いた」


 ハインリッヒは「君のおかげで神の存在に確証を持てた」と言っていた。つまり神殺し自体は私に出会う以前から考えていたということだ。


「焦ったあんたはハインリッヒを排除できる人間を欲した。つまり――を求めた。そこで目をつけられたのが私。この世界とよく似たマギキンに強い愛着をもっていて、ハインリッヒに対して敵対心を抱いて世界を救ってくれそうな人間としてね」


 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと思ったら私は勇者だった……なーんて長文タイトルが頭に浮かぶ。笑えないわね。まったく笑えない冗談だわ。


「そしてあんたは仕事が適当なふりをして、動かすのに便利そうな立場もお金もある人間にハインリッヒを排除するためのマシマシ魔力をつけて転生させた。それが私――レイナ・レンドーン」


 実際の所、転生ではないのかもしれない。必要なのはマギキンの世界を愛する前世の私の記憶。それを十歳のレイナに結び付けたとしても成り立つ話だ。邪推かしら?


「私の推理、間違っている? もしかして私が前世で死んだのもあんたのせいかしら?」


 女神は私の話を瞳を閉じて静かに聞き、少し間を置いてからその瞳と口を開いた。


『間違っていないわ。ただ一つ自己弁護するなら、信じてもらえないかもしれないけれど、あなたの前世での死に私は関与していないわ。神は人の世に干渉できない。せいぜいお告げくらいで生殺与奪は無理よ』

「あらそう。ま、信じてあげるわ」


 まあそれができるなら自力でハインリッヒを排除してるでしょうしね。


『あなた最初から気がついていたって言っていたけれど、それはどうしてかしら?』

「簡単よ。前世で私の生きた日本にはこんな格言があるわ。ってね」

『タダより高いモノは無い……』

「そうよ! 私はね、前世でそれなりに人生重ねて社会人として生活していたわけ。辛いことも苦しいことも沢山経験したわ。だから好きな世界に転生とか、チートをプレゼントとかで素直に喜ぶ感性なんてないのよ。絶対に裏があると思っていた」


 神様がなんか理由つけて「君にすんごい力を授けよう!」とか絶対信じられない。むしろ信じる方がちょっとどうかと思う。だってそれって、街を歩いていて見知らぬ人から突然金塊を貰うよりもずっと怪しいじゃない。そんなんで「チートスキル最高! イェー!」なんてならないわよ。私はそんな薄っぺらい人生を歩んじゃいない。


『……私の嘘を見抜いて、それでどうするのかしら? あなたもハインリッヒに加担してこの私を滅ぼす神殺しでもする気ですか?』

「あの変態に協力なんて冗談きついわ。あんたの思惑に乗るのはしゃくだけど、ハインリッヒは私がどうにかしてみせる。でも勘違いしないで。あんたの為じゃなくて、この世界の人々の為よ!」

『理由はどうであれ、神殺しが防がれるのなら私は助かるわ~』

「せいぜい作戦が成功するのを祈っていなさいおとぼけ女神。それと、この戦いで出る犠牲者に安らかな死後が訪れるような準備をしていなさい」


 いわゆる利害の一致というやつね。まあおとぼけ女神には別に恨みもないし。


『わかりました。この世界を護る為に死にゆく勇敢な戦士たちに神の加護を。では行くのですレイナ・レンドーン、神敵ハインリッヒ・フォーダーフェルトを討つのです!』

「だからあんたの使徒じゃないっての」

『良いじゃなぁ~い。最後くらい決めさせなさいよぉ~』

「あんたは最後まで……。あんたの名前、使わせてもらうわよ。はい、以上。終わり。もう解散!」

『あなたは最後まで……。それじゃあ期待しているわ~。運命、乗り越えなさい』


 女神がすーっと消えていく。おとぼけ女神どころか嘘つき女神だということが判明したけれど、いまいち憎めないのはそのテキトーさ故かしら。いや、目的があって私を転生させたんだからむしろテキトーじゃない。仕事してるじゃん女神。


 私はコツコツと足音をたてながら大聖堂の入り口まで行き、その重厚な扉を内側からノックした。神との対話が終わったことを確認した外の人間が、扉を開けてくれる。


(うーわっ、すごい人)


 人、人、人。大聖堂の前は黒山の人だかりだった。集まった人々の視線は私に注がれ、言葉を待っている。


「神のお告げが下りました」


 その私の言葉にわっと民衆が騒めく。これで私も神の名を騙る先導者詐欺師の仲間入りね。


「私の前に降臨した女神は言いました、この戦い、必ず勝つと!」


 地鳴りのような歓声、踏み鳴らされる足音。「我らが神よ!」「紅蓮の公爵令嬢様!」「神の使徒様!」みな口々に神と私の名を叫ぶ。


「悪逆の徒、神敵ハインリッヒを討つのです! それこそが、この世界の意志!」



 ☆☆☆☆☆



「神の御名みなのもとに我らの誇りを見せるのだ! 全軍進撃、目標は帝都ロザルス!」


 ディランの父である、ジェラルド・グッドウィン国王陛下の声が響き渡る。アスレス王国らの軍に加えドルドゲルスの反乱軍を吸収し、本国からの援軍も合わせた部隊は相当な規模だ。今までディランを名代としていた国王陛下もついに重い腰を上げた。決戦の準備を整える間に急遽合流。連合軍の指揮を自らおりになることとなった。


 それならうちのお父様と一緒に来いよと思わんこともないけれど、実際の所はお父様が私に会いたくて先行したということらしい。ちなみに名目上の副将はディランのお兄様のグレアム第一王子、アスレス国王、それにヴィム君らが担ぐドルドゲルス前皇帝の一族。実際の指揮はアデル侯爵だ。


『魔導機隊各機、敵の激しい抵抗が予想される。くれぐれも気をつけろ』

「了解ですシリウス先生」

『いいか、お前らは絶対エンゼリアに返してやる。それが俺の教師としての、大人としての義務だ。だから決して無理はするな!』

「先生もですよ? 生きてエンゼリアに帰るのです。でないとクラリスが悲しみます。それは私が許しませんから」

『フッ、そうだな。レイナ、敵の城塞にお前の魔法で風穴を開けてやれ!』

「了解しましたわ。”紅蓮の公爵令嬢”にお任せくださいな」

『そして敵の中枢までお前を送り込む。道案内はシュタインドルフらが担当する!』


 要塞化したとはいえ重要拠点の位置はかわらない。ヴィム君らには道案内をしてもらう。


『レイナ様、〈ブレイズホーク〉の調子はいかがですか?』

「快調よエイミー、整備ありがとね!」


 エイミーは後退してきた魔導機を整備するためにマクデルンの街にとどまっている。


『アリシアと機体への負担を考えて、合体のタイミングには注意してください』

「了解したわ。ここぞという時に使えばいいのよね」

『はい。それではレイナ様、ご武運を!』


 負けるわけにはいかない。退しりぞくわけにもいかない。もう覚悟を決めて自分の信念を貫き通すしかない。運命なんて乗り越えてやる。それが悪役令嬢として転生した私の生きる道!


『帝都ロザルスを確認。位置はわかっているな!?』

「はい、道を作ります! オーホッホッホッ、《獄炎火球》!」


 こうして世界の運命をかけた、帝都ロザルスでの決戦死闘が始まった。

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