第163話 輝く星空の下で
「はあ……」
夕食も終えて星空の下に一人。色々考えて
クラリスの結婚は嬉しいのだけれど、やっぱり乙女心的には複雑な心境でして。前世でも友達から結婚するって報告を受けると、喜ばしい気持ちと一緒にもう気軽に遊べなくなるんだっていう寂しさとか、私を置いて人生を進めていることに対する羨望感みたいなのはやっぱり抱いたわけで。
それにクラリスの代わりに、アリシアがお付きのメイドさんになるというのもなんとも悩ましい気分だ。アリシアと良い友人関係を築けていると自負している私は、もはやアリシア周りのことでデッドエンドに叩き落とされることはないと確信している。
けれどそれだけに、友人の関係から主従の関係なると突然言われてもちょっとモニャるのよね。前世で言えば、大学の同級生の実家の会社に勤めるみたいなものかしら?
正直、今までみたいな気軽な関係でいられなくなることは必至だと思うわ。でもアリシアは特に気にしていなかったみたいね。元々貴族と平民という立場だったからかしら?
「うーん、まあなるようになるかしらね……?」
「この星空の下でどうしたのですか、レイナ?」
「ディラン? どうしてこちらに?」
街の中の賑わっているところから少し離れたところを歩いていたので、声を掛けられてビックリする。呼びかけの主はディランだった。
「歩いているのを見かけたのでついてきてしまいました。邪魔をしてしまいすみません」
「いえ、お気になさらず殿下。夜風にあたっていただけで、とりたてて何かしていたわけではありませんわ」
一人でいると考えすぎるし、誰かとわいわいしていた方が良いかもね。なんか一人で抱え込んで悩み散らかすのは前世からの私の悪い癖だわ。
「何か考え事をされていたのですか?」
「ええ、でも大丈夫。きっと上手くいくと思いますわ」
「何かあっても乗り越える。実にレイナらしいですね。レイナのそういうところ、僕は好きですよ」
「ウヒヒ、ありがとうございますディラン」
「祖国の防衛戦をして海を渡ってアスレスへ。小三ヵ国を経てドルドゲルスに逆侵攻。そしてついにはマクデルンの街まで。もう帝都ロザルスは目と鼻の先です。思えばずいぶん遠くまで来たものですね……」
「本当にそうですわよね……」
ついでに私は宇宙にも行った。十六人衆とかいうバトル漫画から飛び出てきたような集団ともバチバチにやりあったし、ロボットアニメさながらの合体までマスターしてしまった。本当に遠くまで来たものだ……。
なお、変態十六人衆とか言っていたのは謝罪したい。ヴィム君は素直な良い子だし、モグラお姉さんや派手めギャルちゃんはアリシアと一緒に私を助けてくれたそうだ。
「父上や兄上から手紙が来ました。お前は立派にやっている、王族の務めを果たしていると」
ディランは夜空を見上げながら静かに語りだす。
「幼少の頃、僕は兄のスペアとして諦めとでも言いますか、そんなものに支配された日々を送っていました」
この独白は聞いたことがある。現実にではない。マギキンでのディランルートでだ。
「そんな僕もある事をきっかけにそう言った暗い感情を突破し、ついには戦場で皆を鼓舞し、スペアとしてでなくディラン・グッドウィンとして王族の責務を果たすことができています」
「はい、ディランは立派だと思いますわ」
「ありがとう。……どうして僕が変われたかレイナはご存じですか?」
「いいえ」
「それは君のおかげですよ、レイナ」
――私の!? アリシアとの恋愛エピソードをあれやこれや語るんだろうと思って聞きに徹していたんだけど、ちょっと予想外な答えだ。
「君のそんな破天荒なところが、料理好きなところが、優しいところが、強いところが、諦めないところが僕を変えてくれたんですよ。いえ、僕だけではありません。レイナはみんなを変えたんです」
「それは褒めていただけているんですよね? ウヒヒ、照れてしまいますわ」
「はい、もちろん褒めています。……レイナ、この戦いが終わったら君に伝えたいことがあります」
そんな死亡フラグ丸出しの言葉を告げたディランの瞳は真剣で、まさしく一世一代の大勝負に打って出る男の顔だった。私はこの月に照らされた顔を、きっと生涯忘れないと思う。
「……いえ、今言ってくださいますか?」
「い、今ですか!?」
「そう今です。ディラン、それは死亡フラグという物の中でも極めつけのやつよ」
「し、死亡フラグ……?」
「そうです。だから言って、今すぐ言って」
「僕は……」
「僕は……?」
「僕は――む!?」
「いえ、気が変わりました。やっぱり今は言わなくていいです」
私はディランの口に人差し指をピッと当てて制止した。最後まで聞くのは悪役令嬢の私にはもったいないかもしれない。ギャラリーもいるみたいだしね?
「みんな、出てきてちょうだい」
「レイナ様、気がついていらっしゃったんですか?」
「ええ、少し前からね」
「アリシア!? それにルーク、みんな!?」
「レイナもディランもいないとなればみんな探してみるさ。もっとも、最初に見つけたのは夜目の効くアリシアだがな」
「そ、そうですか……」
「とりあえずお邪魔をするともりはなかったんですけれど、レイナ様に呼ばれたから出てきちゃいました」
路地の裏、建物の陰からルークにライナスにパトリック、アリシアにエイミーまで総出でみんな出てくる。私は気がついていたけれど、気づいてなかったのかディランは驚愕している。ちょうどみんなそろったわね。なら言っておきましょうか。
「ディラン、みんな、意味は分からないところもあるかもしれないけれど私のお願いを聞いてちょうだい」
私の真剣な雰囲気を察したのか、みんなは黙って私の瞳を見つめる。
「みんなは必ず生き残って。いいえ、私がきっと生き残らせるわ。だって私はみんなが大大大大大好きだから。生まれる前からそうよ。だって私は前世からみんなの事を好きだったのよ。夢や癒しをくれるあなた達の事が好きで好きでたまらなかった。だから生きて。きっと生きてエンディングの向こう側の物語を
ディランが言いたかったことを本当はわかっているのだ。いえ、ルークやライナス、パトリックが度々私に伝えようとしたことも気持ちも、私は心の底では本当はわかっていたのだ。
――けれど聞かないように知らないようにしていた。世界を壊すのが恐ろしかったから。
だから私がこの身に変えてでも世界を、みんなを護る。それが私の――イレギュラーな存在となった悪役令嬢レイナ・レンドーンの進むべき道なのかもしれない。
私の突然のスピーチを聞いたみんなは、静かにしていた。きっと意味のわからない事もあるだろう。急に前世とか電波な話をしたので、もしかしたら戸惑いもあるのかもしれない。それぞれ何か考えているような感じだ。その沈黙をディランが破った。
「きっとみんなで生き残り、僕たちの学び舎――エンゼリアへと帰りましょう。そしてその
「……もちろんですわディラン。きっと生き残りましょう。そして先ほどの続きを私に聞かせてくださいな」
「もちろんです!」
満点の星空の下、私たちはみんなでお互いの無事を祈りながら笑いあった。
☆☆☆☆☆
マクデルンの大聖堂。静寂の中に、私は一人祈りを捧げる。ライナスの造った女神像、パトリックの用意した花、ルークの用意したお菓子、そしてディランの用意したパンツ。パンツを除けば実に祭壇っぽい。
「さあ来なさい、女神!」
『呼んだかしら~?』
降臨したのはおとぼけ女神。相も変わらず間延びした喋りは威厳の欠片もない。
「宇宙以来ね。知ってるかしら? ハインリッヒの目的はあんたを殺す事みたいよ」
『知っているわよ~』
「余裕ね。成功しない確信があるのかしら?」
『いいえ~。神殺しは
神様界にもいろいろあるのねー。三代目光の神ですみたいな? 落語家か歌舞伎役者の世界かな?
「あんた余裕ぶっているけど、防ぎたいのは防ぎたいのよね?
『……あら、気がついちゃったのね?』
そう言って女神が浮かべた笑みは、お気楽でも真面目でもない今まで見たことの無い笑みだった。
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