第162話 私の大切なお姉ちゃん

「えええええええええぇぇぇ―――――――――!!!!!」


 マクデルンの街に私の絶叫が響き渡る。何事かと部屋に駆け込んできた警備兵をお父様が手で制止し、不要であることを示した。


「お嬢様、驚き過ぎでは?」

「驚くわよ! え、何、結婚!? 誰と誰が!?」

「私とシリウス様がです」

「えええええええええぇぇぇ―――――――――!!!!!」


 結婚、婚姻、ご結納。すまし顔で喋るクラリスの言葉が一瞬理解できなかった。


 まってまってまってまってまって、クラリスが結婚!?

 しかも相手はマギキンでの人気キャラシリウス先生と!?


 クラリスはマギキンには登場しない人物だ。もしこれが姉の様に信頼するクラリスじゃなかったら、メアリースーキャラぶち込むなってトゥイッターで叩いているわよ。この世界にトゥイッターないけどね!


「そんなに驚かれるとは思わなかったなあ」


 シリウス先生がポリポリと照れ臭そうに頬をかく。

 わ、私のクラリスを攻略するなんてなかなかやるわね先生……! というか実質学院についてきた生徒の保護者に手を出すとは、なかなかどころじゃない上級者ムーブよ先生。


「驚くとか以前に……、え? いつからなの?」

「ちょうど一年前くらいですね。去年の初夏のあたりにシリウス様からお食事に誘われて」

「それからデートを重ねたりして?」

「ええ、たびたび」

「全然気がつかなかったわ」

「内緒にしていましたから」


 本当に全っ然気がつかなかったわ。まさか身近にこんな驚きの恋愛イベントが進行していたなんて。


「レイナ、寂しい気持ちは分かるが祝福してあげなさい」

「もちろんですわお父様……、あれ? お父様ったらあまり驚いていませんわね?」

「私はクラリスから聞いていたからね」

「――!? クラリスどういうことよ!?」

「結婚を決めた時点で旦那様にはお知らせしました。ですのでごく最近の事です。それにお嬢様はずっと戦いなどでお忙しそうでしたので、お心を煩わせてはとどうにも伝え損ねていました」


 そっか、そうよね。去年の初夏と言えばルシアたち悪役令嬢四天王とバチバチしたり、ルーノウ派閥のクーデターが起きたり、その裏でハインリッヒが暗躍したりと大忙しだったもの。それから先は今に至るまでロボットバトルの連続だし、クラリスなりに私のメンタルを気にしてくれての事でしょうね。


 でも恋バナしたかった! ガールズトークを私はしとうございました! 「私シリウス先生からデートに誘われちゃってー」「えー、それマジー? やばたん」みたいな。み・た・い・な、ことがしとうございました!!!


 数段とばして結婚のご報告って。突然旦那と子どもが映った年賀状が来るみたいな。み・た・い・な前世のほろ苦い記憶!


「……クラリスはシリウス先生の事を愛しているの?」

「ええ、それはもちろんラブラブです」


 そう言ってクラリスは、いつものポーカーフェイスのままシリウス先生の腕に抱き着く。幸せを掴めたのね。良かったわ。彼女が幸せなら私は何も言うことはない。


「それならいいわ。シリウス先生、クラリスの事をよろしくお願いします。彼女は私の姉の様な存在なんです。苦しい時はいつも助けてくれたし、楽しい時はいつも一緒に喜び合った。そんな大切な家族なんです」

「任せろレイナ。クラリスさんの事は俺が必ず幸せにして見せる。これは教師としてではなく、男としての約束だ」

「ウヒヒ、そう言ってくださるのならば安心ですわ」

「この戦いが終わったら結婚しようと言っていたんだ。もうすぐその時がくるというのは感慨深いな」


 ……先生、それってバリバリ死亡フラグじゃありませんこと? 最終決戦を前に愛を誓った男女が、最後の戦いで死別。女は男のくれた愛を胸にたくましく生きるのだ……、ってテンプレ死亡フラグじゃありませんか?


 ええいっ! こうなったら私がこの身に代えて二人の幸せを絶対成就させてやるわよ。二人の愛は決して邪魔させないわハインリッヒ!


「それで、長年よく我が家へと仕えてくれたクラリスに褒美を出そうと思ったんだ」

「ご褒美ですかお父様? お金とかですか?」

「いいや。クラリスと相談して決めたことだけど、クラリスにはレンドーン家の一員となったうえでシモンズ殿と婚姻してもらうことになったんだ」

「それってどういうことですの?」

「さすがにレンドーン宗家のうちへの養子は王国の許可が下りないからね。傍系の、けれど家名はレンドーンの家に形式上養子に入ってもらった」

「つまり……つまり?」

「つまり今の私はクラリス・レンドーン。レンドーン家の末席に名を連ねる、レイナ様の親戚です」


 つまりクラリスは親戚のお姉ちゃん。お姉ちゃんみたいな存在だったクラリスが本当にお姉ちゃんになっちゃった!?


「……というわけです。祝福してくれますか、レイナ?」

「うん、クラリスお姉ちゃん。結婚おめでとう!」


 寂しい気持ちがないかと言えば嘘になる。だってクラリスは私だけのクラリスだった。


 前世の記憶が戻る前の、ワガママ放題クソお嬢様なレイナを静かに支えてくれたのもクラリス。前世の記憶が戻って、いつも無茶ばかりする破天荒な私を支えてくれたのもクラリス。学院でもいろいろ事件に巻き込まれるし、“紅蓮の公爵令嬢”なんて物騒な異名を背負わされて戦っている私を支えてくれているのもクラリスだ。


 そんな完璧メイドのクラリスが結婚するのに寂しい気持ちはあるけれど、お祝いしたい気持ちの方が当然大きい。幸せになってね、クラリス。


「……ところで、結婚するということはクラリスは退職しちゃうの? 憧れの寿退職なのかしら?」

「憧れかどうかはわかりませんが、レンドーン公爵家のメイドの職はいったん辞することになります」


 や、やっぱりそうなのね……!? アフタークラリスが恐ろしいわ。新しいおつきのメイドさんともクラリスみたいな信頼関係を築けるか心配だ。後任は誰? あの不幸属性の若いメイドちゃん?


「後任は誰か推薦してあるのかしら? クラリスの推薦なら心配いらないと思うけれど」

「はい、後任は――」


 本日三度目となる私の絶叫がマクデルンの街にこだました。



 ☆☆☆☆☆



「アリシア!」

「レイナ様、レンドーン公爵様とのお話はもうよろしいのですか?」

「ええ、大丈夫よ。もう済んだわ」


 私は夕食の支度を終えたアリシアに会いに行った。彼女は何かできる事はないかとこうしてよくお料理なんかを手伝っている。本当にヒロインの鑑だわ。


「それより聞いたわよアリシア! クラリスの後任のメイドさん候補はあなたですって!?」

「あ、もう言っていいんですね。はいレイナ様、私がレイナ様の側付きメイド候補です。……もしかしてお嫌でした?」

「そんなことはないわよアリシア。すごく嬉しいわ」


 そう、クラリスの後任はまさかのアリシアだった。


『はい、後任はアリシア・アップトンを推薦します』

『アリシアってあのアリシア!?』

『はい、あのアリシアです。元々レンドーン公爵家で働くにはどうしたらいいかと相談を受けていたのですが、彼女はかなり物覚えが良いので。そしてなによりお嬢様の信頼があります』

『そりゃあ、アリシアの事は信頼しているけれど……』

『彼女は驚くほどお嬢様の趣味や嗜好を把握していますよ。きっと良い従者になれると思います』


 クラリスの推薦なら間違いないし、何よりアリシアの事は私も大好きだ。けれど驚きの方が先に来る。だってアリシアがメイドになるエンディングなんてなかったもの。


「卒業したらレンドーン公爵家に就職です。レイナ様のお側でなんでもサポートいたします。お食事やご入浴、お勉強、そして恋するお相手がレイナ様に相応しいかも」


 貴族の作法なんかってアリシアは疎いはずだけど、努力家の彼女のことだからきっと猛勉強で克服するんでしょうね。


「ウヒヒ、お手柔らかに頼むわね」

「はい、ずっとお支えさせていただきますレイナ様!」


 元からこの世界の行く末はマギキンとは大きくかけ離れている。だからこんな素敵な笑顔のヒロインと一緒にエンゼリア卒業の後、つまりエンディングの向こう側を楽しむのも悪くないかもしれない。

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