第161話 目と鼻の先
前書き
今回前半はブルーノ・トゥオマイネン(十六人衆の人)視点です
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「……ったく、ガラガラじゃねえか」
ぐるりと部屋を見渡すと、長いテーブルの周りに置かれている十六の椅子のほとんどは空席だ。
ここは天下に名の轟くドルドゲルス十六人衆専用の
「通常であれば補充するのだが今は戦時だ。仕方あるまい」
少し離れた席に座る十六人衆最強の男、クリストハルト・ベルンシュタインが静かに返答する。傲慢を人の形にしたような皇帝ハインリッヒすら恐れる最強の戦力は、何かと理由をつけて出陣を拒否。クーデター以後は帝都から動いていない。
「俺はそういうことを言いたいんじゃねえんだよ旦那。おかしいと思わねえか? 我らが皇帝陛下はいくら軍事の
俺が各地の反乱鎮圧やらで帝国全土をあっちこっち回っている間に、西方戦線はグッドウィン王国を中心とした反ドルドゲルス連合国の連中に突破され、帝都ロザルスの目と鼻の先まで来ちまいやがった。
片や東方戦線を見てみれば、かつての同盟国バルシア帝国と膠着状態。北も南も万全とは言い難い現状を考えれば、はっきり言って防衛態勢は崩壊している。
それにいくら十六人衆に協調性が無いと言っても分散投入し過ぎだ。各個撃破と裏切りにあってここには残すところ四人だけ。
「反乱鎮圧を優先したのは神殺しの魔法に必要な魔力を集めるがため。帝都の防備を固めるのは神殺しの魔法発動までの時間を稼ぐため。一貫していると思うが?」
「そんなことはわかってるぜ旦那。でもよお……」
「でもなんだ? 勝ち目が薄いとあらば貴殿も裏切るかね?」
「いやいやいや、そんなことはないぜ。親愛なる皇帝陛下からは十分な報酬を貰っているからな。それにまあ面白そうな戦場だ。なあコリンナの嬢ちゃん」
「え……、あ……、はい……」
毒と薬の専門家、コリンナ・ファスベンダーが消え入るような声で同意する。自己主張をしないこのか弱い少女がなんで十六人衆に名を連ねているのかは知らんし知りたくもないが、この場に残っている理由は成り行きの結果な気がする。なんとなくだがな。少なくとも皇帝陛下に忠義心を抱いているわけじゃねえみたいだ。
「お前はどうだ、デニス?」
「忍者は主君に従うのみ。拙者はカイザーハインリッヒに従うのみでござる」
まあこいつはそうだろうな。俺も経緯は良く知らんが、皇帝がまだ
「皆様、皇帝陛下がお呼びです」
皇帝側近の女、ヴェロニカに呼ばれて集まった面々は皇帝の間へとはせ参じる。
「陛下、魔力の充填はもう間もなく完了いたします」
「ありがとうヴェロニカ。魔力の充填さえ完了してしまえば、後は適切な日に魔法を使うだけだ。それで世界は変わる、私が神となった世界にな」
ヴェロニカの報告に皇帝ハインリッヒは満足そうに頷く。そこで意外な人物が手を上げているのに気がついた。
「なんだねコリンナ?」
「陛下……、あの……、神様が死んだら……魔法が使えなくなるんじゃ……」
「はあ……。もう何度も説明したように、この世界の魔法は神の力を借りて行っているのではない。君たちの体内の魔力器官によって魔法をコントロールする。ゆえに神が死んだところで魔法が使えなくなるといった心配は無用だ。いいかね?」
「はい……」
これだ。この皇帝は本人が言うところの科学で説明をしようとする。だがそれが、大なり小なり反感を買うということを理解していない。
いや、理解してはいるのだが気に留めていない。古い因習に縛られた人間の妄言だと思ってやがる。だから今も自己主張の薄いコリンナが質問した意味を全く理解していない。
俺はこいつが人の上に立つ
「さあ諸君、はるばるグッドウィン王国からいらっしゃるゲストを迎える準備を始めたまえ。彼ら彼女らは目撃する。新たな神の誕生を!」
自分に酔っている皇帝陛下の演説を聞きながら、俺はとりあえず
☆☆☆☆☆
ついにやって来ましたマクデルンの街。目指す帝都ロザルスは本当に目と鼻の先!
というわけでここを拠点にして各地に進軍している戦力を結集。補給を済ませたら数日のうちに帝都ロザルスへ総攻撃をしかけるわ。首を洗って待っていなさいハインリッヒ、オーホッホッホッ!
「レイナ様!」
背後から女の子の声がして振り向く。アリシアじゃない。これは、この声は――、
「エイミー!? いつこっちに来たの!?」
「さっきですわ。お会いできて嬉しいですレイナ様!」
「私も会えて嬉しいわ。でもどうしてここに?」
「決戦の前に
エイミーは駐機している〈ブレイズホーク〉をポンポンとなでる。
「本国からの増援部隊と一緒にですわ。レイナ様のお知り合いというコンラッド隊の皆さんもですの」
「そうなんだ。後で会いに行かないと」
「きっと喜ばれると思います。それといくつかお渡しする物が。まずこれはサリアからお料理研究会の活動報告ですわ」
おおー、分厚い。終身名誉会長の私がいない間にもしっかり活動をしてくれたみたいね。それでいいのよサリア。料理とは無縁の貴族社会に美味しさの風穴をこじ開けるの。
「それからリオから預かってきた招待状です」
「招待状? なんの?」
「エンゼリアの卒業式のですわ」
――卒業式!?
そうか、春の訪れを前に始まった大陸侵攻ももう佳境。大陸を北上しながらだったから気づきづらかったけれど、季節はもうすっかり夏だ。
「私って授業に出ていないけれど卒業できるのかしら?」
「……ま、まあそこはともかく無事に帰ってきてほしいというリオなりの願いですよ」
「そ、そうね」
なんか答えを濁された気がするわ。これが権謀術数の貴族社会……。
「増援と一緒にやって来たのは私だけじゃありませんわよ。ほら」
エイミーは振り向いて指さした。私はその人を見つけると、何も言わずに駆けだす。考えるより先に身体が動いていた。なんだか目頭が熱い。きっと泣いているんだろうなと思う。私が向かっている人も泣いている。
「お父様!」
「レイナ!」
私は助走をつけて勢いよくその人――レスター・レンドーンお父様の胸に飛び込んだ。
「お父様、お会いしたかったです」
「私もだよレイナ、無事で何よりだ。エリーゼもすごく心配していたよ」
「お母様のもお会いしたいです。どうしてこちらに?」
「外交交渉の為にだよ。いよいよ戦後というものを考えないといけない戦況だからね。もっとも、現皇帝ハインリッヒは全ての交渉を拒否しているので、彼を排して別の人物を立てることになると思うけれど」
そう言えばヴィム君らの反ハインリッヒ同盟軍は、前皇帝の血縁を旗頭に担いでいた。まあどこの貴族社会もいろいろね。大義名分は掲げても、利益は捨てないし。
「お父様、いろいろお話したいことがあるのです」
「ああ、聞かせておくれ。私もレイナに話したいことがあるんだ」
☆☆☆☆☆
我が国の勇敢なる戦士たちはマクデルンの街で最後の休息をとった。本国から合流してきた仲間達と旧交を温めあい、戦場で傷ついた心を癒した。彼ら彼女らはこの時知る由もなかったことだが、この後に待ち構える本戦争最大の激戦――帝都ロザルス攻略戦で出た犠牲者の数を考えると、文字通り最後の休息となったものも多かった。
あのようなことになった彼女が、本国から来た友人や父親と穏やかに談笑したのもこの地である。我ら凡人は元より、彼女でさえもこの後に待ち構えている己の運命を想像できることはなかったと言える。
エリオット・エプラー著「我らが王国の歴史」より引用――。
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後書き
バトル物じゃないので全員出す予定のなかった十六人衆が全員出たのは私的にも予想外です(このお話は恋愛物なので)
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