第160話 愛は勝つ

前書き

今回はアリシア視点です

――――――――――――――――――――――――――――


「《影の沼》に沈んで!」

「だから見切っていると言ったわ!」


 数は私たちの方が多い。けれど間違いなく敵の方が巧みだ。ウルブリヒ様やピッケンハーゲン様の攻撃はともかく、私の攻撃はまるで当たらない。そしてお二人の攻撃も決定打を与えるには至らないみたいだ。


「《闇の怨念》よ!」

「装甲を脆くさせようと? 当たってあげないわよ。さあこっちからいくわ!」

「――くっ!」

「私たちの機体〈シャーフ〉の攻撃にいつまで耐えることができるかしら? ――堅物女の動きなんて読めてんのよユリアーナ、《影の矢》よ!」


 私の〈ミラージュレイヴン〉に左手に持った《影の槍》を叩き込みつつ、地中から奇襲を仕掛けようとしたウルブリヒ様の〈マオヴルフ〉に牽制の魔法を放つ。


 もう一機はその背中を護るようにしながら、ピッケンハーゲン様の駆る〈シュメッタ―リング〉の攻撃をいとも簡単にいなす。攻撃力、防御力、そしてコンビネーション。これが十六人衆の実力……!


「さあそろそろ止めを――イルマ!」

「ええお姉さま、私たちの魔法が……!」


 途端に相手の動きが鈍る。魔導機の動きから動揺が伝わってくる。これまで常に優位に進めて来ていた相手が動揺するほどの重大なイレギュラーが起きたのだ。それなら理由はおそらく一つ。


「あれー? どうされましたぁ? もしかしてご自慢の催眠魔法が解かれちゃったかしらぁ?」

「だとしたら何なの? 王子様が助けに来てくれると思ったのかしら? それならご愁傷様、私たちは緊急時の為に部隊を伏せているわ。ここに援軍は来ないわよ」

「援軍なんてどうでもいいんです。でもはっきりとわかったことがあります。あなた達よりもレイナ様の方がずっと、ずーっと、何万倍も魅力あふれる女性ってことです!」

「小娘め! 言わせておけば!」

「あれ? 怒っちゃいましたぁ? 事実を言っただけなんですけどねぇ」


 憤慨した敵――アルマかイルマのどちらかはわからないけど――はその怒りのままに攻撃を仕掛けてくる。


 これでいい。怒った人間は動きが単調になる。そして言葉の戦いで勝つことによって、相手よりも精神的に優位に立つことができる。レイナ様がよくお使いになる手だ。


「《闇の加護》よ!」

「心を乱した私になら当てられると思ったのかしら? でも残念、動きは読めているわ《影の槍》!」


 既に幾度も繰り返された光景。私の魔法を軽々とかわして、敵は右手に持った反撃の《影の槍》を叩き込む。槍と言っても細長い物ではなくて円錐状のランスだ。その鋭い一撃は魔法で防ごうとしても間に合わない。


「《闇の怨念》よ!」

「だから無駄だと言った!」

「フフッ、。でしたらあなたはアルマさんみたいですね?」

「……それがわかったからどうだと言うのかしら?」

「やった、正解です! あなたたち姉妹は双子だからなのか、動きもよく似ています。けれど違いもある。利き腕だけじゃありませんよ? 回避運動の時のステップの入れ方、薙ぎ払う時の角度、敵を見つけて攻撃するまでの反応速度、着地の時にどちらの足から入るか。もっと違うところもあるんでしょうけれど、私はこのくらいわかりました」

「あら、優等生でいらっしゃるのね。でも分かったところでどうしようもないでしょう? 死になさい!」

「――クッ!」


 敵の魔導機〈シャーフ〉の一撃が、私の乗る〈ミラージュレイヴン〉の左腕を薙ぎ払う。私は激しい衝撃を受け地上に落下。追撃を加えようとアルマ・ボシュナーの駆る〈シャーフ〉も追いかけてくる。


「仮に催眠が解けたとしてもね、私たちはレイナ・レンドーンさえ連れ帰ればそれで目標達成なの。でも正直ムカついているし、オプションとしてあんたたちはここで始末しておいてあげるわ」

『アリシア殿!』

『あんた、早く逃げなさい!』


 その右手に《影の槍》を携えて、〈シャーフ〉が私の命を奪おうと迫る。通信機から聞こえる、僚機りょうきからの悲痛の叫びが操縦席にこだまする。先日合流したばかりだというのに良い人たちだ。


「苦しみなさい。ベッドの上ではないけれど、私に素敵な声を聴かせてちょうだいね」


 まさに今、〈ミラージュレイヴン〉の操縦席を貫こうと《影の槍》が迫る。


「さあ終わりよ――どうしたの!? なんで動かないの〈シャーフ〉!?」


 目の前で敵の魔導機はまるで金縛りにかかったように硬直した。


 ――


「あら? 苦しみなさいじゃなかったんですかぁ?」

「小娘……何をした!?」

「私の友達には魔導機に詳しいエイミーって子がいるんです。最近訓練も兼ねて一緒に過ごすことが多かったんですけれど、その時に魔導機の詳しい構造なんかも叩き込まれて。あなたが言うように私って優等生なんですよ。教えられたら覚えちゃう。だからその知識で、あなたの魔導機の中身をズタズタにしちゃいました」

「な……なんだと……!?」


 フフッ、驚いちゃって可愛らしいことです。アルマさんの余裕の仮面、剥げちゃいましたね。


「まだわかりませんかぁ? 今まで使った私の魔法は全てブラフ。放つときに小さな《影の矢》をあなたの魔導機に撃ち込んじゃいました。気づかれないようにこっそりとね」

「馬鹿な……! そんな万分の一の様な芸当ができるはずが――」

「それができちゃうのが愛の力なんですよ。愛が起こした必然の奇跡です。『さあ終わりよ』でしたか? 逆転ですね《闇の怨念》よ」

「アルマ姉さん!」

「イルマ!」


 麗しい姉妹愛ですね。でも残念ながら妹さんのイルマの方は、ウルブリヒ様とピッケンハーゲン様を相手にしていて助けにくることはできません。アルマさんが私を追いかけて離れ過ぎましたね。まあそうなるように陽動したんですけれど。


「こ、この私がこんな小娘に……!」

「魔力反応的にレイナ様は妹さんの方みたいですね。……抉れ《影の爪》!」


 なんか自分でもビックリするくらい低い声がでる。左手はないから右手だけに《影の爪》を展開させて操縦席を貫く。――確かな感触を感じた。


「お前ええええええええええ!!! よくも姉さんを!!!」

「レイナ殿を返してもらうぞイルマ! 《土流波》!」

「あんたも姉のところへ送ってやるわ! 《七色水刃》!」

「くっ、くそおおおおおおお!!!」


 だから怒ると単調になると。さっきまでほとんど当たっていなかった攻撃がじゃんじゃん当たる。けれどそこは執念なのか、私の元までたどり着く。


「レイナ様を返していただけますか?」

「黙れ! 姉さんを殺したお前を私は許さないわ。せめてお前の頭だけでも狂わせてやる!」


 敵の魔導機の左手が、私の魔導機の操縦席を掴む。狙いは読めた。私が以前やったような接触しての精神への介入だ。私はそれを無防備に受け入れる。


「さあ見せなさい! お前の心の中を――」


 大好きですレイナ様。あなたがいれば、あなたさえいればそれだけで。朝もお慕いしています昼もお慕いしています夜もお慕いしています。あなたが望めばどんなことだって。邪魔者は消す、消えてもらう。レイナ様を邪魔する人間は――。ハインリッヒ、もっとも重い咎を背負って――。レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナ様レイナレイナ様レイナ様レイナ様――。


「ヒ、ヒイィ!? な、なんだこいつの精神は――」

「失礼じゃないですかあ、人の心を勝手に覗き見て勝手に悲鳴を上げるなんて」


 私は動作の停止したイルマ機の操縦席の扉を引っぺがし、中からレイナ様を助け出す。


「お帰りなさいレイナ様。イルマさんわかりましたか? これが愛の力です。聞いていませんね? ……抉れ《影の爪》」



 ☆☆☆☆☆



「ふ、ふわああああ~。あら、おはようアリシア」

「おはようございますレイナ様」


 長い戦いを経て、もう夜明けだ。レイナ様が可愛らしいあくびをしながら起きられる。


「私ったらいつの間に寝て……あれ? ここって森の中!? どうしてこんなところに!? それにモグラお姉さんと派手めギャルまで!?」

「モグラお姉さん……」

「派手めギャル……」

「うふふ、後で説明してさしあげますね。その前に早く戻って朝ごはんにしましょう」

「そうね。なんだかとってもお腹がすいちゃったわ」


 私のお膝を枕に可愛らしく微笑むレイナ様に対して、私は喜びを感じながら微笑み返した。


―――――――――――――――――――――――――――――――

後書き

ここ数話、実にほのぼの恋愛っぽいエピソードを書けたと思っています(自画自賛)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る