第159話 その甘さはいらない

前書き

今回視点が複数回移り変わります、最初はアリシア視点です

――――――――――――――――――――――――――――――――


「《闇の加護》よ!」

「効かない、効かないわよ! あなたが闇使いなら私たち姉妹も闇使い。魔法の出所は手に取るようにわかるわ。そして!」


 私は振り下ろされる鎌の一撃を懸命に回避するけど、かわしきれずに少なくないダメージを受けてしまう。


「《影の槍》! 私たちが搦め手だけの女と思って? そうだとしたら随分安く見られたものだわ」

「――クッ!」

「私たちにてこずって良いのかしら? あなたのお仲間の男たちがあなたを後ろから撃っちゃうかもよ?」

「ディラン殿下たちはそんな心の弱い人たちじゃありません! きっとすぐにあなた達の魔法なんて打ち破ってくれます!」


 そうだ。彼らはそんなに心の弱い人たちではない。私がまだ意地悪な人たちから嫌がらせを受けていた時に私を救ってくれた。


 それに彼らだからこそレイナ様の心を時折だけど揺れ動かしている。彼らが弱い人間ならレイナ様の心を動かせようはずがない。


「強化された私たち姉妹の魔法を自力で打ち破る? そんなの砂漠の中で砂の一粒を見つけるのに等しいわ」

「仮に可能性がほんのわずかでも、彼らはそれを成し遂げます! そして私はあなた達を打ち破ります!」

「ハンっ、小娘が何を根拠に!」

「根拠ならあります! それが愛の力です!」


 まともにやってはまたかわされてしまう。私は万分の一の可能性にかけて、次の魔法を唱えた。



 ☆☆☆☆☆



「ちょっと待て」


 俺は身体に指をなぞらせていた女の手を掴む。


「痛いですルーク様、どうされたのですか?」

「イルマ、お前は俺の事をなんて言った?」

「え? ルーク様の妻になれる方は世界一の幸せ者で羨ましいと……」

「それじゃねえ、その前だ。お前『ルーク様はお料理も魔法の腕前もすごくて尊敬している』って言ったよなあ?」

「言いました。私はルーク様の事を尊敬しております」


 イルマの顔には困惑の色が浮かびながらも、必死に俺の機嫌をとろうとしている。


「そうじゃねえんだよ。俺が好きな女は、たとえ俺の方が凄く見えても『私の方がもっとすごいわ』と返してくる女なんだよ」

「え……、ルーク様?」


 料理にしても魔法にしてもあいつは最高だ。俺の事を負けず嫌いだとか子どもっぽいだとか言いやがるが、俺があいつのことを出し抜くと負けを認めずに張り合ってくる。


「そして俺も負けじと次の為の努力をする。そうして高みに上っていくような関係なんだよな」

「わ、私はルーク様をお支えしようと!」

「黙れ!」

「――ヒィッ!」


 俺の身体が怒りで震える。きっと今の俺の瞳は氷のような冷たさをしているだろう。“氷の貴公子”という異名もあいつは馬鹿にしてくるが、それはあいつと接していると俺の氷が解けちまうからだ。あいつには見せないだけで俺にはちゃんとこういう一面もある。


「どこのどいつか知らねえが、お前は俺の恋する女じゃない。俺が恋して、そしていつかは勝ちたいと思っている女の名前はレイナだ! よく覚えとけ!」



 ☆☆☆☆☆



「待てアルマ」


 オレは服を脱ごうとしているアルマを制止する。


「どうされましたかライナス様?」

「お前はそれでいいのか?」

「どういう意味でしょうか? 私はライナス様の素晴らしき作品のためなら裸体を晒すことも厭いません」


 アルマは献身的な女だ。だが何かがオレの中で引っかかる。


「ライナス様はただ一言、オレの為に脱げと仰ればいいだけですわ」

「……ああ」


 オレが初めて描いたのはアルマだった――いや、ボクが初めて描いたのはもっと高貴で気高く、強い女性だったはずだ。


「うふふ。さあ、ライナス様」

「……いいや、オレ様はお前の絵は描かない」

「どうされたのです? 私じゃ不十分ですか?」

「ああ不十分だ。オレ様が描きたいのは女神の様な美しさをと気高さを持つ女だ。そしてその女はお前みたいに上品な笑い方をしない。嬉しくなるとウヒヒと奇妙な笑い方をする。それか虚勢交じりの高笑いだ」

「私にはそれがないと?」

「ああそうだ、お前は醜い。オレの愛する女なら脱げと言われたら、照れながらこう言うだろう『ウヒヒ、私の身体はそんなに安くはありませんわよ』と」

「そんな、酷い……。私はライナス様の為に美しくあろうと……」


 アルマはこらえきれずに泣き出したようだ。いや、こちらの同情を誘おうという泣き真似だ。


「そういうところが醜いと言っている。オレが愛する女は外見の美しさ以上に心が高貴なのだ。決して同情を引くような真似はしない」


 そうだ、レイナ。ボクは君にその力強さを見たから、ボクも隣に立てるくらい素晴らしい人間になろうとあの日誓ったんだ。


「さあ、オレ様を呪縛から解き放ってもらおう!」



 ☆☆☆☆☆



「どうしてお離しなるのですかパトリック様?」

「あはは……、なんでだろうね?」


 イルマと僕の唇と唇が触れ合う寸前、何故か僕は彼女を突き放してしまった。美しいイルマの顔が悲しみに染まっていく。ああイルマ、泣かないでおくれ。


「私はただ、お慕いしているパトリック様に唇を奪っていただこうと……」

「ああ、僕もそのつもりだったよ」

「ならどうして! 私をいつでも助けに来てくださると言ったではありませんか!」

「そうだ、そこが強烈に引っかかる。君はそんなに弱い女性だったか?」

「どういうことですパトリック様?」

「僕が愛を捧げた女性なら、例えどんな困難が迫ろうと己の力で運命を切り開くはずだよ? 僕はそんなところに引きつけられたんだ」


 もっと楽な道もあるだろうに、彼女はいつも茨の道を歩んでいる。自分のためだけじゃなくて他人のためにも。思えば昔決闘した時も、彼女は父親のために奮闘していた。


端的たんてきに言えば君は僕のタイプじゃないということかな。申し訳ないけどね」


 女性には紳士的な僕だが、好きな人の事を汚されればいくらなんでも怒るさ。こんな僕を君は許してくれるかな、レイナ?



 ☆☆☆☆☆



「アルマ」

「どうされたんですか殿下?」

「僕にはやらなくてはいけないことがあると思うのですが」

「きっと気のせいですわ。穏やかに、ゆったりと過ごしましょう。私は殿下と過ごせて嬉しいですが、殿下は嬉しくないのですか?」

「……い、いえ、僕も君と穏やかな時間を過ごせて嬉しいですよ」


 ――本当にそうだろうか?


 このような過ごし方は緩慢な死と一緒じゃないか? 僕が人生に求めたのは平穏か? 第二王子というスペアの身分のまま安寧に過ごす?


 ――違うだろう?


 僕の人生はを境に大きく変わったはずだ。そして変えてくれたのは今隣にいるアルマじゃない。


「アルマ!」

「ど、どうしたのですか殿下、突然立ち上がってそんなに大声を出して……」

「僕の想い人はそんな髪型ではありません。もっとヘンテコな髪型です」

「で、殿下……?」

「僕の想い人はそんなにお淑やかな性格ではありません。他人の家の裏庭に大穴を開けるような女です」


 そうだ、違う。僕に破天荒な日々をくれたのはアルマじゃない!


「僕の想い人はそんなに物分かりの良い人間じゃありません。かれこれ八年間アタックしても気づく気配はありません」


 正直もうちょっと僕は報われてもいいんじゃないかと思う。


「アルマ……、いえドルドゲルス十六人衆が一人“麗しき”アルマ・ボシュナー。これは君の魔法ですね? こういった甘さは僕らには必要ない。だから効かない」


 アルマの眼が驚愕に見開かれる。予想外とは心外な。僕がこんな幻惑に惑わされるとでも?


「最後に一つだけ。僕の想い人はレイナ・レンドーン、破天荒でまあいろいろとドタバタとしていますが、僕が知る限り最高の女性です」



 ☆☆☆☆☆



「はっ、はあはあはあ……。ここは……、魔法の夢から覚めたか」

「遅いお目覚めだねディラン」

「パトリック……、すみません遅れました」

「殿下、気に病まれることはありません。パトリック様も今起きられました」

「クラリス……、それは言わないでくれよ」


 これで四人全員がお目覚めになられた。しばらく前、ケーキに仕込まれた毒によって部屋で眠っていた私――クラリスは、女性護衛の一人に気付け薬を飲まされて目覚めていた。


「状況は?」

「お察しの通り敵の大規模魔法です。レイナお嬢様が連れ去られ、アリシアが追跡しています」

「レイナが!?」

「そうだディラン、さっさと追いかけるぞ」

「オレ達以外はそこにいるシモンズ隊長も含めてまだ寝ている」

「そうですねルーク、ライナス。クラリス、ここは君に任せました」

「かしこまりました。レイナ様をよろしくお頼みします」


 四方は足早に広間を出て行かれる。


「これが愛の力ですか。まったく、なんであなたは起きないのですか?」


 私はだらしない顔で眠りこける男の頬を、思いっきりつねった。

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