第158話 甘美な夢

前書き

今回視点が複数回移り変わります、最初はアリシア視点です

―――――――――――――――――――――――


 夜の帳が下りた暗闇の中、私は〈ミラージュレイヴン〉を最大速度で飛行させながら逃げた敵を探す。幸いにも、夜を司る闇の女神ルノワ様のご加護のおかげで夜目は効く。この闇夜の中でもきっと見つけることができるはず……!


「どこ、どこ、どこ、どこ、どこ、どこですかレイナ様?」


 私を助けてくれた、私を導いてくれた、私を救ってくれた、だから今度は私がお助けしないと。でないと、私は、私は、私は、私は、私は――!


『――殿!』


 でも大丈夫ですから、すぐに見つけてさしあげますから。そしてボシュナー姉妹とかいう人たちを、人たちを、人たちを、人たちを、人たちを――!


『アリシア殿! 聞こえるか!?』

「ああっ、はい聞こえます!」

『ヨハンナが魔力の痕跡を見つけた。奴らは北東だ!』

「北東……!? ――いた、見つけました!」


 見つけた。二機の魔導機が、そう遠くはない位置を低く地面に沿って飛んでいる。そうか、あの人たちが……!


「先に行ってます!」

『了解した、だが無理はするな』


 無理でもなんでもしてやる。それでレイナ様をお助けすることができるのなら。私は限界速度まで〈ミラージュレイヴン〉を加速させる。


「レイナ様を返せえぇ――――――――!!!」


 憎い。私からレイナ様を奪ったこの人たちがたまらなく憎い。私は両手に《影の爪》を展開し、空中から強襲をかける。けれど相手の機体は、まるで後ろに目がついているかのようにヒラリかわした。


「あら、思ったより早かったわねイルマ」

「そうですねアルマ姉さん」

「レイナ様を返してください!」

「返せと言われて返すなら初めから盗りはしないわ」

「このレイナとかいう女に我らが皇帝陛下は用があるのよ」


 ……皇帝。たびたびレイナ様の下に現れ、聖域であるレイナ様の寝室の壁も壊したハインリッヒとかいう男。そうかあの男が、男が、男が、男が、男が……!


「奪うのはこの女だけじゃない。あなた達の素敵な王子様たち、まあ所詮は馬鹿な男でしょうけれど彼らも奪わせてもらう」

「……どういうことですか?」

「私とイルマが見せる夢の世界。甘い甘い夢の世界で心を造り変えちゃうの」

「私と姉さんの夢見の魔法で人は殺せない。けれど心ならいくらだって殺せるわ」

「そう、甘く溶かして戦う意思をなくして、最後には私たちにかしづく」

「そう、想い人の事も忘れて、私たちだけを愛するようになる」


 あれはただ眠らせているだけではなくて、精神を操作する闇魔法の類ってこと? 夢の中という無防備な空間で、あれだけの数の人間の心を書き換えるというの?


「殿下たちはそんな魔法に屈しません!」

「そうかしら? 男はみんな馬鹿なものよ」

「そうよ。そしてあなたもここで死ぬのよ」



 ☆☆☆☆☆



「ここは……?」


 僕は割り当てられた自室で政務をしていなかったか? それが何故このような庭園に?


「ディラン殿下」

「ん? 君は……?」

「酷いです殿下、アルマの事をお忘れですか?」

「え? あ、いやもちろん覚えていますよ」

「うふふ、良かった」


 なんで一瞬わからなかったんだろう? 僕とアルマは幼い時から一緒に過ごした仲じゃないか。腰まで届く長い銀髪を月の光に輝かせながら、彼女は笑う。


「さあ殿下、今宵も楽しく穏やかな時間を過ごしましょう」

「そうだねアルマ」


 隣に座るアルマと手が触れ合う。そして彼女がまるでねだるように僕の肩に頭を乗せて――。



 ☆☆☆☆☆



「大丈夫かいイルマ!」


 僕はイルマを襲おうとしていた悪漢を切り伏せながら、美しい彼女に問う。


「パトリック様! お助けいただきありがとうございます。私ったらもう怖くて怖くて……」

「僕が来たからにはもう心配することはないさ。さあおいで」

「はい!」


 恐怖におびえる彼女を、僕は優しく抱きしめる。美しい女性の涙に胸を貸すのはできる男の特権だ。


「パトリック様、また私が窮地に陥ったら助けてくれますか?」

「当たり前だろうイルマ、愛しき人よ。どんなときでも光の速さで駆けつけるさ」

「嬉しい!」


 イルマが僕を強く抱きしめ、その嬉しさをアピールする。そして彼女の紅潮した顔が僕の方を向き――。



 ☆☆☆☆☆



「ライナス様、今回もきっと綺麗に描いてくださいね」

「誰に言っているアルマ。オレにかかればお前の一番美しい瞬間を描くことなんて造作もない」


 アルマとは昔からの知り合いだ。オレに絵を描くことを勧めてくれたのは彼女だし、よくモデルになってくれる。


「うふふ、そうですね。ライナス様の絵はこの世で一番です」

「当たり前だ。まあ……、良いモデルがいてくれるからかもしれんがな」

「うふふ、何か言いましたかライナス様?」

「何でもない!」


 アルマはオレをからかうように優雅に笑う。口元を抑えながら上品にうふふと笑うのが彼女の特徴だ。


「ねえライナス様、裸婦画らふがに挑戦してみませんか?」

「裸婦画……?」

「はい、私の一番美しい瞬間を描いてくれるんでしょう? それとも私の裸体は醜いですか?」

「そ、そんなことはないと思うぞ! 見たことはないが……」

「今、お見せします」


 そう言ってアルマは自分の服に手をかけて――。



 ☆☆☆☆☆



「美味しい美味しい。これも美味しいですルーク様!」

「ハハハ、そうだろう? どんどん作るからどんどん食べな!」


 イルマはいつも俺の作った料理を美味しそうに食べてくれる。彼女の為に腕を振るうのは俺のささやかな喜びの一つだ。


「ルーク様はお料理もできて、魔法の腕前もすごくて、私ったら尊敬しちゃいます」

「ハハハ、褒めるな褒めるな照れちまう」

「うふふ、けれど本当の事ですよ。ルーク様の妻となる方はこの世界で一番の幸せ者です。羨ましいですわ」

「それってどういう意味――」


 いつの間にか俺の隣にいたイルマの人差し指に俺の口は塞がれる。


「鈍感なお方。最後まで言わなければ分かりませんか?」


 イルマは蠱惑的こわくてきな表情を浮かべながら、人差し指で俺の身体をなぞり――。



 ☆☆☆☆☆



「さあ、永遠の眠りにおつきなさい! 《影の槍》!」


 この姉妹も私と同じ闇属性魔法の使い手!? だとしたらこの夜闇のなかだと威力が上がっている。だめ、避けられない――


「《土壁城塞どへきじょうさい》! 大丈夫か、アリシア殿!?」


 ――突如地中から発生した土の壁が私を護った。ウルブリヒ様の魔法だ。


「あら、この美しさの欠片もない魔法は、裏切り者のユリアーナ・ウルブリヒかしら?」

「裏切り者の汚名は甘んじて受けよう。だが貴様たちはあの皇帝についてなんとする?」

「決まっているじゃない堅物女。あの皇帝の利用価値がある時までは利用させてもらうだけよ」

「そうか。だが敵であるというのなら討ち取らせてもらう!」


 交渉……ではないか。出撃前の聞いたみたいに、襲撃者とウルブリヒ様たちは当然知り合い。どうやら関係はよくないみたいですけれど……。


「私たちが幻術だけの女じゃないことは知っているでしょう? あんたは八番アハト、そして私は七番ジーベンでアルマ姉さんは六番ゼクス。勝てないわよ」

「あら、私もいるわよ! 《七色水刃》!」

「効かないわよそんなの。十二番ツヴォルフの貧相なヨ・ハ・ン・ナ・ちゃ・ん」


 ヨハンナ様も魔法を放ちながら駆けつけてくれた。会話の内容はよくわからないけれど、二人よりも相手の人たちの序列が上だということかな? けれどそんなことは関係ない。私は必ずレイナ様を取り返して見せる!


「《土流波》! なるほど、魔力サーバーから魔力を得て、これだけの大規模魔法を使ったか……」

「当たらないわ。その通りよユリアーナ。今頃街の男たちはみんな傀儡になるころよ」

「あんた達姉妹を倒せば解けるんでしょう? 前々からあんた達の事は気に食わなかったのよ! 《七色水刃》!」

「だからッその程度効かないって。言ってくれるわねヨハンナ。あんたみたいな小娘に負ける私達じゃないわ」


 目の前で繰り広げられているのは、レベルの高い四機の攻防だ。つい最近魔導機に乗り始めた私にはとてもついていけないくらい。けれど私がやらなくちゃいけない事だ!


「《影の矢》よ! あなた達姉妹を倒してレイナ様を取り返して術も解く!」

「うふふ、良いわよ。三人そろってかかってきなさい。いくわよイルマ」

「ええ、みんなそろって永遠の眠りにつかせてあげましょうアルマ姉さん」

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