第157話 甘美な罠

前書き

今回視点が複数回入れ替わります

最初は”麗しき”アルマ・ボシュナー視点です(この前登場した十六人衆の人)

―――――――――――――――――――――――


「コリンナが調合したこの薬を使うといい。遅効性ちこうせいで無味無臭、相手は毒を盛られたことに気がつかない。そうだね?」

「は、はい……、そうでございます……。デニスさんの話によると熱による解毒を行うそうなので……、その対策も施してあります……」


 大ドルドゲルス帝国帝都ロザルスに座す王宮――その皇帝の間にて、私――アルマ・ボシュナーを始めとした幾人かの十六人衆は、つい先日この部屋の主となった皇帝ハインリッヒ・フォーダーフェルトの招集を受けていた。


 皇帝ハインリッヒから問われて、十六人衆の一人である“気弱な”コリンナ・ファスベンダーは消え入るような声で答える。彼女はその異名の通り気弱な少女といった見た目だが、こう見えて毒と薬のプロだ。苦しませる為の毒も作ることができれば、相手が自身の死を気づく間もなくあの世へと送る毒を作る才能ももつ。


「さあアルマにイルマ、後は君たちに任せよう。レイナ・レンドーンを必ず招待するんだ」

「かしこまりました陛下。……しかし、レイナ・レンドーンにこだわるのは何故で?」

「ふむ、それは彼女がだからさ」

「……?」


 この出自不明の皇帝は、たまに理解しづらい言葉を選択する。魔導機なんて物を発明し、数々の技術革新をおこした天才的頭脳を考えればまあ当然かしら? 奇人と天才は紙一重かみひとえとはよく言ったものだ。


「計画は順調だ。領土なんて取らせておけばいい。となると後は奇跡の一発逆転、いわゆるには気をつけたいからね」

「……、ですか」

「ハハハ、まあ理解できないのは無理もない。君たちに分かり易い理由ならば、あの女には神殺しの魔法の為の生贄になってもらうのさ。あの女が“神の使徒”だという話は聞いているだろう?」

「……そういうことでしたか。かしこまりました、我ら姉妹にお任せください。必ずかの女を陛下の元へと連れて帰ります」

「魔力サーバーからの魔力の引き出し方は心得ているね? 期待しているよ、アルマにイルマ」


 私たち姉妹はそろって恭しく頭を下げ、皇帝の間から退出する。十分に離れた人気のない所で、妹のイルマが口を開いた。


「本当に下品な男。私たちを舐めるような視線をお姉さまはご覧になりました?」

「当然見たわよイルマ。本当に下品」

「この前はベッドにも誘われました」

「あらイルマも? 私たちをあのお人形さん達と同じように思っているのかしら?」


 皇帝ハインリッヒは、三十人もの自分に従順な女を妻として囲っている。あの女たちの皇帝を称える声は聴いていられないわ。吐き気がする。


 それに側近のヴェロニカ。あの女も皇帝が「這いつくばって靴を舐めろ」と言ったら嬉々として実行するだろう。自分の意志もなく全てを男にゆだねるだけの女なんて、この世で最も唾棄だきすべき存在だ。


「まあいいわ。馬鹿な男は利用できる時まで利用してやりましょう」

「ええ本当に。馬鹿な男を利用できる間は利用してあげましょう」


 私たちはそうやってのし上がってきた。男が十人いれば十一人振り向く生まれ持った美貌も、常に背中が大胆に開いたパーティードレスを着ているのも、全ては馬鹿な男を利用して成り上がるためだ。


「さあイルマ、お仕事よ」

「はいお姉さま、お仕事をしましょう」

「レイナ・レンドーンもいただくし、ついでに世間知らずの貴族のお坊ちゃんの一人二人誘惑しちゃおうかしら?」

「ええ、きっとそれがよろしいですわお姉さま。私たちの手足になってもらいましょう」

「そうね、ウフフ」

「そうです、ウフフ」


 鏡写しのような双子の姉妹の顔を見て、私たちは微笑みあった。



 ☆☆☆☆☆



 ヴィム君たちドルドゲルスの反ハインリッヒ軍と合流した私たちは、快進撃を続けていた。


 やっぱりドルドゲルス貴族の一部が味方にいる影響が大きいのか、多くの都市が戦わずに降伏を選択してくれる。各地の反乱により戦力も分散しているのか、反撃もそれほど厳しくはない。もっとも、アデル侯爵を始めとした首脳陣は楽観視することはない。


 私もそう思うのだけれど、おそらくハインリッヒは領土防衛に大きな力を割いていない。たぶんだけれど、神殺しの魔法による一発逆転満塁ホームランを狙っているんだと思うわ。それくらいあの男はこの世界の市井しせいの生活を重要視してはいない。


 たぶん見ているのは、神を殺して自分が全てを自由にできるようになった世界だけ。そんなわけで、この大都市ハノルデンの街もたいした抵抗もなく陥落させることができた。


「あーもー、なんでこんなに書類が多いのよ」

「そう文句を言われても困りますお嬢様。仕事は各自で分担しているのですから。それにお嬢様は書類仕事がお得意でしょう?」

「そうですよレイナ様、大事な書類ですし頑張りましょう」


 目の前に積まれた書類の山は、営業許可を求める市中の店々からの申請書だ。確かに急いで済ませないと市場は完全に止まったままになっちゃう。こういった許可を出す系の仕事は、身分の高い私やルークなんかが持ち回りで行っている。


「そうだけどアリシア……、ああ甘い物が食べたいわー」

「それではこちらはいかがですか? 当市名物のケーキです」

「わっ、美味しそう! ……あなた達は?」


 私にケーキを差し出したのは、見慣れない二人の女性だ。二人はよく似ているのでたぶん双子でしょうね。腰までとどく長い銀髪に、切れ長の目。二人ともものすっごく美人さん。女の私でもちょっと見てしまう、肉感的な身体を布地の少ないドレスで覆っている。


「私たちはこの街でショーパブを営む姉妹ですわ。今日は献上品をお届けに参りました。許可と検査はほら、あの殿方たちにしていただきましたわ」


 見れば検査担当の兵士たちが、すんごい鼻の下を伸ばしてデレデレしている。こういった職業の方々が、新しく支配者として入った私たちに心づけを持ってくるのはよくある事だ。


「そういうことならありがたくいただくわ。アリシア、クラリス、少し休憩にしましょう」

「仕方ありませんね……。ただし毒見を済ませてからです」



 ☆☆☆☆☆



「はあ、はあ、はあ……」


 明らかに身体がおかしい、頭がぼんやりとする。私――アリシア・アップトンは自分の頭に闇魔法の精神操作をかけ、無理やり頭を覚醒させる。


 原因……。心当たりと言えば、昼間にレイナ様と一緒に食べたケーキだけだ。あれに何か毒物が入っていた? 毒見は済ませてあったのに……まさかかなり遅効性の毒? だとすればレイナ様が危ない。それになんだか街全体が異様に静かだ。


「こ、これは……?」


 私はまだいささか気だるい体を引きずって廊下に出ると、廊下にはバタバタと人が倒れていた。明らかにおかしい。こうなるとあのケーキも含めた、何らかの術中の内にあると考える方が自然だ。私はレイナ様の部屋に急ぐ。


「レイナ様ー! ――!?」


 レイナ様のお部屋へたどり着く寸前、建物全体を激しい振動が襲った。私はノックもせずにレイナ様のお部屋へ飛び込んだ。


「――! 何があったんですか!?」


 壁に空いた大穴、不在のこの部屋の主。私は倒れている二人の女性のレイナ様の護衛を助け起こしながら尋ねた。


「お、お嬢様を魔導機が連れ去って……」

「レイナ様が!? 他の護衛の方やクラリスさんはどうしたんです!?」

「男たちは何をしても眠ったままで……、クラリス様もです。原因は……、わかりません」

「わかりました、レイナ様は私が追いかけます!」



 ☆☆☆☆☆



 魔導機格納庫まで行く道すがら確認したけれど、ディラン殿下やルーク様を始め男性はみなその場で寝ており、何をしても起きることはない。これは明らかに魔法による攻撃だ。


「おい、一人で行くつもりか?」

「あなた方は……、たしかウルブリヒ様とピッケンハーゲン様?」


 〈ミラージュレイヴン〉へ搭乗しようとしていた私に呼び掛けたのは、先日合流した二人のドルドゲルス人女性だ。生真面目でポニーテールのユリアーナ・ウルブリヒ様。そして派手な見た目のヨハンナ・ピッケンハーゲン様。二人とも実力ある魔導機乗りだ。


「男たちが夢に囚われている。この戦い方はアルマとイルマのボシュナー姉妹のものだ。私が知っているものとは規模が段違いだがな。もしかして昼間、二人組の若い女を見なかったか?」

「来ました。そうかあいつらが……!」

「やはりか。くっ……、私たちがいればこんなことには!」


 王国軍とドルドゲルス反乱軍は別々の建物を接収して使用している。もしお二人が一緒の建物だったら気づけた話だったと思う。でも今は後悔している暇すら惜しい。


「レイナ様が連れ去られているんです。私はその姉妹を追いかけます!」

「わかった、私たちも行こう。アルマとイルマは魔導機の操縦も一流だ。いいなヨハンナ?」

「当然。私は前からあの姉妹が気に食わなかったわ」

「ありがとうございます!」


 どうかご無事でレイナ様、このアリシアがすぐに助け出しますから……!

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